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異世界にてHENSIN  作者: 井上欣久


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エピローグ

 時は流れた。


 人類征伐将ジーオルーンとの戦いの後、コル・バリエスタは魔族の侵攻ルートから外れた。魔将級の喪失は魔族にとって小さな損害ではなかった。戦線は押し戻され、町の安全は確保された。


 一方、コル・バリエスタにとっても戦争の被害は大きかった。

 人的な損害、城壁の崩壊、踏みならされ食い荒らされた農地など、どの一つをとっても町の財政が傾くのは避けられない。だが、町の者たちは自分たちが守りきった都市の復興に精力的に活動した。中央からの援助を引き出せたこともあり、コル・バリエスタは元の姿を取り戻した。ただ、それには10年という時間が必要だったが。


 ひとたび魔族たちに操られた勇者たちは多少の再調整の後、軍務に復帰した。


 始まりの勇者モトサトは再び本部付けとなり、後進の育成に邁進した。長年の献身を認められ楽隠居を勧められたが、惜しまれつつ息を引き取ったその時まで彼は現役を退こうとはしなかった。


 覇王ゴウレントは義足のまま勇者をつづけた。モトサト同様引退を勧告されたが彼は前線に立ち続けた。

 強制命令コードに抵抗できた彼が問題なく勇者を続けられたのは片足を失ったことによる弱体化のおかげであるかも知れなかった。


 雷鳴の勇者アルシェイドと蛇の勇者サクラムはどこかへ姿を消した。以後、コル・バリエスタ内で彼らの姿を見たものはいない。

 立ち去る際、アルシェイドは憂鬱そうであり、サクラムは皮肉な笑みを浮かべていた。


 最強の戦女神フォルテは防衛戦の中で知りあった男性と結婚して二児の母となっていた。

 戦女神の能力を失ったわけでは無かったが、敵が来なければ日常を守る存在である戦女神は引退と変わらない。彼女は赤子をあやしながらお話をせがむ娘の相手をしていた。


「ねぇ、ねぇ、それからどうなったの?」

「どうもこうもないわ。戦いはそこで終わりよ。こちらの援軍が到着して、魔族たちには勝ち目がなくなった。大型飛空船を撃墜できるのはジーオルーンだけだったから、彼らは撤退を始めたわ」

「勇者様は? イレギュラーの勇者様はどうしたの?」

「行方不明よ。彼はこの町には帰ってこなかった。人類征伐将と相打ちになったと言われている。彼はもともと神の使いで役目を終えたので天に帰ったのだと言う人もいるわ」


 私は信じていないけど、と彼女は小さく付け加えた。

 子供を産んでからようやく少しは膨らんだ胸元をおさえる。


「まったく、あの子たちももう少しは便りをよこしなさいよね」

「なに?」

「何でもないわ。ムサシがこの地での戦いを終えて旅立って行ったのは間違いないわ。私たちはそれを見た。そして、あの子たちは彼を追いかけて行ったのよ」





 同じ頃。

 異界から押し寄せた魔素によって荒廃した土地の最深部。

 そこにあのジーオルーンを超える巨体の生物が鎮座していた。巨大すぎて移動する能力はほとんどないようだった。ジーオルーンのような人型ではない。人間1と蛸5をごたまぜにして3で割ったような奇妙な姿だった。吸盤のようなものから時折何かを噴出している。


「ようやく見つけたぞ。ジーオルーンにせよ他の魔族にせよ、魔素によるランダムな変異だけではあのような機能的な姿は獲得できない。魔族を設計生産する工場に相当するものが存在することは推定できた。……お前が魔王だな」


 蛸の化け物の前に立つ男がいた。もともとは女顔だが、年月を重ねたことで精悍さを増したふてぶてしい顔。二人の女性を従えている。


「ここまで来たのか。話は聞いている。イレギュラーの勇者ムサシ、我と同じく異世界から招かれた者ロクトが変貌した怪物、勇者本部にも我らにも等しく牙をむく狂犬よ」

「勇者本部とは話をつけてきた。あとはお前だけだ」

「我を倒すか? 我はこの世界における魔素の源。我が倒れれば汝もその強大な力を失うことになるぞ」

「別に、かまわない。戦いが終わった後、手に入れた強すぎる力の使い道に悩むというのもヒーローらしいがな」


 男はどこか子供っぽい笑みを浮かべた。


「これが最後の戦いなら、思いっきり楽しんでやるまでさ」


 彼は両腕を一方に振った。

 ゆっくりと弧を描く。


「HENSIN」





 この戦いの結末は今度こそ知られていない。


 ただ、この後、魔素に覆われていた荒野がゆっくりと浄化されていったのは事実である。


 イレギュラーの勇者ムサシがこの後に現れたという記録はない。

 魔王とともに滅びたのか、ロクト博士の故郷だという異世界へ帰ったのか。


 名前と姿を変えて二人の妻と平和に暮らしたなどとは誰も言わない。

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