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53/日


冒険者登録を終えた俺たちは、何本か横道に逸れたところにある喫茶店で落ち着くことにした。



「すみませーん」


「はーい、ご注文承ります」


「俺はモンブランとコーヒーのブラックで」


「黄金一粒いちごのショートケーキとカフェモカで」



なんだその高そうなケーキは…


誰だ支払い持つとか言ったやつは!俺だ!



「と、取り敢えず今日の予定だけど、町の周辺でモンスターと戦ってみようと思う」



チュートリアルでスライムと戦ってるはずだし問題ないとは思うが、確認も大事だろう。


スライムは平気だったけど、ウサギは可哀想とかいうプレイヤーも中にはいるらしいし、そういう苦手意識があるなら、進むフィールドも考えながら行かないといけないからな。



「グレンに追いつくにはどれくらい掛かるの?」


「正直に言うけど、俺だけのサポートじゃ無理だと思うぞ。あいつ一応この前の闘技大会でベスト32だからな。そこまで単純じゃないけど、MLで32番目以内の強さがあるってことだ」



俺も昨日の一件で、レベルだけなら少し追いついたのかもしれないが、スキルレベルがスカスカだ。


そういう意味では、同じ方法を使ってキャラレベルだけは同格に上げてやることも可能かもしれないが、そんな事をしてもスプラの目指す、隣に立つことなんて夢のまた夢だろう。



「お待たせしましたー。ご注文はお揃いですか?はい、では、ごゆっくり〜」


「取り敢えず食べてから話すか」



スプラの瞳は黄金に輝く巨大苺に囚われている。


これは甘いもの好きとか関係なく視線が吸い寄せられるだろう。


こんな自己主張の激しい苺見たことないぞ…


それから、幸せそうに頬張るスプラに、さっさと金稼いでグレンと来ればいいのに…、と溢してしまい、睨まれたりしながらお互い完食して話に戻る。



「なんだっけ。あー、グレンは俺より強いし、パーティメンバーもトップクラスなんだよ。それにアイツが無類のゲーマーだってことはスプラも知ってるだろ?追いつくならそれ以上の努力が最低限必要だよ」


「……」



スプラは下を向いて黙してしまったが、これは変わりようのない事実なので、まず受け止めてもらわないと話が進まない。


グレン然り、ユズもそうだが、学生で最前線を突き進んでいるというのは、少しばかり頭のネジが外れてないと出来ないことだと思うのだ。


俺もなかなかどっぷり嵌まっている方だとは思うが、攻略組ってのはまた別格だ。


プレイ時間の差という如実に現れてくる要素はある。


ただこのゲームにおいては、それは絶対的な強さに繋がるとは思えないのだ。


何を根拠にそう思うかといえば、う○こだ。


このゲームには、ああいう脇道に逸れた場所にある隠された強さが存在する。


ただハクスラをしているだけでは手に入らない強さだ。


だからこそ何よりも必要なとこは、楽しむだけではなく、何かを望む貪欲なまでの渇望。


誰よりも先へ、誰よりも強く、誰よりも交流を大切に、誰よりも良い物を、誰よりも貴方の隣で。


それさえあれば、多少の差をひっくり返せる要素は散りばめられている。


なんてったって、まだ正式リリースから昨日がちょうど一ヶ月だ。


そこまで決定的な差は開いていない。



「実際の話、グレンに追いつく方法はある。ただ、それはなりふり構わない覚悟があるならっていう前提ありきだってことを分かってほしい」



エンジョイ勢の俺だけでは無理だ。


その上、グレンにバレる可能性がある以上、グレンと繋がりがあるプレイヤーは頼れない。つまり、βテスターが軒並みアウトだ。


限られた選択肢でどこまで行けるか。



「…何をすればいいの?」



どうやら諦めるつもりはないらしい。


ここで諦めて、ある程度妥協してくれれば楽だったのに…


まあ、仕方ないか。半ば分かっていたことだ。



「まず助っ人を認めてほしい。どう頑張っても俺だけじゃ無理だ」


「信用できるんでしょうね?」


「グレンにバレるかって話なら問題ない。その点に限って言えばこれ以上の存在はいないだろうよ」


「…仕方ない、背に腹は変えられないわ」



ということになった。


正直これを認めてもらわないと、話を先に進められなかったんだよな。


この隣でお茶会でもしているかのように高貴なオーラを隠そうともしない、ローブを頭まで被っている二人組の同行を認めさせるのが難関ミッションだった。


スプラを一人前にするくらいどうとでもなったのだ。


いや、面倒になったらグレンに丸投げする気でいたのだから、割と適当にやるつもりだったというのが本音だ。


あの日、口を滑らせなければこの苦労もなかったかと思うと、ユズの言う通りもう少し気を配ったほうがいいのかもしれないな。


だがしかーし!そのお陰で【精霊術】なる謎スキルを教えてもらえるのだ!転んでもタダでは起き上がらないのだよ!フハハハハハ!



「では、自己紹介させて頂きますね。しがない冒険者のテューラと申します、以後お見知り置きを」


「私はセレスと申しますの、仲良くして頂けると嬉しいですわ」


「……。これが助っ人なの?怪しさしか感じないんですけど…」


そんな目で見ないでほしい。


なんというか、もう少し忍ぼうとする努力をしろよ!






セレスティア殿下はともかく、脳筋王女にこんな言葉を使いたくはないが、溢れ出る気品が抑えきれてないので、仕方なく場所を変えた。


例によって、酒場アーテルの密談室だ。



「さて、スプラ。まず、貴女には三つの選択肢があります」



人差し指を立てて、得意げに語る脳筋王女。


「一つは、自ら心の赴くまま想い人のパーティに入れてもらうことです。しかしこれは、定員に達しているパーティに無理に割って入ろうとする行為、少なからず疎まれることは間違いないでしょう」



おい、ズバリ真実を突きつけやがったぞ!


それだけはどういう解決策も見つけられなかったから慎重に取り扱う予定だったのに!


グレンがクランでも立ち上げてくれれば楽だったので、その方向になんとか誘導しようか画策していたのだが。


これ本当にこいつに任せていいのか不安だよ…



「じゃあどうしろっていうのよ!わたしはグレンと一緒に遊ぶために始めたのに…それじゃあ意味ないじゃない!」


「まずは最後まで話を聞いてくださいな。二つ目は、普段は一人で力を蓄え、たまに二人っきり(・・・・・)冒険(デート)すること。いつも隣に、という訳にはまいりませんが、陰ながら努力して、頼り甲斐のあるところを魅せたい貴女にはピッタリですし、殿方とはそういう直向きなギャップにときめくものでしょう?」



いきなりこっちに話を振るんじゃない!


あと、変な返しをしたら許さないとばかりに足を踏むのやめろ!


普段のヒールじゃないだけマシだが、それでも少しは痛いんだぞ脳筋!



「…そうなの?」


「そ、そうだなー、俺だったらコロっといっちゃうかもなー」


「なるほど…。まあ、レンテの好みなんて聞いてないし、知りたくもないけど」



じゃあ聞くなよ。

何が悲しくて、自分でも知らない性癖語らされたんだ…。



「それじゃあ、最後の三つ目は?」



おっと、ここに来て自ら聞く姿勢を示すとは。


なかなかいい傾向じゃなかろうか。


まさか、脳筋王女に任せたのは正解だったか?



「個人的にはこれが一番、スプラの目的にも、お相手の立場にも沿う選択だと思います。三つ目は、職人…、冒険者の間で所謂生産職と呼ばれる道を進むことです」


「ちょっと待て。それが流石に厳しいことは俺でも分かる。生産職ってのは、戦闘職以上に初心者には難しい。ましてや…」



つい口を挟んでしまう。


だが、スプラはゲーム自体が初心者だ。


脳筋王女は知る由もないことだが、他のプレイヤーと比べて前提からして足りてないのだ。


それは根底から、MMOの基礎知識どころか、取説で操作説明を確認するところからだ。


生産職は戦闘職よりも厳しい。


生産のノウハウだったり、新素材だったり新アイテムだったりのニーズに合わせたり、他の生産職と融通しあう横のつながりだったり。


ただレベルを上げて、スキルを育てて、武器を強くして、モンスターを殴ればある程度は何とかなる戦闘職とは違うのだ。


戦闘職以上に情報を大切にしていかなければ、攻略組であるグレンを支えられるような生産職にはなれない。


あえてもう一度言うが、スプラは初心者なのだ。


βテスターのような知識や経験、人脈もなければ、それどころか掲示板の使い方さえしらない。


とてもスプラにオススメできるような選択肢には思えない。


そもそも、俺は攻略組ではないが戦闘職だ。


スクロールに手を出しているとはいえ、生産のイロハを教えられるほど精通しているわけではない。


その意味でも厳しいといえた。



「レンテ、わたくしたちがパーティを組むとして、いつでも四人揃うわけではないですよね?」


「…それはそうだな。なにか、生産職なら一人でも時間が無駄にならないと?」


「それだけではありません。わたくしとセレスの肩書きを忘れたのですか?」


「脳筋と王女だろ」


「そう王女です。凄腕の職人の一人や二人紹介することなんて朝飯前です。素材だって融通できますよ」



華麗にスルーしやがった。


それにしても酷いこと言ってんな。



「職権濫用かよ」


「職権濫用です」



ドヤ顔で言うことじゃねーよ!


未だ名も知らぬ王様よ。


身近に危険物がある事実に早く気づかないと手遅れになってしまいますよ…



「その、わたしには生産職?というものが今ひとつ理解できてないのだけど。それはどういうメリットがあるの?」


「戦いを生業とする者たちが得意とすることは、当たり前ですが戦うことです。例外はいますが、それ以外は他の人に頼るほかありません。ここまではいいですか?」


「ええ、確かに当たり前のことではあるわね」



自分で戦闘も生産もこなす。ソロプレイヤーに多い構成だが、それでも一から十まで全て一人でやるのは荷が重いし、実際そこまで徹底しているソロプレイヤーは少ないだろう。


そういうプレイスタイルは器用貧乏になりやすいからな。



「生産職と呼ばれている方々は、戦闘職を支える縁の下の力持ちです。鉄で剣を鍛え、皮革や布を織り防具を揃え、薬草から生命線たる薬を調合する。そんな戦うための“当たり前”を用意するのが生産職なのです」


「大体理解したわ。それで、それがどう私とグレンが肩を並べることに繋がるのよ」


「考えても見てください。ただ隣にいることと、支え合い隣に立つこと。スプラならどちらが好ましく思えますか?」


「それは支え合って…。なるほど」



おい、お前そんなに単純だったか?


分かりやすくアホなんだが。



「生産職、アリね」


「一応言っておくが、戦闘職が戦うことが得意なのが当たり前なように、生産職は戦うことより生産に重きを置く。一緒に遊ぶってのがスプラの目的じゃなかったのかよ」


「レンテは分かっていませんね。そんな時は素材集めでもなんでも理由を付けて、二人で冒険に行けばいいのです。普段は頼れる凄腕職人、しかし冒険では少しおっちょこちょいで守ってあげたくなる。意中の殿方を堕とすには、ギャップですよ、ギャップ」



その取ってつけたようなおっちょこちょい設定、どこから拾ってきたんだよ。


まあ、王女と脳筋のギャップでは堕ちる男はなかなかいないだろうけどな!



「うん、決めたわ。目指せ、凄腕職人よ!」


「…あ、うん。もう好きにすればいいんじゃね…」



恋は盲目とはよく言ったものだ。


こんなアホな子だったかね、まったく。


何の生産スキルを取るつもりなのかは知らないが、本人がやりたいのなら止めることもないか。


それに、生産について俺が教えられることは雀の涙ほどしかない。


スクロールの限定的な知識なんて、それほど役に立たないだろうからな。


晴れて呪縛から解放されそうなことに喜んでおこう。


バンザーイ!



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― 新着の感想 ―
[一言] >「じゃあどうしろっていうのよ!わたしはグレンと一緒に遊ぶために始めたのに…それじゃあ意味ないじゃない!」 自分の事しか考えてないやん… しかも脅迫までして… こんなクソに付き合ってやるな…
[良い点] それこそ、グレンの望む物を用意できる職にしたら切り離しは不可能に近くなるよな。 似合うかはさておき、武器を作る鍛冶とか、万人が欲するアクセサリー類とか
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