18 これはチェスではない。将棋だ
二月中は色々あって書き溜めがなくなりました。以後は一回の更新の文字数が少し少なくなるかもしれません。
何とか週一の更新は維持する予定です。決戦まであと少し、頑張ります。
巨大魔族ジーオルーンを討伐すべく俺たちは出発した。
直接攻撃を行う勇者と戦巫女12人とそれを援護する12隻の飛空艇。そして戦場を離脱する予定の飛空艇が3隻。
どうしてこうなった、とはもう言わない。ここまで来たらもう腹をくくるしかない。一番艇の舳先で変身した俺はその場で大見得を切った。
先制攻撃、行ってみるか。
俺はモード蜘蛛の能力を発揮、舳先に自分の身体を固定する。英傑の破城銃を出現させ、これも自分の身体共々固定する。
狙いをつける。
ジーオルーンがいくら巨大と言ってもまだまだ距離がある。よく狙わなければ当たらない。
そこでふっと疑問に思う。
あそこに見えている魔族ははたして本物だろうか? ドルモンによれば大雑把な方向は間違っていないらしいが?
湧いた疑問に照準が揺れる。こうして攻撃を躊躇わせるのが幻覚魔法の最大のメリットかも知れない。
その時、大気の震えが伝わって来た。
これは、咆哮?
魔族の陣地からではない。四方に散開した飛空艇、その二番艇の舳先に俺と同じように立つ人影があった。彼が大気を震わせている。
遠すぎて細部は見えないが、かなり大柄だ。
二番艇ならば、あれは獅子の勇者ゴウレントか。あいつには音響探査の能力があると聞いた。ここは任せよう。
「姑息なり、ジーオルーン!」
獅子の咆哮が響く。
二番艇の乗員はちゃんと耳栓をしているだろうか、と場違いな心配をしてしまう。
ゴウレントが振りかぶった拳が光の塊になって飛ぶ。
光の拳はジーオルーンから身体二つ分ほどずれた位置に着弾。何もないように見えた場所で火花を散らした。
これまで見えていた巨大魔族が霞となって消え、代わりに拳が着弾した位置にそれをガードした姿勢のジーオルーンが姿を現した。
あれが実体か。
「細かな事も疎かにしない、それが生き延びる秘訣なのだよ」
巨大魔族は嗤った。笑ったのではなく嗤った。
その手にかつてコル・バリエスタの城壁を打ち砕いたあの光の槍が出現する。
ゴウレントはあれを防御できるだろうか?
そんな疑問をわざわざ試す必要はないか。
俺は破城銃の狙いをつけ直す。この一撃でカタが付けられればベストだ。
破城銃に魔力をチャージ。わずかな間だが、この時間がもどかしい。
「ぬ?」
巨大魔族がこちらに目を向ける。
気づかれた? 構うものか!
「フルチャージだ、持っていけ!」
魔力の奔流を射出する。一撃必殺、完全無欠の攻撃と期待する。
……ボスキャラが長距離攻撃だけで沈むとは思わないけど。
「ウォッ!」
ジーオルーンは銃撃を出現させていた光の槍で受けた。
甲乙つけ難い高圧の魔力同士が激突する。
光の槍は吹き飛んだ。が、こちらの魔力の奔流も散らされた。ジーオルーンの体表が黒ずみ、多少なりともダメージがあった事が察せられる。致命傷には程遠いようだが。
「やりおったな!」
ジーオルーンの手に二本目の光の槍が出現する。
こちらの二射目は?
魔力のチャージが遅い。冷却中か何かか? フルチャージの二連射は無理か。
「反撃が来るぞ! 回避行動をとれ!」
他の飛空艇が進路をジーオルーンに向ける中、俺を回頭を命じた。
まさかこの状況でジーオルーンが一番艇以外を狙う事はない、よな? これで他を狙われたら俺はとんだチキン野郎だ。
幸い、と言って良いかどうか。ジーオルーンの投擲した光の槍はまっすぐこちらに飛んで来た。
光の槍の弾速は破城銃よりずっと遅い。移動目標に命中させるのは難しいはず。避けられるだろう、と俺は予測した。
槍がまっすぐ飛んでいたのは最初だけだった。カーブを描いて追尾して来る。
誘導弾かよ!
フェイントでもかけて直前で避けなければならない系の武器だったのか。
だが、まだ距離はある。俺は余裕を持って防御を開始。右手を伸ばして発動。
『蜘蛛糸の壁』
光の槍を空中で絡め取ろうとする。
ヤバい。突き破られる。
破城銃を消して左手も伸ばす。
二枚目の蜘蛛糸の壁で止めきれるだろうか? 失敗したら俺はともかく飛空艇の乗員たちは無事では済まない。
俺が伸ばしたゴツい小手に小さな白い手が添えられた。
「私もやります」
アリアちゃんの宣言。
「蜘蛛糸の壁」
「守りの氷壁」
二つの技が同時に同じ場所に発動。氷をまとった蜘蛛の巣、あるいは蜘蛛糸の芯が入った氷壁が完成する。
一枚目の蜘蛛の巣を突き破った光の槍が二重の防壁に着弾する。
ミシリ、と氷壁にひびが入った。氷だけならそのまま砕けちっていただろう。蜘蛛糸だけなら一枚目同様に突き破られていただろう。だが、両者が複合した壁は見事に持ちこたえた。
「よし!」
「行けます!」
俺たちの後ろでミュリエラちゃんが拳を構えて待ち構えていた様だが、彼女の出番は無かった。
「再度回頭! まっすぐジーオルーンに向けろ! 出遅れているぞ!」
他の飛空艇はこちらが光の槍を迎撃している間に先行している。
位置エネルギーに味方されている分、魔法攻撃より実体弾の方が効果的だ。矢や礫の雨を降らせて周辺の魔族を牽制しながら侵攻している。効果的な対空攻撃は少ない。ここまでは順調だ。
主要メンバーが乗っている飛空艇の中ではゴウレントの二番艇が最先頭。フォルテさんの四番艇がそれに続き、アルシェイドの三番艇がなぜかこちらと歩調を合わせている。
二番、四番艇から勇者と戦女神が降下する。
この一番艇も敵陣の上空に入り、牽制攻撃を開始。
俺は女の子たちと目を合わせる。あちらからは俺の瞳は見えないだろうけど。
「俺たちもそろそろ行くよ」
「はい」
「殴り合いはボクの見せ場」
「タイミングを合わせて一斉に跳ぶよ。3、2、1、今だ!」
三人そろって甲板から跳ぶ。なるべく同じところに落下して、敵中で孤立しないようにという考えだったが少し読み違えた。ひらひら衣装の女の子たちと装甲に包まれた俺とでは空気抵抗や比重に違いがある。俺のほうが先に落下していく。三人の中ではアリアちゃんの空気抵抗が一番大きいだろうと一瞬思い、その程度は誤差の範囲だろうと思いなおす(何が?)。
女の子たちは優雅に空を舞い、俺は石のように落下する。
いや、彼女たちだって落ちているはずだがそれ以上のスピードで落下している俺からはそう見える。
奇妙なことに気づく。
落下するにしたがって俺の能力が増大している気がする。
そういえば、ここはもう都市結界の外側のはず。異界から来た魔素を遮断するはずの結界の外、そこではつまり異世界からの魔素を動力源にする勇者の戦力も増大する?
都市結界の外は魔族のホームグラウンドだと思っていたが、勇者にとっても決して悪い戦場ではないらしい。
これってアレか?
どこぞの異空間では敵の戦力は二倍になるがヒーローの能力は三倍になるとかいうアレ。
俺が落ちていく先にオーガーやゴブリンが群れを成している。
あの程度の奴らにかまっている暇はない。鎧袖一触、最小限の手間で突破しなければならない。
それをやるにはモード蜘蛛は不向きだ。スピードも攻撃力も足りない。
モード蟷螂。
え? モード蜂で飛んでいけば一番だって?
それだけは最後の手段にとっておく。
両手に出現したショーテルを構えつつ着地する。
かなりの上空から落下したはずなのに大した衝撃を感じないのが奇妙だ。勇者は覚悟の上だと慣性をある程度操れるのかもしれない。『イナーシャルキャンセラー全開』ってやつだ。
着地した俺に雑魚どもがわらわらと寄ってくる。
こんな奴らはただの衝撃の戦闘員か無双ゲームの一般兵みたいなものだ。
俺は走り出す。
別に時間を加速しているわけではないが、ただ走るだけでもオーガークラスの反応速度では俺を捕捉できない。
どうしても邪魔になる個体だけ斬りすて、他は相手にせずに走り抜ける。
敵の中にオーガーでもゴブリンでもない、ワンオフな感じの個体が混ざってくる。
ワンオフどもは反応が良い。移動スピードもこちらにさほど劣らない。二階位か三階位の魔族。そのはずだ。
「邪魔だ、どけ!」
だが、今の俺は力が余っている。
魔力を使っても使ってもいくらでも無理なく補充される感じだ。
行く手を遮る敵に魔力で強化した斬撃を容赦なく叩き付ける。
上位の魔族たちも俺のショーテルを受けきれずに致命傷を負う。一撃目は何とか耐えた敵もいたが、そんな奴には肘や踵からブレードを出して追撃する。それでだいたい片が付いた。
俺と同じ方向に走る人影があと三つ。
そのうち一つは見覚えのある鋭角的なシルエット。
「一閃、金剛の太刀、連」
コマ落としのようなスピードの連続でで三階位魔族を両断する。どうやら、あちらも魔力消費は緩和されているようだ。
女の子たちの前にアルシェイドたちと合流できたようだ。
俺とアルシェイドは言葉は交わさず、身振りだけで意志を通じる。ただ前を指さすのみだ。
ジーオルーンの巨体はここからでもよく見える。等身大ガンダムの像よりでかいのだから当然だ。
その巨体が、俺からは見えない何かの理由でいきなり笑い出した。
「見事なり、見事だぞ覇王ゴウレント。汝は奴隷ではなく己自身の王であることを証明した。だが、そこまでだ。勝ち目がないのは理解したであろう」
ゴウレントの返答は聞こえない。だが、あいつがピンチになっていることは間違いなさそうだ。
俺たち勇者四人はいっそう増速して走った。今の俺たちにとっては三階位の魔族ですら雑魚の内だ。特に俺は三つの魔力炉をうまく回していけば全力戦闘を無限に続けられそうだ。
と、俺たちの前に新たな魔族が立ちはだかる。
特に警戒が必要な相手ではあるまい。
俺はそのまま攻撃をかけようとした。が、アルシェイドたちの足が止まった。単独での突出を避けるために俺も止まる。
何をそんなに警戒しているのだ?
アルシェイドたちの様子を見ると怯えているようにすら見える。
眼前の魔族はどこかで見たような悪っぽいローブをまとっていた。どこかで、というかドルモンたちが着ていた悪魔神官風抗魔力ローブだ。そいつはピエロの仮面をつけた顔をこちらに向けていた。
俺はある意味拍子抜けした。
こいつの手の内はわかっている。いや、前回の対戦ではその能力のすべては見せないまま撤退したようだったが、それでも今更怯えるほどの相手とは思えない。
「いったい何のコスプレだ、ゾイターク」
「コスプレとは心外ですね。これは本物ですよ。あの中枢翼船から入手した本当の本物です。この意味が分かりませんか?」
「知らんな」
これ以上足止めされるつもりはない。
俺は両手のショーテルを構えなおした。
「どうやら員数外の名無しであるあなたには通じないようですが、これはこう使うのですよ」
そして仮面の魔族はその禁断の言葉を口にした。
「強制命令コード」




