10 会議に踊りを求めるのは間違っている
人類征伐将ジーオルーン先生による世界観の説明が行われた。人類側のトップはやっぱり外道だったらしい。知ってたけど。
あの巨大なジーオルーン先生を倒すことは果たして可能なのだろうか? そして、倒す価値は果たしてあるのだろうか?
とりあえず、俺としては『勇者の靴底亭』をはじめとするおいしい食事が安定供給される環境が維持されればそれでいい。料理をするのが人間でもゴブリンでも別に差別はしない。差別はしないがゴブリンの作った料理より女の子の手料理の方が価値がある気がする。難しいところだ。
巨大魔族ジーオルーンの幻影が消滅した後、俺は適当な所で雑魚寝するつもりだった。城壁に常備されている毛布にくるまって守備兵たちの間で寝られればそれで十分だった。
しかし、女の子たちがそれを許してくれなかった。
変身を解いて身支度を整えた後、俺は大きな『お屋敷』に引っ張り込まれた。そこはアリアちゃんの家だという。
ミュリエラちゃんは勝手知ったる他人の家、といった感じで我が物顔にふるまっている。俺が小市民的に恐る恐る扉をくぐると、老執事(!)に出迎えられた。
話を聞くとアリアちゃんのご両親は都市間を飛びまわる豪商だとかで、今この町にはいないのだと言う。アリアちゃんは戦巫女の力を得た事でこの町を離れる許可を得られず、最前線となった町に留め置かれる事になったそうだ。
「いや、それはマズくないか? 親御さんも居ないのに女の子の家に泊まり込むわけには……」
「いいから、いいから」
「構いません。アレクサス、お客様を客間にお通ししてください。あとはハーブティーと軽くつまめる物を」
「かしこまりました」
俺に発言権は無いらしかった。
正直、このお屋敷は豪華すぎて居心地が悪い。今まで見てきた打ちっぱなしのコンクリートの壁とかじゃ無いんだぜ。きちんと壁紙が張ってあるし、絵がかかっているし、彫刻までおいてある。挙動不審なレベルでキョロキョロしてしまう。
アリアちゃんに笑われた。
「ムサシさんって、そうしていると子供みたいですね。戦闘中は私たちより年上に見えるのに」
「こっちの方が年相応だろう」
ゼロ歳だけどな。
ついでに言うと、これから始まる『眠る』という人生初イベントにちょっとワクワクしているんだぜ。意識が無くなる瞬間を体験してみたい。
ふかふかのベッドが置かれた客間に案内される。
ささくれた神経を鎮めるハーブティーをもらい、しっとりとした甘いクッキーで小腹を満たす。
「お召し物は朝までに見つくろっておきます」
「いらないよ。変身したら一発でダメになる」
「存じております。ですが、お嬢様方がすでにその話題で盛り上がっています。今のうちに覚悟を決めておいた方がよろしいかと」
「俺なんかを着飾らせても何の楽しみもないだろうに」
「少なくとも、お嬢様方はそうは考えてはいないようで」
「趣味が悪い」
「わたくしはそうは思いません。失礼ながら鏡をご覧になった事は?」
「ない。が、俺の素顔を見た奴は全員微妙な顔をするからあまり美的な顔ではないと判断した」
「よろしければ、どうぞ」
執事のセバスチャン、では無かったアレクサスさんは懐から小さな手鏡を取り出した。
わずかなためらいと共にそれを受け取る。自分の顔を確認するという行為は自我同一性を確立するうえで一大イベントのような気がする。
勇気を出して鏡を覗き込む。
そこに映る顔が微妙な表情になるのが確認できた。
「確かに悪い顔ではないな。悪くは無いんだが……」
「女顔、ですな」
首から下を隠しておいたら素晴らしい美女か美少女と呼ばれそうな顔がそこにあった。
なぜだか知らないがアルピノでもないのに瞳が赤い。おかげで禍々しい美しさがある。
俺は今まで細マッチョな体つきから自分をワイルド系のキャラだと思っていたが、魔少年系にジョブチェンジしなければならないのか?
似合わん。
「ちなみに、うちのお嬢様はお客様のお召し物について、男装の麗人に見える服が良いのではないかとおっしゃっておいででした」
「!」
「ミュリエラ様の方はもっと直接的にスカートやドレス姿を推しておいででした」
「アレクサスさん。明日の服装の事、くれぐれもよろしくお願いします」
俺は執事さんに深々と頭を下げた。
薄い笑みが返ってくる。
「心得ました。……そうそう、本日はミュリエラ様も泊まって行かれるつもりのようですから推奨しませんが、今後お客様が夜這いをなさろうとしてもわたくしは反対いたしません」
「おい!」
「この町の住人はすべて明日をも知れぬ命でございます。ためらったり、迷っている暇は無いと存じます」
「……」
「それに、俗説が正しいなら戦う力をなくしたお嬢様がこの最前線の町から離れることが出来るようになるのではないかと、はかない希望を抱いてもいます」
「それが理由なら、もう遅いな」
「そうでございますか?」
「ここから先、状況がどう転ぶとしても戦う力は持っていた方がいい。でないと生き残るのは難しくなる」
「そうだ、ひとつ尋ねておきたい事があった。アレクサスさんもあの巨大魔族の言葉は聞いていたよな」
「はい」
「どう思った?」
「わたくしのような歳の者にとっては、あれは別に驚くようなことではございません。わたくしどもはあの怪物が考えるよりは利口で、そして卑劣なのでございます。あの者が語ったような『真相』に自力でたどり着いたものは少なくないでしょうが、町の中で暮らすのなら魔族たちは異世界からの侵略者であり絶対悪だと思い込んでいた方が都合が良いのでございます。わたくしども愚かなのではございません。騙されていたのではなく、自分から目と耳をふさいでいたのでございます」
「なるほどね」
そして俺は眠りに落ちた。
眠りに落ちる瞬間とは自分では認識できないものだと知った。無念だ。
俺は朝日に誘われて目を覚ました。
寝ている間にもう一度町が襲撃を受けると言ったことも無かったようだ。もちろん、俺の寝室が誰かの襲撃を受けたりもしていない。何もなかった。
執事さんの見立ててくれたカジュアルな服装で女の子たちの着せ替え人形イベントを回避。
彼女たちは若干残念そうだったが、よく似合っているとほめてくれた。
ミュリエラちゃんが作ってくれた朝食とアリアちゃんが淹れてくれた香りの良いお茶を楽しむ。
アレクサスさんが慣れた仕草でタブレットPCぐらいの大きさの板を持ってやって来た。別に魔法製の情報端末などではなくただの黒板らしいが。
「本日のご予定ですが、ゴウレント様から会議への出席依頼が来ております。朝食後、商工会議所で行うという事です。会議の開始時間が決まっていない当たり少々困りものですが、出席なさいますか?」
「商工会議所って事は『軍議に出てくれ』って意味じゃないよな」
「はい。文民も含めた話し合いになるようです」
この町の本来の指導者層は全滅しているんだよな?
その状態で会議なんて面倒ごとの予感しかしない。絶大な人気を誇るカリスマ商人とか居てくれないだろうか?
「出て楽しい会議ではなさそうだが、欠席したからと言って事態は好転しないな」
「はい。人生とはそのような物でございます」
「出たくはないし出る意味もなさそうだが、ゴウレントに話を通さないとどうにもならない案件があるようだ。最低限、顔だけは出そう」
「なし崩しに出席させられる姿が目に浮かびます」
「言わないでくれ」
そうなりそうな予感は俺にもあるんだ。
「アリアちゃんたちはどうする?」
「戦巫女は慣例上、出欠自由です」
「でも、ムサシは会議の場所は分からないよね。案内してあげる」
「この町の未来を決める大事な会議です。出ないわけにはいかないでしょう。でもミュリエラ、いつかみたいに騒ぎすぎてつまみ出されない様にね」
「はぁい」
まったく、何をやっているのやら。
元気なミュリエラちゃんが先に立って歩き、俺とアリアちゃんが横に並ぶ。
横からチラチラと視線を感じる。着こなしがどこかおかしい? 指摘してくれなければ、俺では分からないよ。
会議の場所はすぐ近くだった。大商人の屋敷と商工会議所が隣り合わせにあるのはむしろ当然か。
変身後の姿でも粗末な貫頭衣姿でもない俺を見せるのは当然ながらこれがはじめて。すでに顔見知りのはずの兵士まで俺の事を二度見してくる。いや、これは俺単独ではなく戦巫女二人を連れた俺を見ているのか? ひょっとしたら昨夜3○を愉しんだと思われている?
背後から近づくナイフに気をつけた方が良さそうだ。爆破は昨日ゾイタークにやられたから勘弁してくれ。
朝食後に会議という話だったが、みんな日が昇った直後から会議を始めたらしく、俺たちは出遅れていた。
ゴウレント一人に話を通して俺は勝手に動くつもりだったが、奴はもう会議中だ。あきらめてさして広くない会議室に案内される。
会議と言っても会議場ではないし進行役がいる様子もなかった。広いテーブルをはさんでゴウレントたち軍人メンバーと枯れ枝のような老人とパワフルなオバサンが主力の文民メンバーが対面している。
会議はゴウレントが押されてタジタジになっているようだ。力任せに潰せる相手以外は苦手らしい。その横に悪魔神官(笑)ドルモンの姿も見える。アイツにも用があるからありがたい。
「おう、ムサシ、来たか。待ちわびたぞ」
獅子の勇者が席を立って迎えてくれる。どうでもいいが、今の話題から逃げ出したいという下心が見え見えだぞ。
軽く頭を下げて軍人側に混ざろうとするが、ミュリエラちゃんに手を引っ張られる。
「ムサシさんはこっち」
「ムサシさんは軍に所属してはいないのでしょう? 私たち戦巫女と同じ扱いで良いはずです」
ゴウレントが伸ばした手が宙に浮いているぞ。
対面する両者の間にオブザーバー席のようなものがあった。今はロングドレス姿の長身の美女が座っている。昨夜の攻防戦でも彼女の姿をちらりと見た、ような気がする。
「戦女神のフォルテ様です」
アリアちゃんの紹介。一年以上たっても戦巫女の力を失わなかった存在、彼女たちの完成形らしい。
「我から紹介しよう。その男はムサシ。ロクト博士の最後の作品であり、おそらく現時点ではスペック上最強の勇者である。彼は本来ならまだ未完成の身であるが、このコル・バリエスタの危機を前に覚醒し起動した。我の自慢の弟である」
「ムサシだ。よろしく頼む」
俺の存在は戦力としてはそこそこだ。しかし、大勢に影響するほどではない。簡単な挨拶のみで会議再開が妥当だろうと思ったが、どうやら暇な奴がいるようだった。
文民側の席に座ったオバサンが噛みついてくる。偏見だがPTA会長とかやっていそう。でなければ左翼系のプロ市民か。
「ムサシさんと言いましたか。あなたは人造戦士なのに軍に所属していないとはどういう事ですか?」
「その男はイレギュラーな存在なので軍の組織図のどこにも居場所がない、と言う意味である」
ムッとした俺が本当の事をぶちまけるより早く、ゴウレントが無難な説明をした。意外に苦労人だ。
しかし、オバサンの追及は続いた。俺にはよく理解できないが、人造戦士の製造にかかわる法律とか、倫理的な何やらとか、いろいろ言い募っているようだ。
ぶっちゃけ、緊急性の低いどうでもいいことで騒いでる様にしか聞こえない。俺だけではなくアリアちゃんの機嫌も悪くなり、ミュリエラちゃんは遠慮なくあくびをした。
「お行儀が悪いですよ、ミュリエラさん。会議に出席するならしゃんとしなさい」
PTA会長ではなくイヤミな女教師だったのかも。
俺はオバサンは無視する事に決めた。
「ゴウレント、俺は会議への出席を要請されただけで詳しい事は聞いていないんだが、この会議の趣旨はなんだ? 俺の存在が非合法だと確定しても、現状で何か意味があるとは思えないんだが」
「防衛戦の準備に入る前に文民側の意見を聞かない訳にはいかないのである」
「ならば文民に軍への要求をリストにして提出させろ。その場で思いついた文句まで聞かされていたら収拾がつかない」
「こちらから文民側に要請しなければならない内容も結構あるのである」
「食料と資材と人員の提供か? そちらも同じだ。防衛計画を立てて必要な資材や人員の計画を立てておかなければ文民だって対応に困るだろう。まあ、防衛戦の勝利という対価でこの町の余力のすべてを奪って行く形にしかならないと思うが」
「ムサシよ、そなたは参謀職用の知識でもインプットされているのであるか?」
「戦闘に関係ない余計な知識が大量に詰め込まれているのは間違いないな。軍師役が務まるほどの物ではないが」
ゴウレントは顎鬚をさするようにして何やら考え込んだ。
入れ替わるようにオバサンが吠え立てる。
「ちょっと、余力のすべてを奪うとは何事ですか? 力を背景にした軍の横暴は許されません!」
「自主的に提供してもらえれば、奪う必要はなくなるな」
「脅迫するつもりですか?」
いきり立つオバサンに俺はドウドウと両の掌を向けて押しとどめる。
「もしこれが俺の勘違いなら教えてほしい。上層部が壊滅した今の軍部って、正式な予算の執行ができないのでは?」
オイオイ、文民メンバーまで含めて全員で驚いた顔をするなよ。
いや、ゴウレントに至っては驚く所までも理解が進んでいなかった。
「ヨサンノシッコウと言うと、我の名をサインして本部に渡せば良いのであるな。……本部の人間がおらんか。するとどうなるのであるか?」
「城壁の修理に資材を使ってもその対価を払えない。兵士たちの賃金も、『勇者の靴底亭』の仕出し弁当の代金すら払えないという事だ」
「大事ではないか! ムサシ、どうにかならんのか?」
「無理だ。こればっかりは行政の知識と権限のある人間がいないとどうにもならない。ま、七日かそこらで死かの運命が待っているときに金勘定する必要もないと思うがな」
政府予算の使い方なんて、俺に分かるわけがない。俺はこの国が王制なのか共和制なのかすら知らないのだぞ。
しかし、今度は文民の枯れ枝のようなお爺さんが口を開いた。
「軍がお金を払わなくなるのは困るのう。そうなったら何が起こるが、お前さんには分からんかね?」
「モラルハザード?」
「分かっておるではないか」
「七日なら、持ちませんかね?」
「無理であろう。日雇いの形で雇わねばならない者もいるし、経済が回らなくなる。持って三日であろうな。それ以降だと、間違いなく暴動がおこる」
「暴動、略奪、無差別な殺人と婦女暴行」
「そうなるであろう。まずは勇者本部の残りと官庁が襲われる。その次は大きめの商店だ。ぜいたく品はすべて使ってやれ、経験できることはすべて経験しろと言う刹那的な考え方が主流になる。先に待ち受ける不安からすべての者が暴力的になり、秩序は崩壊する。城壁ではなく市街地に兵士を派遣して巡回させねばならなくなるだろう。それも小隊規模は必要になる。それより少ないと兵士の方が逆に襲われる。あるいは、兵士が襲う側に回る。七日という時間は、コル・バリエスタが内部から崩壊するまでの時間になるかもしれん」
困った。
さっきも言ったが俺に軍師役が務まるとは思えない。
だが、調子に乗って喋っているうちに、なんだか引っ込みがつかなくなってきた。ここから先の作戦計画を俺が主導しなければならないような流れだ。
俺の知的能力なんて大して高いわけはないんだ。この世界できちんと生まれ育った者の方がこの世界の問題に対しては正しい答えを見いだせるはずだ。
それなのに俺ばかりが正しいことを言っているように見えるのは、たぶん習慣の問題なのだろう。枯れ枝のような老人以外のメンバーはおそらく自分の責任で決断を下す習慣を持っていない。だから目先の問題に場当たり的に対処する事しかできないのだろう。
知性があってもそれを使うことが出来ないのでは意味がない。
「短期決戦を挑む必要がある、か。ならば打つ手は一つだな」
ここまで言ったあと、しばらく間を置いてしまったのは別に勿体ぶったからではなかった。こんな責任を負う習慣は俺にだってない。
軍事作戦を主導して敵と味方の双方に死を与える決断をする習慣なんて絶対にない。
俺はかろうじて言葉を喉の奥から絞り出した。
「大将首をとる」




