19 死線
俺は馬鹿だ。前からわかっていた事ではあるが、本当に大バカものだ。転生しても現代知識による神戦略で軍師無双なんて絶対に出来ない。それを痛感した。
巨大魔族ジーオルーンを討伐すべく侵攻した俺たちの前に現れた三位階の魔族ゾイターク。ヤツは勇者本部の研究員の制服である抗魔力ローブを身につけていた。
なぜこの可能性を考えなかった?
前にドルモンが言っていたではないか。『抗魔力ローブを着ていないと勇者への命令権がない』と。つまり勇者たちが従うように条件づけられている相手は人でも組織でもない。制服だ。
アルシェイドたちの足がすくむわけだ。
「強制命令コード」
ゾイタークの言葉に三人の勇者たちの動きが止まった。このコードは俺に対しては効果がない。それは一番はじめに確認済みだ。
こいつの相手は俺がしなければならない。俺は攻勢に出る。
一瞬で間合いを詰め、ショーテルをふるう。有り余る魔力を注ぎ込んで強化した攻撃だ。仮に『殉教者の棘』で受けようとしても、得物ごと両断できるはず。
一撃では決まらなかった。ゾイタークは身をひるがえして回避。それでも連続攻撃すればそのうち避けきれなくなるはず。
そう計算した時、俺の背後で気配が動いた。風をきる音が迫り、ふっと消える。音速を突破した攻撃。
身を沈めた俺の頭上を丸太のような脚が通過していく。
邪魔が入った。
魔族の応援、ではなかった。
アルシェイドと同行していた二人の勇者、『嵐の勇者ヴェル』と『聖玉の勇者クレイオン』が俺を攻撃。そして仮面の魔族を守るように位置取りする。
まだ何も命令されていないのにあんな風に動いてしまうのか?
俺はロボット工学の三原則を思い出す。第1条『ロボットは人間に危害を加えてはならない。危害が加わるのを看過してもならない』。
勇者本部の幹部にとって人造戦士とはロボット並みの存在であるようだ。
「よくやりました。では改めて、強制命令コード。カ、ヅ、レ、キ、ミ、ヤ」
俺は甘い。甘すぎる。
操られた二人の勇者を突破出来ないまま禁断の言葉を最後まで言わせてしまった。
「おや、名無しはともかくもう一人?」
ゾイタークの注意が一方に向いている。
太刀を握りしめて立ち尽くし、ブルブルと震えている鋭角のシルエット。
ガクリと膝をついた。
「アルシェイド!」
俺の叫びにピクリと反応する。
「アルシェイド! おまえの望みは何だ? 奴隷のくびきなどに負けるな! 自分のやりたい事をやれ!」
あ、言っちゃった。
今、俺は墓穴を掘ったような気がする。何故だろう?
アルシェイドは言葉にならない雄叫びを上げた。太刀を杖に立ちあがってくる。
「俺は、俺は愛の勇者アルシェイドだ! 魔族になど従わん!」
よく言った。虹の男を名乗っていいぞ。
俺の背中に何か冷たい物が触れたようなのは気のせいだという事にする。
気のせいと言ったら、気のせい。そう決めた。
「自由意志に目覚めた勇者がもう一人いましたか。これは計算外。ですが問題ありません。そこの名無しと雷、強制命令コードに従わない二人を始末しなさい」
ゾイタークの命令を受けて、嵐と聖玉、二人の勇者が動き出す。
俺に対しては嵐の勇者ヴェルが、今度は武器を抜いて襲ってきた。こいつの武器は突剣だ。突き専用だがレイピアのようなヤワな物ではない。エストックと言っただろうか? 片手でも持てる小型の槍のような武器だ。
魔力を帯びた必殺の輝きを放つ突きがくる。
回避しつつこちらもショーテルをふるって牽制する。お互いに相手の武器を受け止めるには適さない武装だ。間合いの読み合いになる。
もう一人、聖玉の勇者クレイオンはアルシェイドに向って……はいなかった。
本人はその場に立ったままだ。かわりに四つの球体が出現し、個別に愛の勇者(笑)を襲う。
オールレンジ攻撃って、どこの巨大ロボかとツッコミたくなる。
球体はアルシェイドの斬撃をくらっても斬れない。電流のせいか一時的に制御不能にはなるようだが、すぐに復帰する。
俺たちはこんな所で足止めをくらっている暇はない。
俺とアルシェイドは同数での対決だからまだ良い。だが、ゴウレントは一人で二人の勇者を相手にしている可能性が高い。
「嵐突」
俺の焦りが隙となったのか、ヴェルの猛攻がくる。
文字どおり嵐のような突きの連打だ。魔力を帯びた刀身が通常の5割り増しで伸びている。こちらのショーテルは届かない。装甲を傷だらけにされつつ、俺はなすすべなく後退する。
と、横合いから球体が飛んで来た。
クレイオンの俺への攻撃、ではない。アルシェイドが制御不能にした球が流れ弾になったようだ。
もらうぞ。
俺は球体をショーテルですくい上げるように受け止め、嵐の勇者めがけて打った。
強襲ヒットだ。
ヴェルは球体をガードし損ねた。肩口に当たった球が彼の体勢を崩す。
俺は前進した。
敵のエストックの突きの間合いの内側に入り込む。
肘や膝からブレードを出してヴェルの対応の選択肢を狭める。そして最後にはブレードのない左の肘の内側の部分を相手の首に叩きつけた。
名付けてマンティスラリアット!
通常技だけど。
勇者の突進力と腕力で放たれたプロレス技は嵐の勇者を宙に舞わせた。狙いを過たず、オールレンジ攻撃中だった棒立ちのクレイオンに激突する。
「離れろ、ムサシ。……雷破!」
アルシェイドが太刀を天に向けた。どっかの必殺パワーな技。誘導された雷が二人の勇者を直撃する。
生死は確認しなかった。したくもなかった。あの二人は当分、戦闘続行不可能だろうと、それだけで充分だ。
「愛の勝利だ」
仮面の下でアルシェイドがドヤ顔しているのが見える気がした。でも、違うと思う。
行きがけの駄賃にゾイタークも始末して行きたかった。が、道化の魔族は落雷の光に紛れてすでに姿を消していた。抜け目のない奴だ。
「先を急ぐぞ」
ほんの僅かためらった後、俺はうながした。
魔族は中枢翼船から抗魔力ローブと強制命令コードを回収し実戦投入して来た。おかげでどう見ても攻撃部隊の半数は戦力にならない。それどころかそっくりそのまま敵になった。
軍事的常識で言うならこの作戦は失敗だ。即座に撤退が正しい。
問題はここで下がったところでそこに活路はないという事だ。
「作戦に変更はない。残存メンバーと合流しつつジーオルーンを討つ」
「共に死ぬなら悔いはない」
アルシェイドが桃園の誓いみたいな事を言う。「桃園」でいいんだよな? 「桃色」じゃないよな?
俺たちは走った。
バイクにでも乗りたいシチュエーションだが、勇者の脚力は乗り物を必要としない。集まってきた下級の魔族の囲みをあっさりと突破。巨大魔族を目指す。
小さな丘をのりこえた所でそれが見えた。
戦闘中、だ。
ゴウレントの変身形態を見るのはこれが初めてだが、一目で見分けがついた。他の勇者より大柄な事もあるが、何より『胸ライオン』だ。胸部装甲が獅子の頭をかたどっている。右手には長大なハンマー、左手にはタワーシールドという武装選択。しかし、右手のハンマーはまったく動いていなかった。
あいつは俺よりも甘い。
近接攻撃を仕掛けてくる元味方にまったく反撃していない。
「サクラム、リモン、オルデウス。みんな目を覚ますのである!」
悲痛な叫びを上げているが、彼らはある意味では正常だ。命令に絶対服従という正常。
いや、ちょっと違う奴がいた。
他の二人と違って積極的に攻めようとはせず、要所要所で隙を見つけて一撃離脱を繰り返す男。こちらも変身形態を見るのは初めてだが、かったるそうな仕草に見覚えがあった。
「目を覚ますのはお前の方じゃないのか、ゴウレント。この哀れな奴ら惨状を見ても本部に義理立てできるとはちょっと信じられないんだが」
「我が義理立てするのはコル・バリエスタという都市そのものである。創られた時からずっと町を守ってきた。我は今さら別の生き方はできないのである」
「じゃあ死にな」
蛇の勇者サクラムは自分の意志で敵に回ったか。
裏切者、とののしってやりたいがあいつの言うことに理があるような気もするから非難しづらい。
獅子の勇者はすでに全身傷だらけだった。装甲の表面だけでなく生身の肉体にまで届いている傷もあるようだ。そして、彼を攻撃しているのは同じ勇者だけではなかった。三位階と思われる魔族たちが複数まわりを固めている。近接戦闘が途切れると彼らが遠距離攻撃をしている。
ゴウレントを見捨てるべきだろうか?
『見捨てる』というと表現が悪い。彼に敵を引き付けてもらって俺とアルシェイドはジーオルーンに攻撃をかけた方が本来の作戦としては正しい気がする。
が、俺の無慈悲な考えは無意味だった。
「蛇め、そこへなおれ!」
アルシェイドが叫びながら突撃していく。相談する暇などなかった。
魔力で増速した斬撃がサクラムを襲う。雷光の太刀と蛇の勇者の棒状の武器が打ち合わされる。
アルシェイドをもおとりに使って俺一人で巨大魔族を討つのは、ないな。
Mサイズの巨大ロボットに匹敵する化け物相手に俺一人ではあまりにも心もとない。俺は東の方の師匠ではない。
俺は三位階の魔族たちに背後から襲い掛かった。
包囲網を破れば、少しだけ有利になる。いや、不利が少なくなる。
だが、戦局は泥沼だ。
こうして足止めされて消耗していけば物量に飲み込まれる。このままでは必ず負ける。
アルシェイドとゴウレントが合流し三対二になる。
俺が包囲網を崩したので組織的な支援攻撃はなくなった。
事態が好転する材料を探す。
少し離れたところで戦女神のフォルテさんが勇者の最後の一人と戦っているのが見えた。対戦相手は平凡なる者ライム。あのフォルテさん相手に一対一で互角に戦っておいて『平凡』とは何の冗談かとツッコミたくなる。ロングソードとラウンドシールドという武装は一応『平凡』なのだろうか?
俺は焦る。
勝ち筋が全く見えない。
仮にここにアリアちゃんたちが到着しても泥沼に足を取られる者が増えるだけだ。戦局は変わらない。
何か無いのか?
俺に秘められたチートパワーが覚醒するとか、ご都合主義な何かが起きてもいいじゃないか。
モード蜂で飛んで行ってジーオルーンの体内に突入、一寸法師戦法で戦うとか非現実的な戦法を思いつく。
敵に喰われてからが本番とか、無いな。
空からヒューと音がした。
上空からの支援攻撃がまだ残っていたのか?
が、着弾したものはクロスボウの矢でも礫でもなかった。
いくつもの塊が広範囲に相次いで落ちてくる。塊は地面に落ちるとものすごい勢いで煙を噴き上げ始めた。
煙幕弾?
誰がどんな目的で発射したんだ?
敵、ではないだろう。
戦力で上回り、今まさに勝利を得ようとしている側が場を混乱させる意味はない。だが、コル・バリエスタから発進した飛空艇はこんな物は搭載していなかったはずだ。
煙幕の中にドサリと重いものが落ちてきた。
何だ?
いや、誰だ?
着地したのはずんぐりとした固太りの人影。徒手空拳の勇者だ。
コル・バリエスタの俺以外のもう一人の員数外の勇者。実戦配備からは退いているとは言ってもまだ十分な戦闘能力を維持している老戦士。
「すまなかった。魔族が抗魔力ローブや機密資料を持ち出すのを止めることができなかった」
野太い声が煙の中に響き渡った。
はっきりとは見えないシルエットがポーズをとる。
「遅くなった。始まりの勇者モトサト、見参」




