13 恥辱のヒーローショー
ちょっと自分の能力を確認するだけのつもりだったのに、いつの間にか俺はヒーローショーに出演していた。それだけでも良くないが、雷鳴の勇者に続いてプリティーファイターの二人とも戦う流れになってしまった。
いつの間にか客の入りも良くなって来たし、悪役にしか見えない俺が彼女たちと戦うのはアリなのか? フルボッコされなければいけないのか?
「選手交代って、素手の女の子に全身凶器の身体で対戦するのは凄くやりにくいんだけど」
「手加減はいらないよ。ボクたちだって強いからね」
「素手がお嫌なら、私も武装しましょう」
ミュリエラちゃんは拳を構えた。
ちゃんとした格闘技を修めたのでは無さそうなケンカ殺法な構え。だが、いかにも実戦で磨き上げてきたという風格がある。
アリアちゃんの周りでは氷雪が吹きすさぶ。その手に集まって氷の剣と盾になる。あれを攻略するのは難儀だろう、と思ったが本人は不満そうだ。
「ムサシさんの武器が相手では盾は役に立たないでしょうね」
盾に使われていた氷が剣のそれと合流。一本の槍へと変化する。俺の間合いの外からチクチク攻める戦術か。
こっちもショーテルを再生成するか? それにも魔力を消費するのであまりやりたくない。
「始めるよ!」
拳を固めた赤の戦巫女が突っ込んでくる。彼女より俺の方が素手のリーチも上。手足から伸びる刃の分も含めれば余裕を持って迎撃可能だ。
そう思っていた時期が俺にもあった。
ミュリエラちゃんは接敵寸前に横へ跳ぶ。その後ろには槍を構えたアリアちゃんがいた。
ジェットストリームアタック? いや、ブラインド攻撃。
突き出される氷の槍をギリギリで避ける。
体勢が崩れたところへ小さな拳が殴りかかってきた。こっちは避けられない。不十分ながら肘から伸びる刃で迎撃する。素手に見える拳と鋭い刃がぶつかって、こちらが弾かれた。
「ヤッ。……タァッ」
可愛らしいかけ声と共に連続攻撃が来る。回避も捌きももう無理だった。俺は先ほどのアルシェイド同様に吹き飛ばされた。瓦礫の中に半ばめり込む羽目になる。
「手加減はいらないよ、ムサシさん」
「いや、今の連携に初見で対処するのはかなり難しいと思うぞ」
瓦礫の中から身をもぎ離す。
俺としては今の攻防で模擬戦は俺の負け、でも一向に構わない。しかし、二人はまだまだやる気満々だった。
「それにしても素手の拳で刃を殴って無傷とか、どうなっているんだ?」
「ミュリエラの拳は『殴る』という概念そのものですから。彼女に殴れない物は有りません。一度、竜巻を殴って進路を変えるのを見たことがあります」
無茶苦茶だ。大滝の水も殴って逆流させられるのだな。
とは言え、刃が通らないのが拳だけと分かったのはありがたい。まさか全身に『絶対防御』の概念をまとっているとか言わないよな? 身体パンチとか言って全身を拳に見立てて体当たりとかは……あるかも。
警戒だけはしておこう。
「今度は私から行きます」
アリアちゃんが近づいて来る。
アイコンタクト一つでミュリエラちゃんも移動を開始。俺の側面に回り込む。
この二人、連携の精度が半端じゃない。彼女らをまとめて相手にしてまったく寄せ付けなかったフォルテさんって、どれだけ強いのかと感心する。
氷の槍が襲ってくる。それの回避に意識を向けると、素手の拳が飛んでくる。
どちらか一方に集中攻撃しようとすると、もう一方に背中を向けるように誘導される。
これって無理ゲーだろう。勝利に向かうルートがまったく見えない。俺は大きくジャンプして二人から無理矢理距離をとった。
『ふたりは』の連携を崩すにはモード蜘蛛に戻して蜘蛛糸で分断してみるか? その程度の策では対応されそうな気もする。
「おい、ドルモン。ここから逆転出来そうな機能は何かないか?」
「あるぞ。破城銃を出してみろ」
「いくらなんでも、ここでアレは撃てないだろう」
もし外したら観客席が吹き飛んでしまう。味方を殺すのはもっとマズイ。
ここまでの戦いでアルシェイドも戦巫女たちも必殺技は一回も使っていない。魔力消費をともなう強力な攻撃は使わないのがマナーだろう。
「撃つ必要はない。いいから出してみろ」
ま、アレを取り出すのも実戦の前に一度経験しておきたい事だしな。
俺は左腕のブレスレットに手をあてる。ここに魔力を流し込めば良いのかな?
俺の右手に何かが出現する。それは破城銃と同じぐらいの長さだった。太さはずっと細い。手でちょうど握れるぐらい。先端は鋭くとがっていて、その両側に三日月状の刃が背中を向けあっている。
「大砲みたいな銃が槍になった? いや、この形は方天戟という奴か。……モード蟷螂で取り出したから刃物に変わったのか?」
「そういう事だ。先端の刃は手持ち武器の術式を流用している。両方同時には呼び出せないぞ」
「それは問題ない。俺の腕は二本しかないからな」
「ムサシさんってびっくり箱みたい。ホントに色々出てくるね」
「ロクト博士って、ムサシさんの事をよっぽど気にかけていたんですね」
するとこの変な記憶もロクト博士が何かした結果なのだろうか? 神様が転生させてくれたとかじゃなく。
結論の出せない問いは横に置いて、模擬戦に集中する。
長柄の武器を手に入れた以上、こっちから攻める。
「行くぞ!」
変身ヒーローのパワーで方天戟を力任せに振り回す。
リーチの短いミュリエラちゃんはこれだけでほぼ手を出せなくなる。長柄武器に対しては懐へ跳び込むべきだが、方天戟をかいくぐってもこちらには刃物付きの足技と肘がある。よっぽど良いタイミングでなければこちらの迎撃が間に合う。
俺の武器とアリアちゃんの氷の槍がぶつかる。
ピシッと音がした。
ひびが入ったのは氷の槍。アリアちゃんの氷は俺の蜘蛛糸と同じような物らしい。生成・変形が自由な分、強度的には劣る。
今度は女の子たちの方が後退、俺との間合いを外した。
「ここまでですね。残念ですが、ムサシさんにそんな物を持ち出されてしまうと、こちらの応手は飛び道具になってしまいます」
「あの螺旋撃?」
「あそこまでやらなくとも、大型武器を持って多少動きの落ちたムサシさんは飛び道具への対処が難しくなります。離れた位置から攻撃すればこちらにも勝ち目が残っているのですが」
「そこまでやるとお互いの消耗が馬鹿にならないか」
「はい。今回はここまでにしましょう。ありがとうございました」
アリアちゃんは俺と観客席に向かって優雅に一礼した。ミュリエラちゃんも手を振っている。
観客席から拍手が降り注ぎ、仕方なく俺も方天戟を振って応えた。
模擬戦がこれで終了なら、俺は本来の目的に帰る事が出来る。
「ドルモン、蜘蛛と蟷螂の能力はだいたいこんな物か?」
「そうだな。後はお前の応用次第だが、概ねこれで終わりだろう」
「本題はこれからだ。魔力炉三つの組み合わせなら、俺のモードはこれで終了では無い可能性が高い」
「そうか?」
「二だけ三だけと言う組み合わせは横におく。生身の身体のまま蜘蛛糸が出せたりショーテルが使えたりしたら便利だろうが、それで戦局は変わらない。問題は二と三の組み合わせ、それから全部載せだ。特に全部載せは巨大魔族討伐用に用意されている可能性がある。少なくとも、俺だったら絶対にやる」
「実はな、お前の資料を読んだと言っても、後半部分は良く読めていないんだ」
「使えん」
「いや、俺の能力不足じゃない。後半はロクト博士のメモとか覚え書きのレベルで、ちゃんとした資料にまとまってさえいないんだ」
それだと俺の三つ目以降のモードは未完成、変身後の姿が設定されていない可能性もあるわけか。
ま、試してみて悪い理由は見当たらない。俺のモードチェンジは外装を変えているだけだ。存在しない姿に変わろうとしても生身の肉体に影響が出ることはないだろう。……多分。
「断片レベルの情報だが、魔力炉2と3を同時使用する姿はモード蜂。高機動タイプらしい。資料には斜めに倒れた十字とか先が二股に分かれた棒とか意味不明の記号が多用されている。身体に負担がかかるという記述もある」
「身体に負担がかかるほどの高機動型? そいつは美味しいな」
「試すのか?」
「ここで試さずにいつ試すのか、って所だな。そんな事を聞かされたら、実戦で使いたくなる場面が絶対に出てくる。問題点は早目に洗い出しておくものだろう」
何かおきる場合を想定して、俺はドルモンからも戦巫女たちからも距離をとった。
アルシェイドとフォルテさんは最初から離れた場所にいるから問題ない。
俺は他のモードに変わる時のように念じる。
モード蜂。
俺は光の繭に包まれる。
不快感があった。痛いわけでは無い。痛みを伝える神経そのものが麻痺している。俺の存在そのものが書き換えられていくような、恐れと不安をともなう奇妙な不快感だった。
俺のモードチェンジは本来ほぼ一瞬で終わる。生身の身体からの変身もポーズをとっている時間を除けばたいした時間ではない。
だが、今回のモードチェンジは優に10秒はかかった。いや、ちゃんと計ったわけでは無いが、俺の体感だとそのぐらいだった。これだと戦闘中にいきなりチェンジするのは無理だ。安全の確保が必要。
光の繭が消え、俺の新たな姿が浮かび上がる。
身体が軽い。
視点が高い。
下を見ると、俺の足は地面から離れて、文字どおり浮かび上がっていた。
超高速で動き回る高機動型かと思ったら、まさかの飛行可能モード! いや、浮かんでいる状態がデフォルトなので飛行専用モードと呼ぶべきかも知れない。背中から翅が生えていてそこからの推力で移動できるようだ。翅程度で人体を飛ばせられるとは思えないので、俺を浮かばせている主体は魔法のようだが。
「きれい」
アリアちゃんがため息をつく。
それを合図にしたように静まりかえっていた観客席が熱狂的に爆発した。もう、スタンディングオベーション。
そこまで喜ぶような事か? とちょっと呆れる。
ひょっとして飛行可能な勇者は珍しい? どこかのスーパーロボットが紅の翼を手に入れた時と同じと考えればこの反応も納得できる、かな?
移動性能を試してみる。
加速はそれほど良くない。地面を蹴った方がずっと速い。だが、それは最初の何秒かだけ。空気抵抗以外さえぎる物のない空中に居続けるのは、最高速度を大きく引き上げる。
このモードの運用は変身直後に手近な何かを蹴って加速、その後はスピードを上げ続けるのが良いようだ。空中にふわふわ浮かんでいるだけだと、たぶん標的にされる。
どこまで上がるか加速を続ける。
このモードは止まっていると重心の関係か自動で足が下を向くようだが、速度を上げるには頭を先にして飛行ポーズをとる方が良い様だ。空気抵抗を考えれば当たり前の話だな。
手足を曲げたり身体をひねったりで移動方向を変えられるのも確認する。
スピードが乗ってくるとアリーナが手狭に感じられる。
観客席の上を旋回する。俺が近づくたびに観客席がどっと沸く。別にサービスでやっているわけでは無いが、まあ悪い気はしない。
直線での最高速度を試すのはこのアリーナ上空だけでは無理なようだ。それどころか、コル・バリエスタ市街全域を使っても足りないかも知れない。
テスト飛行のために敵がいる場所まで出張っていくのは愚かだろう。スピードのテストは諦める。
下手なスポーツカー並みの速度が出せると憶えておけば十分だろう。
攻撃機能はどうだろう?
見たところ、手足に武器は無い。
モード蟷螂の時に取り出した方天戟からも刃の部分が消えている。
ひょっとして、完全に飛行能力しか持たないモード?
それだけでも偵察や脱出といった用途に有用ではある。対地攻撃能力が無いのは片手落ちの感が否めないが、それが俺の未完成部分だと言うなら仕方ないと言える。
あと、確かめておかなければならないのは上昇能力。最高到達高度かな?
俺は進路を上に向けた。翅の推力をフルパワーにする。100メートル、200メートル……1000メートルぐらい。
雲の高さにまだほど遠いうちに、翅に力が入らなくなってくる。
空気が薄くなってきたせいではない。まだまだそんな高度ではない。
理由は不明。
いや、魔族たちが飛空艇を苦手としている理由があったはず。確か、上空には異界から来た魔素が薄いとか。人造戦士のエネルギー源も同じなら、同じく上空を苦手としているのもわかる。
無理をすれば雲の上ぐらいまでは上がれそうな気がするが、それで魔力炉が停止したらと思うと無理は出来ない。高さ2000メートルからの墜落死なんて御免だ。
俺は翅の動きを止めた。
身体を浮遊させる魔法も止めて、自由落下に身をゆだねる。
上から見ると都市結界の範囲が分かる。町の城壁の内側と周辺の農地。
真円形の範囲の外側はうっすらと霞がかかって見えた。
「魔族たちは隠れるつもりもない、か」
ここからなら魔族たちの陣地も見えた。墜落した飛空船のすぐ横に布陣している。霞のせいでゴブリンたちの見分けまでは付かないが、オーガーや魔獣軍団ははっきり見える。
そして巨大怪獣。人類征伐将ジーオルーン。奴は腕組して佇んでいる。人間そのものの上半身のせいで周りにいる者がまるでおもちゃのように見える。
奴らの姿をはっきりと見れただけでもここまで昇った甲斐はあった。
地面が近づいてきたので浮遊魔法を再開。身体を大の字にしてエアブレーキを効かせる。ある程度速度が落ちてから翅の推力で制動をかける。
地上3メートルぐらいの位置でピタリと静止した。
ゆっくりと着地する。
熱狂的なものでは無い、ショーの終演を告げるような拍手があたりを満たした。
「スゴイ、スゴイ。ムサシさん、とっても綺麗だった!」
「ムサシさんって、身体の線が見えるとそんな風なんですね」
ミュリエラちゃんは興奮して手を振り、アリアちゃんは頬を染めている。
俺はようやく何か変だと思った。
男たちを見ると、ドルモンは視線をそらし、アルシェイドはこちらをガン見している。フォルテさんは自然体で俺を観察している。
何か知らないが、俺に異変が起きている事は間違いなさそうだ。
嫌な予感がした。
確かめたくない。
先ほど自分が作り替えられるようだと思った独特の不快感。
俺の変身体は『蜘蛛』と『蟷螂』と『蜂』。某有名作品の初期怪人縛り。そしてあの番組で『蜂』といえば数少ない……
俺は改めて自分の身体を見下ろした。
スレンダーなボディ。装甲は極端に薄い。レオタードとレザーアーマーの折衷物のような状態。胸当ての下に胸のふくらみがあるように見えなくもない。
そして、身体の線は確かに『綺麗』だった。
TS? 骨格から女性化しているのか?
股間のモノがあるかどうか触って確かめたくなる。痴女っぽく見えるのでやめにするが。
そんな事より変身解除だ、解除。こんな姿でいられるか!
パニックに陥ってその場で変身を解こうとする。寸前で気が付く。そんな事をしたら観客の前で全裸をさらすことになる。
ここにも作り付けられている衝立の影に逃げ込む。
そこで変身を解除。
……!
解除できた。生身の身体があらわになった。
落ち着いて考えてみよう。モード蜂に変わったとき、俺は光の繭に包まれてその中で変貌した。それなりの時間と不快感と共に。それに対して単に外装を解除するだけの変身解除をおこなったらどうなるか。
男として見とれても良いのだが、間違っても『男』ではない。
「……‼ ……?」
俺は言葉にならない、声とすら呼べないような悲鳴を上げた。
「どうした!」
アルシェイドが慌てたように衝立の中に駆け込んでくる。奴は足を止めた。俺の事を上から下まで……
「いつまで見ている!」
叫ぶ声まで高くなっていた。
生身になった身体で変身体のままのアルシェイドを殴っても効果は無い。俺は近くに落ちていた小石を思いっきり投げつけた。
石を投げてもノーダメージだったようだが、状況を察した女の子たちが制裁を引き受けてくれた。衝立の向こうからすごい物音が聞こえてくる。
アルシェイドの悲鳴と観客の笑い声を聞きながら、俺は貫頭衣の横乳を気にしていた。
もう一度変身したら、コレ戻れるのか?




