14 己の次は敵を知れ
アリーナに置いて行った模擬戦と能力検証、これによって俺は自分の能力をより深く理解した。
しかし、同時に明らかになった大きなデメリットが俺を苦しめる。
TS、女体化。モード蜂使用の反動がそんな物になるなんて、一体誰が気がつくんだよ! 生身に戻っても女体化が解除されないなんて、俺はこれからどうすればいい?
制裁を受けているアルシェイドの事は横に置く。俺個人にとっても現状はかなりのピンチだ。男としての尊厳やプライドはガリガリ削られているし、女性としてはここに置いてある簡素な衣装では露出が多すぎて外を歩けない。早急に男に戻る必要がある。
その方法はやっぱり変身しかないよな。
第二・第三魔力炉は今しがた停止させたところだから、戦闘用の各モードには変身できない。成れるのは素体モードだけだ。
これだけで戻れるか、もう一度モード蜂に変身して特殊な操作をしなければならないのか? 最悪の場合、男に戻れる手段なんか無いかもしれない。俺が未完成品ならそれも十分にあり得る。
「HENSIN」
俺の両手が弧を描く。
「TOUuu」
ジャンプする。通常の変身プロセスを経て、素体(女性体バージョン)に変化する。
ダメか、と一瞬落胆するが、わずかに遅れて俺を光の繭が覆う。襲ってくる名称しがたい不快感が逆に心地よい。
変身を解除してみる。戻ってきた男性のシンボルに、俺は深く深く息をついた。
俺の前世は男性だったのだろう。俺が真実、生まれて二日目なら、自分が男でも女でも大した違いは無いはずだ。
衝立の外へ出ると、雷鳴の勇者が襤褸ぞうきんになって転がっていた。
乙女(?)の裸体をじっくり眺めたのだから仕方ないな。
客席からは男性体で出てきた俺に落胆の声が漏れる。一部の女性陣から熱いまなざしが向けられているのは、男としての俺の魅力の為で間違いないよな。彼女らが貴腐人なんてことはあり得ない。俺は彼女たちを信じている。
「何とか戻れたぞ」
「心中お察しするよ」
ドルモンと言葉を交わす。
「この展開は予想できたのか?」
「いや、さっきも言ったが、意味不明の略号が多くて理解不能だった」
「魔力炉が性染色体って感じだったな。第一がY染色体でで第二第三がX染色体。XXの組み合わせになると女性になる、……アレ?」
途中から俺の言葉が日本語になっていた。現地語に翻訳されていない。染色体にあたる物がこちらの言葉に無いせいなのか?
「お前の言う事はロクト博士のメモ並にさっぱりわからん」
この件はそれで流された。
襤褸ぞうきんはその場に放置して、俺たちは昼飯にする事にした。
欠食児童な感じのドルモンは当然ついてくる。この後、用事があるとかでフォルテさんとは別れることになった。
食事処は当然ミュリエラちゃんの実家『勇者の靴底亭』。店舗に入るのはこれが初めてだ。
人が多く、おかみさんも旦那さんもミュリエラちゃんの弟や妹たちも目が回るような忙しさで働いていたが、平常通り営業しているわけでは無い様だ。商品の代金を受け取っていない。聞くと食材の提供を受けたのみであとはボランティアで働いているらしい。
ボーイッシュな看板娘もお店の手伝いにまわりたそうな顔をしていたが「アンタは今日はお客さん」とテーブル側に押し戻されてきた。
「みんな、助け合っているんだな」
「それはね。この店にはミュウも居るし」
年端もいかない少女があきらめずに戦っている姿を見せられたら、大人たちが絶望している訳にもいかない、か。納得できる話だ。
通りでは中枢翼船を失った勇者並みに死んだ目をした者も見たし、個人差も地域差もあるのだろうが。
メニューを見ても料理の内容がわからないのでミュリエラちゃんに丸投げする。ドルモンは細かい注釈付きで大量の注文を出し、戦巫女二人も女の子としては非常識な量を頼んだようだった。模擬戦はお腹がすくらしい。
それにしても、周りからの視線が痛い。
今朝までは女の子と一緒にいることに対するやっかみの視線だった気がするが、今は純粋に俺に対しても興味を向けるまなざしがある。ちょっと耳を澄ませてみると、先ほどのアリーナでの一件がすでに広まりつつあるようだった。
つい今さっきの出来事がもう広まっている!
俺は戦慄した。
このままでは明日までにはコル・バリエスタの住人すべてが俺のTSを知る事になるのでは?
やめろ。あんな黒歴史を話題にするな!
内心悶絶する俺と違って、女の子たちは満足そうだ。何かをやり切った笑顔を浮かべている。
「さっきのデモンストレーション、噂になってるね」
「いい傾向です」
「……良くない」
「何を言っているんですか、ムサシさん。私たちが頑張らなければ、町に絶望が広がってしまうんですよ。それを防止するには派手なパフォーマンス、それが一番なんです」
「セメテサイゴノブブンダケデモ、ナカッタコトニシタイ」
手元にリセットボタンがあったら迷わず押すぞ。独裁スイッチだって押してしまうかも知れない。
そこへ料理が運ばれてきて、俺の心をちょっとだけ救ってくれた。
なんと香辛料を大量に使ったカレーによく似たスープだった。これを食べるならライスが欲しいところだけれど、硬いパンを合わせるのも悪くない。
気が付くとお皿が空になっていた。
「ムサシさん、もう一杯いかがですか?」
「もらおう」
おいしい料理さえあればこの世は幸せ。TS? そんな些細な事、どうでもいいじゃないか。
人心地が付いたところで、アリアちゃんから食後のコーヒーっぽい飲み物をもらう。
「ムサシさん、午後からはどうします? アリーナはもう十分ですよね」
「十分すぎるな。……思ったほどの収穫は無かったが。俺一人の力で戦局を変えるのは不可能だと思い知らされた」
「何だ、そんな事を期待していたのか? やっぱり知能に問題があるな」
「魔力炉を三つ持っている俺ならば、ジーオルーンを一撃で倒せるような戦術攻撃魔法とかがあるんじゃないかと思ったんだが」
別に転生チートを期待したわけでは無いぞ。俺にかかっているコストからその程度の能力がないと採算が取れないだろうという冷静な判断だ。
「確かにな。お前にかかっている予算は並の人造戦士三人分に近い。それなのに戦力としては二人分にも満たない。アンバランスだ。だが、試作機として考えればそんな物だろう。魔力炉を二個三個と使えば性能も二倍三倍になるなら、とっくの昔にすべての人造戦士は魔力炉複数装備になっている」
俺の存在は単発レシプロ戦闘機が主流の時代に生まれた双発型戦闘機のような物なのだろう。一部性能では上回っているがコストも含めた総合力では劣っている。
いや、コストが高すぎて量産できなかったアニメの試作機だと考えておこう。そっちの方が健全だ。
「俺が決戦兵器になりえない件については納得した。そうなると、まともな戦術で敵を倒さなければならないのだが……」
俺は自分が上空に上がったとき、魔族の陣地を見たことを話した。
「ま、ジーオルーンのあの巨体だから、城壁の上からでも普通に見えているかも知れないがな」
「中央翼船の残骸のすぐ横に布陣ですか? それが何かの偽装という可能性は無いのでしょうか?」
「魔族とこちらの戦力差を考えるとあえて身をさらしてこちらの心を折りに来る、というのも普通にアリな作戦だと思う。重ねて言うがあの巨体だと隠しようもないだろうし」
「大将が本物なら、周辺に伏兵を潜ませていたりは?」
「魔族が伏兵を使ってくれたら間違いなくこっちが有利になる。こちらの基本戦術はジーオルーンへのピンポイントアタックだからね。伏兵が敵将の直衛に入れるほど時間をかけたら、どっちにしてもこちらの負けだし」
「そうですね」
「だから考慮すべき問題は人類征伐将がどんな能力を持っているかだな」
「少し待ってください」
「?」
俺は勇者本部ビル(下半分)にでも行って過去の記録を探ってみようと提案するつもりだった。しかし、アリアちゃんは目をつむって動きを止めた。
「アリアって凄いんだよ。前に読んだ本とか、ページ丸写しできるぐらい完璧に憶えているの」
「なんでお前が威張る」
俺より先にドルモンがツッコミを入れてくれた。
「ありました。人類征伐将という肩書は以前に確認されたことがありませんが、ジーオルーンという名は40年ほど昔の記録にあります」
ドルモンが目を見張る。ヒューと口笛を吹く。
この子は人間データーベースか?
「当時のジーオルーンはまだ三位階の魔族でした。オーガー系からの進化体と思われ、当時でも体長3メートルぐらい。都市周辺の農地で配備がはじまったばかりの勇者と交戦しました。『再生能力に優れ、多少の傷はすぐに治った。蹴り技で片腕をもぎ取ってやったが大した痛手になっていなかったようだ』と証言が残っています」
「あの巨体に再生能力?」
聞きたくなかった。でも、聞いておいてよかった。
チマチマした攻撃は効果なし。一撃で急所を狙わなければいけない様だ。
「その後、五年ほどの間に六度の目撃や交戦の報告があります。人間そっくりなのにスケールが違うので感覚が狂う。などと言われて敬遠されていたようです。……『三本足のジーオ』などと呼ばれて戦巫女はこいつに会ったら逃げてよい、とされていたとか」
アリアちゃんはそう言って顔を赤くした。
人間そっくりの奴の三本目の足が何かはだいたい想像がつくな。ここに某襤褸ぞうきん氏がいたらまた余計な事を言って制裁を受けていたかも知れないが、今いるメンバーは全員この話題をスルーした。
「そうするとその露出狂は当時はかなり有名だったのか?」
「そのようです。勇者たちと何度も戦い、殺害された勇者もいます。逆に自分が不利になると幻を投影してさっさと逃げてしまうので厄介な相手だと認識されていたようです」
「幻って、巨大な姿で情宣活動をしたアレの事?」
「はい、あの幻覚魔法はもともと戦場から離脱するために習得したもののようです」
俺はため息をついた。
どうやらジーオルーンは思った以上に厄介な相手らしい。どうしても撃破する必要があるのに防御や逃走に特化した能力もちとは。
「正々堂々と戦う武将系の相手に見えたんだけどな」
「正面から戦うだけの奴なら第五位階に到達するほど生き残れなかったと思うぞ」
「確かにな。俺のさっきの言葉は訂正する。奴はあの巨体を隠す能力を持っている。今、見えているアイツの姿は幻覚だと思って対処した方がよさそうだ」
情報収集は大事だと痛感する。俺はジーオルーンを強者としてしか見ていなかったが、あの巨体の持ち主にも弱かった時代がありその頃から続けている戦い方がある。かつてのジーオルーンが生存を第一に慎重な戦い方をしていたというなら、その癖はたぶん今でもそのままだろう。
「五年を境にジーオルーンは都市近郊では姿を見せなくなります。戦闘報告によれば年々身体が巨大化していたようなので、巨大化しすぎて逃げ隠れが困難になったからではないかと思われます。その後、荒野を渡る飛空艇が巨大な人間を見たという報告はいくつかあります。裸の遭難者がいると思って近づいたら、見上げる巨体にびっくりして引き返す事になったとか」
「そのあたりまでは奴は下半身まで人間そっくり?」
「詳しい報告はありませんがそうだと思います」
ドルモンが運ばれてきたお茶菓子を噛み砕く。こいつ、ただなのに遠慮を知らないな。ま、俺と違って金を払えと言われたらすぐに出せるだけの金は持っているのだろうけど。
「三位階のままで巨大化を続けたために、身体の維持だけで魔力のすべてを使い切っていた可能性もあるな。その場合、巨体と怪力以外の特殊能力をすべて喪失していたはずだ。戦場から逃げ出す理由としては十分だ」
「荒野の奥で進化して、パワーアップして戻って来たってか? 四つ足になったのは膨大な体重を支えるためだろうけど、そこまでしてあれほどの巨体を維持するメリットがあるのか?」
「魔族の進化に関してはよくわかっていない。完全にランダムな変化ではないようだが、彼らが自分たちの能力をどの程度狙って発達させているかも含めて不明だ」
俺はまた別の意味でため息を吐きたくなった。
「やっぱり思うけどな、魔族の事は研究するなり交渉を持つなりして、もっとよく調べた方が良いと思うぞ。ただケンカを続けるなんて、知的生命体同士の行動とは思えない」
「魔族は放っておいたら人類の生存圏を奪いに来るんだ。ただの荒野だと食料の生産に問題があるらしい。都市結界の中から奪ったり、魔素の薄い高地を占領したりする。生存のために相容れない相手だ」
定住民族VS遊牧民みたいな争いなのか?
それならば1000年単位で続いても不思議じゃない。
しかし、こいつらは知的生命体ではあるかもしれないが、文明人ではないな。その程度の対立なら話し合いできっちりとした協定を結べばどうにかなりそうに思える。
「そうやって敵対関係になる理由をまともに説明出来るのに、単なる絶対悪扱いするから交渉の余地が無くなるんじゃ無いのか?」
「大衆に説明する言葉は短いほど良い。魔族は襲って来る敵だと認識できれば良い」
「説明の労を惜しんで和解の可能性を消していたら本末転倒だと思う」
俺とドルモンのちょっとしたにらみ合い。
「ムサシさん、別にドルモンさんが政治の方針を決めている訳ではありませんし」
「それもそうか。今はジーオルーンの情報を聞く方が優先だな」
「アレと戦う気はあるんだな?」
「今現在交戦している事と将来の政治方針は別物だろう」
「なら、いい」
本当はあまり良くもない。
俺にとってこのコル・バリエスタは仮の宿だ。そこに正義が無いのなら勇者を続ける価値もない。俺が戦う理由なんて、今のところ成り行き以上のものじゃない。
あんまり気に入らない様なら俺は魔族側に付くかも知れないぞ。
俺はシナモン入りの甘いクッキーを口に放り込んだ。苦いコーヒーにこれを合わせるのが俺のジャスティス。
今は食い物のために戦う。それでいい。
「で、アリアちゃん。ジーオルーンの戦闘手段についての情報は? 攻撃手段はあの光の槍だけ?」
「投槍に限らず魔力を収束させて武器化する事は以前からやっていたようです。初期の頃はオーガー用の武器を使っていましたが、それでは身体に合わなくなって変更した様です」
「きちんと物資化させた方が魔力の効率は良いはずだ。よっぽど魔力が余っているのか?」
「ひとつ聞くが、物資化と言うのは『変身』で出てくる鎧の事で、魔力の収束は蜘蛛糸みたいなやつの事、でいいのか?」
「概ねその通りです。私の氷の様にどちらともつかない物もあるので、厳密な区分ではありませんが。ジーオルーンが魔力を収束した武器を好んだのは、投槍の様な遠距離攻撃を主な戦闘手段にした為だと思います。物資化させたひとつの武器を長時間使い続けるつもりが無かったのでしょう」
「まとめるとジーオルーンってヤツは、まず遠距離から先制攻撃を行い、失敗すると逃走。あの歩幅なら移動速度も速いだろうし、一瞬でも見失ったら幻との入れ替わりを心配しなければならない。仮に戦闘状態に入ってもやたらとタフで倒しにくい、と。嫌われる訳だ。戦闘に制限時間のある勇者では詰むんじゃ無いか?」
「対応は?」
「もともと飛空艇で接近して囲んでしまうつもりだったから大きな変更はない。問題は幻影だが、どうやって見分ければいいんだ?」
「索敵系の特殊能力を持っている人造戦士が何人かいたはずだ。精度は低いがゴウレントも多少は出来る」
「意外だ」
「『獅子の咆哮』による反響定位だけどな。人造戦士でなくともその手の魔法が得意なヤツはそこそこいる。飛空艇に同乗させれば役に立つだろう」
俺の頭の中に明日の作戦がうっすらと浮かび上がってきた。
が、それが形になるより早く、今まで話題に入れずにいたミュリエラちゃんが口を開いた。
「あの、悪いんだけどさ、そろそろ出てくれないかな? 普通に食事しようとしているお客さんが入れなくなってるから」
「え?」
いつの間にか俺たちを遠巻きにして『黒山の人だかり』だった。
アリーナから俺たちをつけて来た人たちも多いのだろう。完全にアイドルの追っかけ状態。この世界ではカメラが発明されていないらしい事が救いだ。
「……」
俺たちはいそいそと席を立った。逃げるようにお店から出る。
あ、ドルモンが足を引っ掛けられた。
やっぱり勇者本部の研究員は嫌われている。
「美少女三人とお茶するなんて、許しがたいヤツ!」
ちょっと違った。
でもそのセリフ、ドルモンより俺にダメージがデカイから、やめて。




