22 ぜんぜん使わない装備(おもちゃ)があるのって普通だよね
ここまで時間がかかるとは。ごめんなさい。
一応、エタってません。
驚くべき事実が明らかになった。
俺の正体は今まで俺の制作者だと思われていたロクト博士本人らしい。死にかけていた博士が勇者化する処置を受けて転生したのが俺なのだとか。ついでにロクト博士は日本から転移者であったとも知った。
ま、俺が誰であるかという問題はこれで決着だ。ある意味、どうでもいい。
ロクト博士時代に読んだある本では『自分とは自分の身体の事』だそうだ。それならばロクト博士と俺の連続性はいったん切れている。今の俺の若々しい肉体は最低でも60を過ぎていたと思われる博士のものではない。そして別の見解によれば『個人とはその者の社会的身分の事』であるそうだ。俺はすでに『イレギュラーの勇者ムサシ』として社会的に認められている。
俺はムサシだ。前世が誰であれそんなことは関係ない。
強引に俺に名前を決めさせたゴウレントにちょっとだけ感謝する。
問題があるとすれば俺の脳みそかな。
ロクト時代の知識が残っているということは俺の脳細胞のいくらかは60過ぎの爺さんのものだという事になる。ネット小説の転生者なら赤ん坊からやり直したおかげで高い学習能力を持ち、生前より優秀な人間になるというのが定番だが俺の場合は……
アルツハイマーとか発症しないだろうな?
そんな俺の心配を肯定するような存在が窓の向こうにあった。
俺が苦悩している間にパリンと割れた物理障壁。それを打ち破った巨大魔族は大砲を下ろして足元にいる誰かと話している。
二発目は撃って来ない?
あの大砲に弾倉らしき物は見当たらない。単発式かひょっとしたら使い捨てかもしれない。
「ど、ど、ど、どうするの?」
ミュリエラちゃんが上ずった声を上げる。他の者がパニクるとこちらは冷静になれるのはどうしてだろう?
「あちらが中枢翼船の調査を終えていなければ突入部隊が来るな。迎撃戦だ」
「終わってたら?」
「砲撃の二発目が来る。頑張って生き残るしかない」
残念ながらジーオルーンの足元は見えない。バズーカ砲の弾をこめ直しているかどうかは不明だ。
「長老殿、私たちに渡す物があったのでは?」
「そうだな、こっちだ」
モトサトは一見何も無さそうな壁を操作する。そこにパックリと口が開いた。
秘密の隠し通路だ。その先には非常用の武器庫がある。……設計段階ではそれはまったく秘密ではなかった。ただのメンテナンス用の空間でしかなかった事を今の俺は知っていた。
俺たちは狭い通路にもぐり込んだ。
女の子たちはともかく、俺たちは変身ヒーロー型のプロテクターのせいで移動しづらい。現状で変身を解くのは論外だが、俺は少しでも移動しやすくする為に素体モードに切り替えた。
「それは、便利だな」
「羨ましいだろう」
アルシェイドの尖ったアーマーが通路の出っ張りに引っかかる。
長老モトサトは丸っこい体型にも関わらず器用に通路をすり抜けていく。さすがは大ベテランだ。
女の子たちもコスチュームのヒラヒラを気にしていた。
それにしても、俺は何をしているのだろう?
本当に今更ながらそんな思いにとらわれる。
自分がいる町に攻め込んできた魔族との戦闘中だ。その時その時で自分で決断して交戦を決めたつもりだが、状況に流されてここまで来てしまった感が無くもない。ひょっとしたら蛇の勇者サクラムのように魔族側に寝返った方が利口だったかも知れない。命を懸けて、しんどい思いをしてまで戦う必要が果たして俺にあっただろうか?
こんなことを考えてしまうのも、自分の根っこが揺らいでいるせいだろうか?
改造人間として目覚めてからこちら、俺が見てきたものは研究者であったロクト博士とは関係が浅いものばかりだった。だから俺は自分をイレギュラーの勇者ムサシであると認識し、ムサシとしてわずかばかりの生を生きてきた。その間は既視感に悩まされることは無かった。
だが、ここはどうだ。
ロクト博士はこの船の設計にもかかわっていたようだ。どちらを向いても知らないものがない。
ムサシとしての俺の存在そのものが揺らぐ。
そういえば俺が何度か聞いた『システム音声』、アレはロクト博士の記憶が表面に現れたものだったのだろうか?
狭い通路の中、突然衝撃が来た。
床から突き上げられ、天井に叩き付けられる。横方向にもベクトルが与えられたらしい。どちらが壁でどちらが天井か一瞬分からなくなる。俺たちは通路ごとかき回され、シェイクされた。
永遠とも思える一瞬のあと、ようやく静寂が訪れた。肉体に結構なダメージが来たぞ。
「イテテ。生身のままだと首の骨が折れてたな」
「それで済むか。頭が砕けて全身の骨が砕けていただろうよ」
俺のぼやきにモトサトがツッコミを入れた。衝撃としては交通事故以上だったか。
何の魔法か、それとも単なる大声量の力技か、中枢翼船の外版が震えてジーオルーンの声が伝わって来る。
「逃げかくれする怯懦な傀儡どもよ、その様な場所は身を守る役には立たぬと知るが良い。わずかでも誇りを持つならば巣穴から出て来て戦え。でなければ丸ごと吹き飛ばすのみ」
外へ出たら待ち受けるのは敵の大軍。どちらがマシか判断に苦しむところだ。
モトサトが自分の外皮についた木片を払い落とす。
「ハッタリだ。気にするな」
「ハッタリなの?」
「今の衝撃で上下に振り回された。おそらく無事だった翼を撃ち抜いたのだろう。本体への直撃は避けている。問題ない」
「狙った場所に当てたとは限らないでしょう!」
「もともと、飛んでいるコイツを撃ち落とした奴だぞ。静止目標相手に狙いを外すなんてあり得ない。間違いなく奴は本体への攻撃を避けている」
納得だ。俺たちは行動を再開する。
仲間たちのあとに続きながら、俺は考える。何度か聞いた『システム音声』がロクト博士の記憶なら、俺の中には自分自身の仕様と構造の知識が眠っている事になる。何とか利用できないか?
やれそうな気がした。
俺の体内に三つの魔力炉がトライアングルを描いて配置されているのを『思い出す』。それらを補完するパーツは骨格に寄り添うように、あるいは骨そのものと置換するかたちで存在している。
ハードの配置は今は考えなくていい。
デバッグモード、なのだろうか?
魔力炉を制御するパラメータを操作する方法に気づく。もっと爆発的なパワーが出せるような設定を、と最大出力を上げようとする。
それは不味い気がした。
ロクト博士だって馬鹿ではないだろう。俺の前身なら抜け作である可能性は高いが、意味もなく自分の能力を制限したりはしないだろう。
制限時間を過ぎたら爆発するようなスーツはごめんだ。
代わりと言っては何だが、モードチェンジの制限は解除しておく。これで連続チェンジによるコンボ技の幅が広がる。
ただしこの制限も意味もなく設けられていたものではない。変身・変身解除の連続は魔力炉の負担が大きい。うかつに使用すると都市結界の外にいても魔力切れに追い込まれかねない。
あとは想定できる範囲での最大の大技、魔力炉三重起動か。
不可能では無いようだ。ロクト博士としては魔力炉三つの共振により、単純な魔力炉三つ分より大きな出力を出せるように設計しているつもりらしい。
ただ、出力が大きいだけにテストも無しで実戦運用は厳しい。こいつも良くて怪傑スーツかチャージアップ、悪ければ自爆技になりかねない。
禁じ手指定したいところだが、現状では一か八か使ってみる展開しか思いつかない。
ま、師匠に使うなと言われた必殺技など大抵そういう物だが。
現状を分析してみる。
こちらの戦力は俺とモトサト、アルシェイド。そして戦巫女のアリアちゃん、ミュリエラちゃん。その上位存在のフォルテさん。合計六名。
いずれも一騎当千の強者だが、第三位階以上の魔族が相手だとそれなりに手こずる。特にアリアちゃんたちは勇者と違って都市結界の外でも戦力は変わらないはずだし。
敵の戦力はまず魔族の大軍。
千の単位なのか万を数えるのか俺には判別できない。ただ「たくさん」と考えておくしかない。俺は野鳥の会の会員じゃないしな。
ただし一位階二位階の魔族は敵の戦力として勘定する必要はない。町に暴れこまれたら厄介だが、守るべきものがないここなら単なる障害物に成り下がる。敵戦力と認定して殲滅対象にする方が能率が悪い。
三位階以上の魔族は何人いるのだろう?
これまで戦った感触では敵戦力の1パーセント以下、だと思う。もともと、12人の勇者とプラス何人かの戦巫女で拮抗していたらしいから20人から30人といったところだろうか? ある程度削っているがそれでも20人かそこらはいると思った方がよい。
まともにぶつかったらこちらが負ける、そのぐらいの数はいる。こいつらが敵の主力だ。
もう一つの厄介な敵、それは寝返った勇者たち。
『寝返らされた』と表現した方が適切かも知れないが、蛇の勇者は完全に自主的だったからな……
似たような奴が他にもいても不思議ではない。敵方についた勇者たちは完全に『敵』と割り切って対応すべきだろう。
ただし、魔族側にとっても『寝返り勇者』は味方だと信頼できる相手ではないだろう。また、『操られている』勇者がどの程度自主的に行動するかは疑問が残る。
実際に敵味方として相対した時には敵と割り切って殲滅すべきだが、避けて通るのはそれほど難しくないかもしれない。あのコスプレ魔族に命令を出させなければよいわけだ。
そして最後に敵の本丸。人類征伐将ジーオルーン。こいつを倒すのが今回の作戦の戦術目標。
光の巨人と取っ組み合いをするのは無理でもリアル系の巨大ロボットを上回る大きさを誇る化け物だ。
大きさは重さであり重さはそのまま強さとなる。あの化け物に弱点はあるだろうか?
普通なら巨大で重い敵には身軽さで対抗するべきだろうが、ジーオルーンは別に遅くない。俺が撃った破城銃を打ち払った時には恐るべき速さと正確さを見せている。
では奴には弱点は存在しない?
そうでもないだろう。
身体の巨大化に伴うデメリットはまだある。排熱能力の不足だ。形が変わらないまま巨大化した物体はその体積に対して表面積の割合が低くなる。つまり巨大な物ほど内部で発生した『熱がこもる』。そして魔族も生物でありタンパク質でできているならその耐熱性は人体と変わらないはず。体温がゆで卵がつくれるぐらいになったら不可逆の変化が生じ、その生存は不可能になる。
ま、魔法で氷を作り出すアリアちゃんがいる世界だから体温調節ぐらい魔法でどうにかするかも知れないが、それにしたって魔力なり何なり何らかのリソースは消費する。つまりジーオルーンはスタミナがない(はず)。
その傍証として奴は今までほとんど移動していない。ほぼ固定砲台としてのみ機能している。どっかの巨人のように進撃して来る能力があるなら脅威だが、一対一の戦いでも俺なら勝利は不可能ではない。
俺の勝利への最低条件。
ジーオルーンから護衛を引き離し、一対一の状況をつくること。
結構、無理ゲーだな。
大将同士の決闘に応じてくれるような奴ならいいが、間違ってもそんな武人タイプじゃなさそうだ。
「着いたぞ」
モトサトが突き当たりのハッチを開く。先ほどの衝撃でかまともには開かなくなっていたがもぎ取る様にこじ開けた。
そこは設計上ではメンテ用の資材の置き場だったはずだが、今はちょっとした武器庫になっていた。空になった棚に『発煙弾』と札が下がっている。
だが、一般兵用の装備ではどれだけ数があっても意味はない。俺がずらりと並んだ武具を不思議に思っていると、モトサトは隠してあった物を取り出した。
「これだ。開発中だった都市結界外専用装備、展開すれば重装甲・高火力の強化アーマーになる。残念ながら旧式の俺ではコネクターの規格が合わず使用できない」
おお、今度は古式ゆかしいベルト型だ。
腕輪に変化する破城銃と同じくこれも使用者の魔力を受けて強化装備を発生させる仕組みだろう。基本的に都市結界の中で運用する前提で造られている『勇者』の都市外での余剰エネルギーを有効利用できるのなら、かなりの戦力アップが見込める。
「しかし、一つしかないのか?」
俺とアルシェイドの目があった。
雷鳴の勇者は俺に譲るような仕草を見せたが、俺はそれを逆に制す。
「これはアルシェイドが使ってくれ」
「いいのか?」
「俺の試作品のボディに試作品の強化装備を加えるのでは不安要素が大きすぎる」
「なるほど。では、遠慮なく使わせてもらおう」
ベルトを受けとったアルシェイドはさっそく起動しようとして、モトサトに止められていた。強化装備はかなり大型らしい。狭いところでは邪魔になる。
俺はその間に隅の方に積まれていたメンテ用の資材、魔力伝導チューブを手にとった。手近のコネクターに接続する。使えそうだ。中枢翼船を守る物理結界は破られたが、起動した船載型の魔力炉はまだ生きている。
「俺はこれが使えればいい。ここから先の作戦を説明するぞ」
五人の仲間が俺に注意を向ける。モトサトは『お手並みを拝見だ』とつぶやいていた。
「新装備は手に入ったが、残念ながらそれだけで戦局を左右できる物だとは思えない。よって基本方針は変わらない。敵の大半は無視して敵将ジーオルーンの撃破を狙う」
俺は飛空船の外壁になっているはずの壁を軽く叩いた。
「この壁を破って船外に出る。そして中枢翼船から魔力供給を受けながら破城銃の連射で遠距離攻撃をおこなう。モトサトの見立てが正しければヤツは中枢翼船の本体を破壊しない。いわばこの船を人質にとっている形で一方的に攻撃できるはずだ」
「甘いぞ。いくら何でも殺されるまで黙って見ている訳がない」
ずんぐりスーツの反論に俺はうなずいた。
「そうだ。長距離戦だけで勝てればよいが、長引けば敵は三位階以上の魔族や従えた勇者たちを突撃させて来るだろう。皆にはそれの相手をしてもらいたい」
「おまえに敵を寄せつけなければ良いのだな。この愛の戦士に任せておけ」
「移動できないおまえを庇うのは構わないが、伝導チューブや魔力炉そのものを狙われたら対応できないぞ」
「大丈夫だ。敵の主力がジーオルーンから十分に離れたと思ったら、非常に不本意だが、モード蜂を使う。……アルシェイド、喜ぶな」
モトサトは話についてこれないようだが、アルシェイドは喜色満面。いや、素顔は見えないんだが仕草だけで大喜びしていると判る。
なぜかアリアちゃんミュリエラちゃんも花がほころぶような笑顔を見せ、フォルテさんまで笑いをこらえているようだ。
だから何でだよ!
「話が見えないが、何か考えがあるのは分かった。今から始めるぞ」
モトサトは部屋の高い部分、斜めになった壁と天井の中間のような所に掌を押しあてる。
発勁、か。
魔力の流れは見えなかったのに、足腰の動きだけで外壁のその部分が吹き飛んだ。
俺は伝導チューブを持ったまま、部屋から外へ飛び出した。
中枢翼船の甲板に立つ。
アリアちゃんたちが発生させた霧はもう八割がた晴れていた。薄靄の向こうにジーオルーンの威容がそびえている。
俺はその大きさ以外は人間そのものの顔を睨みつける。
ヤツと目があった。
今までこいつの相手をしていたのは覇王ゴウレントと始まりの勇者モトサトだった。俺はこいつの視界の中に入っていない。
だが、今まで司令官役をしていたのはこの俺だ。人類征伐将ジーオルーンにこの俺、イレギュラーの勇者ムサシの名を刻み込んでやる。
チェンジ、モード蜘蛛。
英傑の破城銃を実体化させる。
ジーオルーンは目を細め、ほんの僅かに構えをとった。
破城銃に魔力伝導チューブを接続する。
俺の背後に軽い足音。
「長距離戦ならボクたちにも手伝わせて」
「少し考えていた事があるんです」
女の子たちが俺が構える硬くて太くて長いものに腕を絡めた。そのまま詠唱に入る。
「炎と氷、二つの力を合わせれば」
これは二人の合体必殺技だ。
戦巫女の俺のとは少し違った魔力が破城銃のまわりで渦を巻く。長大な銃身にそって螺旋を描く。
二人は俺をちらりと見る。一瞬のアイコンタクト。
「氷炎の螺旋撃!」
赤と青の二重螺旋の放出に僅かに遅れて俺もトリガーをひく。
二重螺旋のトンネルとそれを貫く魔力の砲弾。
掟破りの三人必殺技が、今放たれた。




