21 パリンと割れる
ピンチに陥った俺たちはゴウレントを殿に転進した。いわゆる戦略的後退という奴だ。
獅子の勇者である覇王ゴウレントに襲いかかったのは裏切りの蛇サクラムだった。これまでの戦いで既にボロボロだった獅子には蛇の毒牙をしのぐ事が出来なかったようだ。
獅子の戦いを無駄にしない為にも俺たちは先を急いだ。
霧はだいぶ薄くなって来た。共に走る仲間の姿が見えてくる。
足音も軽い軽装の女の子たち。戦巫女のアリアちゃんとミュリエラちゃん。戦女神のフォルテさん。
鋭角的シルエットの愛の勇者(笑)アルシェイド。太めの一号さん、始まりの勇者モトサト。そして物騒なシルエットのモード蟷螂の俺。
総勢六人。
出発時点から七人減って一人増えた。
実際の戦闘能力は兵の数の二乗とされる事を考えると、戦力は半減ではなく4分の1なった計算だ。敗走も止むを得ない。中枢翼船にあるという物がこのハンデをはね返せるなら良いのだが。
味方と同時に敵の陣地も見えてきた。
お馴染みのゴブリン、オーガー混成軍。中枢翼船を囲むように布陣している。内側と外側、両方を警戒しているようだ。
こんな奴らを気にする必要はない。が、彼らを鏖殺している時間も惜しい。それに、前に戦った時の感触では彼らもキチンと訓練を積んだ『人材』であると思える。
「交戦は最低限にして突破するぞ。モトサト、先導してくれ」
「おう」
「了解」
モトサトが突撃する前にフォルテさんが散弾のような光弾を放った。
?
目くらまし目的の牽制かと思ったら、普通に殺傷力のある攻撃だった。巨体のオーガーはともかくゴブリン程度は一撃で絶命している。容赦がない。
別に非難するような事では無い。
非難はしないが、少し考えてしまう。
女の子たちは俺たち勇者とは戦闘能力を与えられた経緯が違う。彼女たちに力を与えた『神』とは一体何者なのか? その目的は魔族を殲滅する事?
魔族と力の源を同じくする俺たちは彼女らにとって魔族との戦いが続く間は許容する程度の『必要悪』なのかもしれない。
倒れたゴブリン、苦しんでいるオーガーの傍を通過する。
墜落した中枢翼船は両方の翼を失っていた。左の翼は半分から先が完全に無い。どこか遠くに落下したのだろう。右の翼は折りたたみ式と思われる根元からぽっきりと折れてすぐ近くに転がっている。
飛行中に攻撃を受けてまず左の翼を喪失。落下した衝撃で右の翼も折れたのだろうか?
墜落の衝撃は相当な物だったはず、変身した勇者以外の生存は困難だろう。慣性中和魔法とかでどうにかした可能性はあるが。
先行するモトサトが中枢翼船上部のハッチを目指す。中枢翼船至近にも邪魔をする魔族はいたが、アルシェイドが雷の雨を降らせて蹴散らした。
ハッチは元から開いていた。
その横にあるのは……カタパルト? どこかの鉄人兄弟を連想するような人間大の物を跳ばす為のカタパルトだ。さっきのモトサトはこれで飛んで……跳ばされて来たのか?
俺たち六人は次々に船内に滑り込む。最後尾にはフォルテさんだった。彼女の攻撃で追撃を断ち切る。ハッチを閉じてしばしの安全を確保する。
勇者たちにとっては勝手を知った馴染みの場所のようだ。迷う事なく船橋に向かって行く。
ん? 俺は何で彼らが向かう先が船橋だと知っているんだ?
軽い頭痛がした。
俺はここを知っている。
いや、知っているはずは無い。俺が目覚めた部屋は鉄筋コンクリート造りだった。おそらくこの中枢翼船のすぐ下ぐらいの階。中枢翼船の材質は金属の骨組みに板張りだ。混同するわけがない。
だが、俺はあの扉の先に何があるか知っている。
この船の構造をまだ見ていない部分も含めて事細かに思い浮かべる事も出来る。
なぜだ?
いや、俺は誰だ? 俺のこの記憶はいったい誰のものだ?
いつの間にか俺の足は止まっていた。
「どうした?」
「いや、何でも無い」
自分探しをしている暇なんかない。
アルシェイドもモトサトもそれ以上は関わって来なかった。
当たり前だ。ここは戦場だ。自分の足で立って歩ける人間をそれ以上気にかける必要がどこにある? アリアちゃんはちょっとだけ気にする素振りを見せたがそれだけだった。
一度も来た事がない見覚えのある扉をくぐって船橋に入る。
あちこちに残る汚れは血痕だろうか? 死体そのものは既に片付けられていて見当たらない。
あれだけ翼が損壊していればもう一度飛び立つのは不可能だろうが、モトサトは機関手席についてテキパキと操作をはじめた。
「主魔力炉、神聖祭壇共に正常作動中。あとは、修復した結界紋が働いてくれれば……」
「長老、結界は破られたのだろう?」
「いつも言うが長老はよせ、雷。今度は物理障壁を主体にしておいた。今度はしばらく持つだろう」
結界を張ればいいのか。
俺は無意識のうちにモトサトの横の補助席に座っていた。ブラインドタッチの流れるような動作で、とまでは言えないが迷いなくコンソールを操作できる。どの操作が何を動かしているか直感的に理解できていた。
俺のサポートを受けて透明な半球形の物理障壁が素早く構築される。
「ムサシさん、カッコいい!」
「意外な特技だ。ムサシは前線に出すことは考えられていないのかもしれない。テスト用と思われる能力が多すぎる。本部の護衛とサポート、あとは新装備の試験要員として創られたのだろう」
ああそうか。
中枢翼船内部の情報に関しては戦闘技能などと同じで脳に強制的にインストールされた可能性もあるのか。
そうは思ったが、なぜかモトサトが妙に長く俺を見ていた。変身したままなので表情はうかがえないが、俺の何かを不審に思っているような仕草だった。
「どうした、モトサト」
「思い出したのではないのだな?」
「何をだ? いや、お前は俺の何を知っている?」
「お前が思い出しているならそれで終わる。思い出していないのなら何の役にも立たない。その程度の話だ」
そんなことを言いながら最年長の勇者は俺から目をそらした。
「役に立たないのかも知れないが気になるだろう」
「入り組んだ内容だから全部説明するのは面倒くさいんだ。……ひとつ言うなら、お前のムサシっていう名前はどこから来た?」
「適当に」
「先ほどは634からだろうと言われて否定しなかったな?」
あ。
今頃気が付いた。
ロクト博士の34番 ➡ 634 ➡ ムサシ
この流れが成立するのは日本語だけだ。
つまりモトサトは日本語がわかる。そして俺が日本語が使えることを何かの証拠であると考えている。
やっぱり、モトサトは本郷だったんだ!
「教えろ、俺はいったい誰なんだ?」
「お前はムサシだ。それでは不満か?」
「われ思う、故に我あり。俺は俺だ、で済ませても良いけどな。それでも『俺が想う』根拠となる自分の知識や経験がどこから来ているか分からないのは不安じゃないか」
「お前の心のどこまでがベース通りなのかは俺だって知らん。俺が知っているのは本来なら戦死者の遺体を入れてベースにすべき構成槽にまだ息のあった人間を入れたということだけだ」
「!」
息を呑んだのは俺だけではなかった。
ええっと、ジーオルーンは人間を魔族に変化させられるとか言っていたから、同種の存在である勇者にするのも不可能ではないのか?
しかし、俺にはそんな人間の記憶なんて全く残っていないのだが。
いや、そうでも無いのか?
「モトサト、俺のベースになったまだ生きていた人間とはいったい誰なんだ?」
「分からんか?」
「日本人なのは理解した。俺の心の大半は日本の記憶でできている。しかし、日本人を、異世界の人間を召喚するような魔法なんてあるのか?」
まさか、日本の記憶を持っていたらチート能力を得られる訳でもあるまい。わざわざ日本人を呼びだして犠牲にする理由がわからない。
「異世界とつながる魔法は今はない。それは異界から魔素が流入してきた日に失われ、残った部分も災いを招く魔法として封印された。だが、失われる前、魔族が誕生する前には複数の異世界との接触に成功していた」
「それは10年20年どころではなく昔の話だろう」
「だいたい40年ぐらいだな。今いる異世界人はそれ以前にこちらへ来ていた者たちだ。当然ながら、彼らは皆、それぞれの人生を歩んだ。そのうちの一人は研究者となって勇者本部に勤めていた。否、彼がいたから勇者本部というものが誕生したといってもよい。最初の勇者を生んだのは彼だからな」
だから特撮ヒーロー型なのか。
確信犯だったとは。
「だいたい分かった」
別に通りすがってはいないけどな。
「理解したか?」
「その勇者を生んだマッドな研究者というのがロクト博士だな。そしてマッドな生の終着点として自分自身の改造手術を望んだわけだ」
「ああ、魔族の襲撃に巻き込まれて重傷を負ったあの方を構成槽に入れたのは俺だ。で、お前の中にはロクト博士の心はどの程度残っているのだ?」
「ほとんど無い。何の役にも立ちそうもない日本の特撮知識ばかり継承している」
「それがあの方の望みだったのかも知れないな。あの方はご自身が作り上げた『勇者』という存在について悩んでいた。こちらの世界に来る前の幸せな記憶だけを残したかったのかも知れない」
「とんだチキン野郎だ」
俺のベースだけの事はある。
俺はやっぱりチート転生者ではなかったようだ。
転移者の残滓、そんな所か。
「興味深い話だったけど、それどころでは無さそうよ」
声を上げたのはフォルテさんだった。
窓の外を指さしている。
そこに見えるのは巨大な人間の上半身。どこぞの実物大立像以上の巨体を誇るそいつが、何か筒状のものを担いでいる。
バズーカ。
そう見えた。ただし某ハイパーなバズーカ以上の大きさだ。
「おい、ひょっとしてこの船を落としたのはアレじゃないだろうな?」
「その考えで正しいぞ。魔力を遮る障壁は展開していたのだが物理障壁は二の次だった。だから落とされた」
「アレは破城銃みたいな魔力を撃ちだすアイテムではなくて?」
「本物の火薬式の大砲だ。無反動砲と呼ばれるタイプに近いだろう」
「大丈夫なのか?」
俺が言い終わるよりも早くその大砲が火を噴いた。爆炎の大半が後方に噴出している事から無反動砲という分析が正しいと思える。もっとも実在の無反動砲は仰角をあまり大きく取れないと聞いたことがあるので、どこか違うのかも知れないが。
発射された砲弾が羽根を出してクルクル回りながら飛んでくるのが勇者の動体視力には見えた。
砲弾は透明な物理障壁の結界に激突。強化された結界は見事に砲弾を弾き返した。
「やった!」
俺は小さくガッツポーズ。
俺はあくまで「やった」と言った。「やったか?」ではない。フラグは立てていないと主張する。
だが、現実は無情だった。
砲弾を弾いたのは立派だったが直後に物理障壁にピシリとヒビが入った。
そしてバリンと……
俺の大バカ者!
結界を張って稼いだ貴重な時間を自分探しの会話で丸々浪費しちまったじゃないか!




