12 羞恥のヒーローショー
今後の作戦方針について色々言っていたら、何故かコル・バリエスタ軍司令官とやらにされてしまった。流れとしてはまっとうかも知れないが、無位無官どころか生まれたばかりの俺が司令官なんて激しく納得がいかない。
実は『コル・バリエスタ軍』なる組織は公的には存在しないので、この地位には『厄介ごとはムサシに押し付けます』以上の意味はない。そう知って更に納得いかなくなった!
さて、司令官としての栄えある初仕事だが、決戦の具体的な作戦案は軍人メンバーに丸投げした。
俺やゴウレントに指揮官役を押しつけるあたり、軍人たちの能力・意欲には疑問が残る。だが、俺の知識量ではまともな作戦案を作り出すのは難しい。そのまま使える作戦が上がってくればベスト。そうでなくともたたき台ぐらいには使えるだろう。
俺は俺でやることがある。
「ドルモン、俺の設計資料を探したんだろう。司令官命令だ、ちょっと付き合え。俺の性能を検証する」
「ロクト博士も何だってこんな奴にあれほどの資産を投入したんだか。いいだろう。一つ貸しにしておくぞ」
「この町の為に戦ってやった貸しから一つ引いといてやるよ」
「全部棒引きにしろ。それはそうと俺は昨夜から戦闘レーションしか食べていないんだがな」
「それは可哀想に。こっちはとっても甘いクッキーで小腹を満たしたとか、女の子の手料理をごちそうになったなんてとても言えないな」
「今、本気で殺意を抱いたんだが……。ちょっと破城銃を俺に貸さないか? 暴発するように細工しといてやるよ」
「お二人って、本当に仲良しですね」
「「それは無い!」」
アリアちゃんのクスクス笑いに対して俺たち二人の声が唱和した。
「それはそうと、戦闘能力を確かめるならボクたちも付き合うよ。ムサシさんはアリーナの場所も知らないだろうし。あと、お昼はウチでご馳走するから期待してて」
「アリーナ?」
聞いてみると能力に目覚めた戦巫女や個人的に特訓をしたい勇者の為の施設が専用につくられているらしい。この町ならそういう物も必要か。都合のよい採石場が近くにあるわけじゃ無いだろうし。
「あなたたちも行くなら私も同行しましょう」
「フォルテ様、いいんですか?」
「ええ、稽古をつけてあげる」
ロングドレスの美女がほほ笑む。上位互換の相手だけにミュリエラちゃんもフォルテさんには様付けらしい。なんとなくヅカな感じもする。
このとき俺は『アリーナ』という名称に疑問を持つべきだった。そうすればその後の悲劇をわずかなりとも回避する道筋が開けたはずだ。だが、俺は神ならぬ身、と言うかただのアホ。見えている地雷に見事に引っかかり、その先にある特大の地雷まで踏み抜いてしまった。
そんな未来が待つとは知らず、俺はアリアちゃんの後をついて行った。
アリーナまでやって来たのは俺とドルモン、アリアちゃんとミュリエラちゃん、フォルテさん、そして何故かついて来たアルシェイドだった。
雷鳴の勇者は相変わらず心ここにあらず、といった様子。それでも自発的に行動できる分だけ他の勇者よりはマシらしい。時々、俺の事をギラついた目で見ているのが気持ち悪い。
アリーナは言ってみれば周囲に瓦礫の壁を積み上げたくぼ地だった。クレーターと呼んでもいいかも知れない。破城銃の全力射撃とかは無理だろうが、それなりに力をふるっても周囲に影響が出ないようにできている。
簡単な更衣室があったので、服装を簡素な貫頭衣に改めた。更衣室の中で変身するのはNGだそうだ。その理由はすぐにわかる事になる。
アリアちゃんは簡単な利用手続きをしてそれまでの利用者を追い出した。勇者や戦巫女には優先利用権があるらしい。
そこまでは良い。だが……
「なんで観客がいるんだ?」
「アリーナですもの」
「今日は少ないよ。いつもの十分の一ぐらい。みんな忙しいみたいだね」
「でも、ムサシさんが来ている事が広まったらみんな集まって来ると思います。本来この町には存在しない14人目の勇者。誕生初日に出撃して三位階二人撃破なんて派手すぎます」
この世界にもマニアはいるのか。
俺は鉄ちゃんに群がられるSLレベル? 新型新幹線かリニアモーターカーの方が近いか。
「では、先にいきます」
「この身、御身に捧げます」
「戦いの力、無敵の力、世界を護る力をこの身に宿せ」
「「神力降臨」」
女の子二人が祈りを捧げ、変身を完了させる。
テレビの前の視聴者ならぬアリーナの観客に向かってポーズをとっているのを見てちょっと呆れる。
「人々に希望を与え絶望を遠ざけるのが、戦巫女や勇者の役割です。ちょっとの愛想でそれが達成出来るならいとう理由はありません」
「俺にはちょっと付いていけそうにない」
「勇者にとっても避けては通れない道です。あきらめて下さい」
フォルテさんが俺を絶望に突き落とす。
「この身はすでに戦いの化身」
「光を宿せ、光を護れ、私に神の権能を」
「神力解放」
少し違った祈りの文句で戦女神も変身する。
アクセサリーの増えた巫女ほど強いと聞いたが、彼女の変身後は少女たちよりむしろ簡素だ。と言うか、飾りが追加される代わりにロングドレスが丸ごと物質変換されているっぽい。
ドレスには深いスリットが入っていて動きを邪魔しないようになっている。
眼福、眼福。
「おい、お前は彼女たちを見物するために来たのか?」
「それだけの価値があると思わないか?」
「確かに。……ではない!」
ドルモンもボケ役・ツッコミ役が板について来たな。
美女たちは軽く組み手をはじめた。
少女たちの格闘能力は意外に高い。素手でまともにやりあったら俺の方が押されるかも知れない。だが、フォルテさんはその二人を同時に相手をして押し負けない。単純なパワーも二人より上だが、それ以上に戦闘技能が隔絶している。彼女に技で対抗しようと思ったら、あのモトサトの技量が必要だろう。
「彼女たちの戦闘能力を確認するのも必要だが、こちらもそろそろ始めるぞ。いつまでも見ているな」
「……俺は最初からそう言っているだろう!」
「HENSIN」
俺は日本語で発音しつつ両腕で弧を描く。
ポーズ終了と同時にジャンプ。この肉体なら素のままでも空中で一回転して着地するぐらいは容易い。回転中に変身を完了させる。
素体モード。
観客が一瞬どよめき、どよめきは戸惑ったように消える。
「そいつから始めるのか?」
「性能評価だからな。俺についての設計資料か何かを見たのだろう。俺の体感で各モードの使い勝手を言うから、何か付け加える事があったら言ってくれ」
「了解した」
ステータス、とか唱えたらすべて数値化されて出てくるなら簡単だが、まさかそんな事はない……よな? 今度一人の時に試してみよう。
「まず素体モード。第一魔力炉だけを起動した状態。生身の人間よりは防御力・運動能力がともに上昇するが実戦で使用するには心もとない。魔力の消費が少ないのだけが取り柄。運動能力だけはモード蜘蛛より上かも知れないが、怪しいレベルだ」
「まず訂正。魔力の消費という言葉はよく使われるが、実際には魔力炉が過剰に活動して強制停止させられるまでの時間の長短と表現した方が正しい。魔力炉に一定量の魔力が入っていてそれを消費しているわけでは無い。それからモード蜘蛛の運動性能はカタログ上は素体と同等のはずだ」
「そうか?」
強制変身解除は燃料切れと言うより『鉄棒に掴まっていられない。もう限界!』に近いのか。ま、現象の理解としてはMP切れでも問題が無いから、そういう表現が多用されるのだろうが。
カタログスペックと俺の体感が食い違っている理由については見当がつく。
「素体モードは増加装甲が無い分、関節の自由度が高いからな。瞬発力は同等でもその分だけ動きやすく感じるのだろう」
「なるほど。より深く身体を曲げる、より大きく身体を捻る。その動きが重要なのだな」
「各モードの能力差から見たら誤差の範囲だけどな」
俺は二段階目の変身を行う。
モード蜘蛛。
観客席がドッとわいた。複数の姿を持つ勇者ってあまりいない様だし、ひょっとしたらマニア垂涎のシーンだった?
そちらはあまり気にしない事にして軽くシャドーボクシングをする。やっぱり少し動きづらい。
拳についた爪を利用する為にはストレートよりフックやアッパーを多用した方が良いだろうか?
「モード蜘蛛は攻撃より防御に向いた形態だ。厚い装甲で多少の攻撃は跳ね返すが、反面攻撃力不足には悩まされている。蜘蛛糸の壁などの特殊技は優秀だが運動性能の低さもあって自分から攻めに出るには向いていない」
今まで戦った中でモード蜘蛛より遅かった相手は居ないな。あ、ゴブリンやオーガーは別。今のは同じ勇者や三位階以上の魔族の話な。
「その判断で概ね間違っていない」
「毒牙とか蜘蛛らしい攻撃手段は無いのか?」
「無い。だが、もっといい物があるぞ。英傑の破城銃だ」
「……確かに、機動力の低い者に遠距離攻撃手段を持たせるのは理にかなっている。厚い装甲は反動を吸収する為の重しにもなるし、蜘蛛糸を銃架として利用する事も出来そうだな」
「そうだ。前回おまえはモード蟷螂で使用したが、本来はああいう使い方をする武器じゃない。あの時、命中したのはただのまぐれだ。敵ではなく城壁を破壊していてもおかしくなかった」
「そうだな、気をつける。……ところで、破城銃でならジーオルーンを仕留められると思うか?」
俺の問いにドルモンはしばらく考え込んだ。
「分からん」
「可能性はある、という事か?」
「破城銃がジーオルーンの様な巨大魔族との戦いを想定して造られたのは間違いない。だが、あれほどの巨体を支える魔力を攻略するというのは容易なことではないぞ。常時維持しなければならない身体強化だけでもどれほどになるか。……まあ、直撃させれば無傷では済まないと思うが」
「相手にダメージを与える通常攻撃としては十分だが決め手にはならない、という事か」
遠距離から大威力の攻撃で楽に勝つ、とはいかないらしい。
俺は諦めてモード蟷螂にチェンジする。観客席が一瞬あっけにとられ、歓声が爆発した。
「モード蟷螂は近接アタッカーと認識している。この二本のショーテルが主力武器だ。防御力は素体以上蜘蛛以下。運動性は一番上だが隔絶しているというほどではない。他にも何か機能がありそうな気はするのだが、よくわからない」
「蟷螂の機能は掌握しきっていない……って、おい!」
今まで空気だったアルシェイドが突然動いた。
鋭く短いポーズで変身する。
「考えている暇があったら身体を動かせ。せっかくアリーナへ来たんだ。その姿で相手をしてもらうぞ」
雷鳴の勇者は雷光とともにその手に自分の太刀を顕現させる。
こいつ、むっつりとした顔で前回モード蟷螂に押されたことを根に持っていたのか。
一般人でしかないドルモンが大慌てで退避する。勇者対決の予感に客席は大喜びだ。
しかし、いつの間にか客の数が増えていないか?
一体、どうやって情報が拡散しているんだ? もしかして魔法掲示板に『二段変身キター』とか書き込まれているのでは? いや、そんな物があったら是非とも部隊の指揮に活用したいが。
「ちょっと待て。俺は能力のチェックに来たんだ。勝負は後にしろ」
「待たん。それに客が喜んでいる」
おまえはプロレスラーか?
アルシェイドは太刀で突いてきた。俺はショーテルの背でそれを流す。
俺の戦闘技能も少しは上がっているようだ。いや、この短時間で訓練もせずに上達するとは思えない。これはもともとインストールされていた技能が使用可能になってきたという事だろう。
俺は反撃に出る。
二本のショーテルを縦横無尽に振るう。湾曲した刃で横殴りの刺突をおこなう。盾をかざした者さえ直接攻撃できるショーテルの変則的な動きにアルシェイドは対応しきれない。装甲に幾つもの傷をつくって後退する。
ここまでは前回と同じ展開。
いくらこいつが単細胞でも何の策もなしにリベンジを挑んだりはしないだろう。俺は一旦手をとめて雷鳴の勇者の動きを観察する。
なかなか攻めて来ない。太刀の動きに迷いがある様な気がする。
「おい、まさかと思うが、ショーテルの攻略法をまったく考えずに挑戦してきたんじゃないだろうな?」
「実際に刃を交わせば思いつく」
「明らかに思いついてないだろう」
「今、浮かんだ」
それなら良いか。
って、ぜんぜん良くない。
アルシェイドは太刀を上段に構えた。その状態でピタリと静止。
奇声と共に打ち下ろしてきた。
こんな所で示現流かよ!
ツッコミを入れている暇もない。
『示現流の初太刀は必ず外せ』
どこぞの教えに従い、俺は必死で避けた。
「アルシェイド、模擬戦で俺を殺す気か?」
「問題ない」
問題しか無いだろう。
俺たちの戦いはHP制ではない。相手の装甲を削りあう様な戦いになれば装甲の再生に魔力をとられる分、擬似的なHP制に見える。だが、装甲を浸透してくる衝撃はヒーローコスチュームの内側の肉体にダメージを与えるし、装甲を貫通や切断してくる攻撃は容易に致命傷になり得る。
今の示現流(?)の斬撃は一撃で俺の手足を切断しそうな勢いだった。
『ムサシは首をはねられた!』とか俺は嫌だぞ。戦場を見る限り、この世界に蘇生魔法は無さそうだし。
「その妙な剣に対してチマチマと技で対処しようとしても無駄だ。ならばパワーとスピードでこちらから攻めきればいい。武器のリーチも扱いやすさもこちらが上なのだ。簡単な事だ」
「正しい答えだとは思うが、そのパワーとスピードをさばき損ねたら俺が死ぬんだぞ」
「問題ない。おまえも正しい攻略法を見つければ良い」
体育会系脳筋はこれだから困る。
ちょっとタイム、と俺は間合いを外す。
「おい、ドルモン。さっき何か言いかけていたよな。なんだ?」
「人造戦士同士の戦いに俺を巻き込むな。抗魔ローブを着ていない俺には命令の強制能力が無いんだから」
それは良い事を聞いた。と言ってもその能力は俺には効かない訳だが。
簡素なアーマーを身につけた研究員は雷鳴の勇者が追撃して来ない事を確かめてから言葉を続けた。
「ロクト博士は元々かなり奇矯な所がある人物だったが、おまえをつくっていた時にはもう狂っていたんじゃないかと思う。あの能力はない」
「ないって、何があるんだ?」
「刃だ。刃物しか無い」
「何だって?」
そのヒントに俺の心の中で何かが動く。俺はモード蟷螂の能力を思い出した。
確かにこれは無い。蜘蛛といい蟷螂といい、俺はヒーローではなく怪人らしい。
今さらだが。
アルシェイドが近づいてくる気配にドルモンは逃げ出した。
「太刀の攻略法は見つかったか?」
「さてな。試してやろう」
とは言っても奴が示現流(?)でくる以上、俺は初太刀を外す所から始めなければならない。こちらから攻めに行って最強最速の太刀にカウンターをとられたら、間違いなく即死だ。
下手な受け方をしたらショーテルをヘシ折られそうな袈裟斬りの斬撃が来る。
背筋が寒くなる思いで回避する。流れる様な動きで太刀が胴を狙ってくる。
これは受けられる。
俺は二本のショーテルを絡める様にして太刀の動きを止めた。体勢としてはこちらがやや不利。両手武器と片手武器二本では両手武器の方が力を込めやすい。
俺はその状態から蹴りを放った。
アルシェイドは後ろに跳んでそれを避けようとする。回避は成功、のように見えたが俺の足から脛と同じぐらいの長さの刃物が飛び出した。リーチの伸びた蹴りがアルシェイドの胸の装甲をえぐる。
俺は二本のショーテルをその場に落とす。変身によって出現した武具は手から離すとしばらくしたら消えるそうだ。もともと実体ではなく魔力が具現化した存在だかららしい。
わずかにひるんだアルシェイドに向かって踏み込む。
俺の腕から刃が伸びる。肘からも膝からも、全身のほとんどすべての部位が武器となる。モード蟷螂は近接アタッカーと評価していたが、実際には超攻撃型だったようだ。
太刀の間合いの内側で俺はそれらを連続で叩き込んだ。
連撃の最後にかかとから蹴爪を出した後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。ジャンプしてかかと落としにすれば良かったかと一瞬思ったが、さすがにそこまでの余裕はなかった。
「クソ、まだ、だ」
アルシェイドは立ち上がる。肉体のダメージはそれほど大きくないようだが、雷鳴の勇者の装甲はボロボロだ。その再生にかなりの魔力を消費するはず。
「そこまでですよ、アルシェイドさん」
「今日敵が来ないとも限らないんですから、それ以上消耗しないでください」
女の子たちが止めに入ってくれた。
いい子たちだ、と一瞬だけ思った。
「選手交代です」
「ムサシさんを独占させたりしません」
戦巫女たちが俺に向かって構えをとる。観客席は拍手喝采だ。というか、先ほどからずっと歓声が続いている事に俺は今頃気が付いた。
ちょっと待て。
ひらひら衣装の女の子たちに全身凶器の怪人が立ちはだかるって、絵面としてかなり酷い。
ならばモード蜘蛛に切り替える?
もっと酷い。女の子を蜘蛛糸でグルグル巻きにするなんて、18禁展開に一直線だ。
俺はどう立ち向かえばいい?
もう勘弁してくれ!




