77/金
遂に…
国王陛下が入室して会議が始まった現在、難しい話が続いて退屈だったので、花瓶の水で形作ったヒヨコを歩かせたり、生花を絶叫最中のマンドラゴラ風に変形させてみたりしてたら、うっかりレインの視線まで突き刺さるようになった罠。
《【気配遮断】LV.2に上昇しました》
おっ、上がった。
なんとか逃げ出せないか試行錯誤していたわけではなく、退屈だから色々試していただけだ。煩くしてないのでセーフだろう。
しかしなんで、ユズのパーティメンバーは勢揃いでこの場にいるのか。立ち位置的には脳筋王女のお付きなのか?
今この場にいる主要な重鎮と思われる人達は11人。
金髪をオールバックにした渋おじ、名も知らぬ国王陛下。右隣の宰相を挟んで、軍務大臣とかいう眼光鋭い赤髪短髪の武人っぽい人。そのまた右に、名前だけは何処かでチラっと剣王ドレッド。ギルドの説明にもなかったSランク冒険者と名乗った筋骨隆々の巨漢男、師匠、ドルクスさん、マーリン爺と並んで、セレスティア殿下、最後に脳筋王女で一周だ。
「では、人魔ダンジョンの封印の綻びは真実だと?」
「アタシが確認してきたから間違いないさね」
軍務大臣の問いに師匠が答える。
「この不肖の弟子達が世界の境界を無理矢理越えた反動が、近くの異界に綻びを生んだってところかねぇ」
「ほう、異界を越えたのかね?」
え、後ろに立ってるだけの簡単なお仕事じゃなかったの!?
こっちにお鉢が回ってきたんだが…。
「た、たまたま越えちゃったかなぁ…なんて」
「たまたま?」
訝しげに呟いたのは、主要参加者の誰でもなくうちの妹様だった。
「まさか、魔力操作を教えた次の日に魔力暴発を起こすとはのぅ。儂も予想出来なんだ」
「魔力暴発がどう境界越えに関わったってんだ?そもそも町の中じゃ、結界があって魔力暴発は起こらねぇだろが」
「シルウァヌスと水の精霊王が手を貸したようじゃの。水の精霊王がレンテ坊を助ける為に無理矢理境界を越えさせたのが真相じゃ」
「なるほど、聖域か」
もう、やめて〜!
今まで何とか隠してきた秘密が全てバラされていくんだが!?
あれ、ユズってあんな据わった目したことあったかな?只今、兄は妹が一番恐ろしいであります!
「ふふっ、そういうことでしたか。レンテ様が関わっておられたのですね」
「ほう、セレスティア様も何か知っておられるのですかな?」
「先日、私の加護が突如名称を変えたものですから。少しばかり混乱してしまい、本国に確認を取りましたの。その結果、驚くべき事実が判明したのですわ」
なんだ、この人達全員で、俺の秘密を白日の元に晒そうの会でもやってんのか!?
「精霊王様方が進化した、と。私は四大精霊様方の加護しか受けておりませんが、無事光と闇の精霊王様も進化出来てらしたようで、我が国は連日お祭りのような騒ぎだと聞き及んでおりますわ」
「ほう、それは同盟国のセントルムにとっても喜ばしいことであるな。して、精霊王はどんな種族に進化したのだ」
え、国王陛下、それ俺に聞くんですか!?
おかしい、何かがおかしい。
初期装備のFランク冒険者がこの場にいるのもおかしいし、そいつは本来純魔術士なのに、剣士防具に身を包んでいるのもおかしいのだが、何故そんなFランクに国王陛下が話しかけるのか。
何かが致命的に間違ってる!
しかし、ここで無視すれば不敬罪とかで打首になってもおかしくない…。嘘もダメだ…。
これが昨日、面倒事を未来に回したツケだというのか!?
「…聖なる霊の王で、聖霊王でございます陛下」
「どれほど強化されたのかも気になるところではあるな」
「なにぶん、元の精霊王を知らないものでして」
それに、聖霊王になったからといって、その力を見せてもらったわけでもないしな!
「先ほど、そこな冒険者に渡していた素材やアイテムの類は、聖霊王から譲り受けたものなのかね?」
「え、ええ。鍛治で使えるアイテムが欲しいと伝えたら用意してくれたものです」
軍務大臣参戦!これ、もはやダンジョン関係ないだろう!
「余にもそのアイテムとやらを見せてもらえないかね」
「は、はい!」
スプラがっちがちだ。
まあ、王様のお願いというより、実質命令だからな。
「ふっ、幻想級か。馬鹿げた性能をしておる、こんなもの我が国の国宝にもないぞ」
「陛下」
「分かっておる。取り上げるつもりなど毛頭ないわ。それをするには、あまりにも敵をつくり過ぎるようだしな」
宰相の諫言を柳に風と受け流し、師匠とセレスティア殿下に目を向ける国王陛下。
譲渡不可のアイテムを完全に取り上げることなど出来るはずもないが、俺がスプラにやったように、条件を最低限に抑えることで、実質所有権を渡したような状態にもできるのだ。
「レンテといったか。聖霊王の加護を得たというのは、妖精の国の後ろ盾を得るも同じ。終焉の魔女の弟子であり、未来の世界樹を統べる者よ、其方は今後如何とする腹づもりだ」
なんだ、どう答えるのが正解なんだ?
もしやこれあれか?急に現れた凄そうな肩書きをいくつも背負ってる小僧を今のうちに試しておこう的なやつなのか?
ここで答えを間違えると、セントルム王国自体が敵に回るとか…?
どうしよう、何も思いつかないが、正直に言葉にすることが悪手なのは分かる。
どう取り繕っても俺の本音は、知らねーよ!だ。
今国王陛下が並べた全てが、流れに身を任せてたら勝手についてきたものばかり。俺がやりたかったのは、ゆっくりまったりプレイで、それはこれからも変わることはない。国家戦争ルートになんか入ってたまるか!
「俺は楽しくやっていければそれでいいんです。国になんて関わるつもりもない。そう、そうですよ!」
ヤバい、今言葉を止めておかないと、自分の口から飛び出す言葉を制御できなくなりそうだ!
いや、王城でデスってのも案外面白いかもしれないな!
王様に生意気な口聞いて斬首されるのは嫌だが、でもこの機会を最大限活かすべし!
俺は国になんて関わるつもりは毛頭ないのだ。そういうのはストラテジーやシミュレーションがお好きな方々が是非是非やればいいと思います!
「この際だからハッキリ言わせてもらいますが、お宅の娘さん、少し自由に過ぎるんじゃないでしょうか!最低限のストッパーは必要ですし、子を甘やかすだけが親じゃない、叱ってやることも親として必要なんですよ!」
いや、高校生なりたての俺には親の何たるかなんて分からないが、何としてでもあの自由奔放な脳筋王女に枷を嵌めなければ!
王様と話せる機会なんてもう訪れないかもしれないのだ!千載一遇のチャンスです!
「余が無能の親だと申すか」
「そこまでは言ってませんが、まずは少しでも我慢を覚えさせるところから始めるべきだと思います!」
「……」
流石に怒っちゃったか?
下を向いて肩を震わせる国王陛下に若干不安になる。
「ククッ、ヌハハハハハ!聞いたかツェインドリヒ!非公式の場とはいえ、ここまで歯に衣着せぬ物言いを余は初めて受けたぞ!」
「はぁ…。陛下、レンテ殿が困惑しております。そろそろ、ご説明を」
「そうであったな。テューラはな、幼少期より親の贔屓目なしで見ても、天賦の才に溢れておった。学術、魔術、武術、何を学んでもすぐに会得してしまう。唯一、物作りは壊滅的であったがな」
脳筋王女の弱点だ!メモメモ…。
自分の話なのに王女という立場上褒められ慣れてでもいるのか、ニコニコと父王の言葉に口を挟まない脳筋王女。俺だったらこんな誉め殺しされると、恥ずかしくて居た堪れなくなりそうだ。
「余も国王とはいえ父だ。テューラは初の娘でな、確かに其方の言う通り、自由にやらせ過ぎたのかもしれぬ。しかし、才能に溺れるような育て方はしておらぬし、テューラ自身努力を苦にしない性格も相まって、悪の道に逸れるようなこともない」
総評して、娘は天才で努力家、ちょっと料理が下手だけど、可愛いから全部許す!ってことでいいか?まあ、壊滅的なのは物作り全般であって、料理だけとは誰も言ってないが。
なにか、じゃあ近接魔術士は努力の結果だと?いやいや、俺にとっては十分悪の道だから!なんなら、俺にまで悪の道に逸れさせようとする大悪党だから!
「だが才能というのは、時に自身を、周囲の者までもを傷つけるものだ。意図せずともな。羨望、尊敬、そして嫉妬。奇しくも同じ王女という立場でありながら、精霊王に愛されたセレスティア姫が、心から真に友と呼べる存在になってくれたお陰で、孤独に苛まれることはなかったのだ」
うーん?良い話なのだろう、良い話だな、うん。
立場も才能も全てを備えた王女様は、羨望や尊敬されることはあれど、対等になることはなかった。だが、自分と同じような境遇の別の国の王女様が居て、二人は気持ちを共有し合い、深い友情を芽生えさせた、みたいな話だろう。
「そんなテューラが新たなる友を、パーティメンバーというのは些か、父としても王女という立場からしても、考え直して欲しいところではあるが、仲間にしたい者がいるという。出来ることならば協力してやりたいのが父の情であり、王女を任せられるか見定めるのも王としての責務であろう」
「お父様のお眼鏡には叶いましたか?」
今まで沈黙が是とでも言わんばかりに黙っていた脳筋王女が乱入してきた。
「少々レベルは見劣りするようだが、スキルは将来有望といったところか。終焉の魔女の弟子で、精霊王を進化させた実績まで持つ。我が国に取り込みたいほどの人材であろうよ」
「それは駄目ですわ陛下。聖霊王様方は加護を与えた者が縛られることを望みません。友好同盟国といえど、我が国もそれなりの対処をしなければいけなくなりますわ」
「そうであるな。我が国も貴国との争いは望むところではない。では、こうしよう。我が国からテューラ、フェアリアスからはセレスティア姫を加えたパーティに、レンテを加入させれば、他国の干渉もある程度跳ね除けられて、一石二鳥ではないかな」
なんだこの…。なんだこの!
国に支えられるよ!戦争起こっちゃうけどね!それなら、妥協案としてパーティ結成すれば問題無いね!
「なんだこの茶番!」
「あら、どうかしましたかレンテ?陛下の御前でいきなり叫び出すなど、斬首刑になってもおかしくありませんわ。私が取りなして差し上げますので、代わりにパーティ結成で手を打ちましょう」
つい声を荒げてしまったが、このまま黙っておくと何か悪い方に話が纏まってしまいそうだ!
「仕組んだな、脳筋!頭脳プレイなんて似合わな過ぎてバレバレだ!そもそも初の娘って、第三王女だろう貴様!」
「ふふっ、ついに貴様とまで蔑称するようになりましたか。ですがレンテ、貴方は自らの置かれた状況を理解しているのですか?終焉の魔女の弟子、精霊王の進化、それに伴う妖精の国との繋がり、今は爺やの弟子でもありましたね。世界樹の件は諸外国の知るところではないですが、それも時間の問題でしょう。それはレンテも理解しているのでは?」
ディーネやノームの反応で理解した。
精霊との相性が魔術に精通しているかどうかで決まるのなら、精霊界に訪れている者はもっと多いはずだ。それなのに人間でスピリタスに辿り着いたのは俺だけときた。
俺にだけあって、他の魔術士にはない、そんな要素で思い当たるのはひとつだけだ。
う◯こ。
例えステータス上で見分けがつかなくても、何か他の要因でバレることが今後もきっとある。それはどれだけ気をつけていても、隠しようのない部分で。
「どれか一つをとっても命を狙われるには十分な内容でしょう。これからレンテは、拉致監禁暗殺、そういった見えない恐怖と戦うことになります。これは外れることのない未来の話です」
「…。その時は精霊界に引き篭もる…」
「源泉まで手に入れてましたか。それでも、人間界を訪れることはあるでしょう?なにせ、レンテは異邦の旅人ですからね」
もうやだこの王女…。
何故今の言葉だけで、一瞬でそこまで理解してしまうのか。
脳筋脳筋とは言っているが、別に頭が悪いわけではない。寧ろ回り過ぎるくらいに頭が回る。きっとパーティの件にしても、今までは半ば冗談で俺を泳がせて楽しんでいただけだったのだろう。
でも、ここに来て無視できない要件が揃い過ぎた。
「これは、言わばセントルム王国と妖精の国フェアリアスが貴方の後ろ盾になろうという提案です。今なら美人の王女様二人が着いてくるオマケ付きですよ?」
オマケが嫌なんだが…。どう考えても煩わしいに決まってる!
「それに、強くなればいいのです。そうすれば、多少の煩わしさなんて跳ね除けられますよ、私のように」
「その点で言いますと、私達とパーティを組めば、効率良く強くなれることを保証致しますわ。伊達に天才と呼ばれてきたわけではありませんもの」
セレスティア殿下の援護。
強くなる、か。たしかユズにも言われたよな。
「レンテは寂しいかもしれませんが、私達は公務がありますので、四六時中一緒というわけではありません。対外的にパーティを組んでいる事実を知らしめるために冒険に行くこともありますが、基本は今までとそれほど変わりませんよ」
当たり前か、王女様だもんな。
ユズ達みたく固定パーティというわけではないってことか。
仕方がないのか…。
暗殺でリスキルされたり、拉致監禁でまともなプレイ出来なくなるようなことはゲーム的に無いとは思うが、絶対とは言い切れない。
たまに冒険に行くくらいなら、妥協するしかないのかもしれない…。
別に本気で王女様と冒険することが嫌なわけではない。むしろ、役得とすら思う部分があるのは否定しない。否定しないが!
絶対に面倒なことになる!それだけは確実だ!
だが、それを差し引いても選択肢がないのも事実だった。
「…分かりました。テューラ殿下の申し出を有り難く受けさせて頂きたいです…」
「ふふふ、生意気なレンテも面白いですが、しおらしいのも存外悪くありませんね」
「これでやっと念願の3人目ですわね!」
普段はお淑やかなセレスティア殿下がテンションを上げているのは、なんというか癒しだ。
このパーティにも癒しは存在したらしい。
いや待て、念願の3人目?
「念願の?今までは冗談だったんじゃ?」
「冗談?どうしてそのような結論に至ったかは分かりませんが、最初から本気ですよ?スプラの件でパーティ結成は確約していたとはいえ、結果が出るまで確実とは言えませんでしたからね。今回の件で成功を収められたのは僥倖でした」
「お遊びだったんじゃないのか…?」
「闘技大会では終焉の魔女の弟子などの情報をそれとなく流して、私を頼らざるを得ない状況を作ろうとしたりもしましたが、異邦の旅人には聞き馴染みのない言葉だったようで、失敗したりもしましたから、そのように感じたのかもしれませんね」
「此度はこのような脚本まで用意されておったが、本当にあの茶番は必要だったのか、テューラよ」
そう言って手元の紙束を机に投げ出す国王陛下。
「流れというものは重要なことなのです。それに、レンテの表情がコロコロと変わって面白かったでしょう?」
良い性格してるぜ、許せねぇ!
「まあ良い。レンテよ、其方先ほどストッパーがどうのと話しておったな。たしかにテューラは自由奔放に過ぎる嫌いがある。そこまでいうのなら、其方が抑止力になるがよい。テューラとセレスティア姫のことは任せたぞ」
「え、お世話になるのは俺の方じゃ…」
「男が女を護らずにどうする」
「いや、セレスティア殿下はともかく、いの一番に突撃していきそうなテューラ殿下のお守はちょっと難しいというか…」
「ヌハハハハ、そうであるな!」
くそう!全ては昨日の俺が悪い!




