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挨拶もそこそこに、全員とフレンド登録を済ませる。
ここにこうやって集まったのは、ひとえにグレンがパーティメンバーを紹介したいと言ったからだ。
プリムスの町に到着する前、草原に囲まれた街道を歩くだけでは少し暇だったので、突破したことをグレンに報告したのだが、ちょうど時間が空いたから合流しようと返信が返ってきた。
特にやることも決めてなかったので、その話に乗った形だ。
「チュートリアルの話蒸し返すわけじゃないけどさ、あのチュートリアルって戦闘のチュートリアルってわけじゃなかったんだな」
少し気になっていたことを話題として取り上げてみた。
始まりの村での村長カインとその娘サーシャというNPC達との交流。
あれは、このMLというゲームにおいて、NPC達の重要度を示唆しているように感じた。
「どういうことだ?」
「あれ、始まりの村のNPCのことは…」
「あそこのNPC?何かあったっけ、カシム」
「いや、βでは何も無かったはずだけど」
俺の言葉にグレンは思い当たる節がなかったらしく、優男カシムに確認するがこっちも何も心当たりが無い様子。
「思い当たることがないな…。あそこのNPCに何かあったのか?」
「何かあるというか」
そもそも、チュートリアルというのが戦闘に関してだけのチュートリアルだったのか、という話だ。
あのインスタンスマップでは、死んでもペナルティはなく、村に戻ればHPは全回復した。
戦闘チュートリアルという観点から見れば、状況に不足はないように思う。
ただ、あれが戦闘チュートリアルだった場合──。
「あれがただの戦闘チュートリアルなら、別に村から始まらなくてよくないか?」
「…たしかに。戦闘チュートリアルだけなら、最初から草原フィールドのスライムの前でいいかも」
俺の言葉に肯定の意を示したのは、魔女っ子ミカン。
俺は後押しするように、インベントリから[クルミクッキー]を取り出し、テーブルの皿の上に置く。多分、グレン達が食べていた何かの皿だろう。
ちなみに、クルミクッキーは袋入りだ。
「これ、村長の娘のサーシャってNPCから貰ったんだけど、クルミクッキーってアイテムで、食べるとHPが僅かに継続回復するんだ」
「おいおい、そりゃまた…」
「これあるとチュートリアルの難易度大分変わるんじゃないの?」
ケンゾーと三ツ葉がそれぞれの反応を見せる。
たしかに三ツ葉の言う通り、回復系のスキルでも持ってない限り、このアイテムの有る無しでかなり変わるのかもしれない。
まあ、ステとスキル縛りでもしてなければ、スライムにバフも掛からず、そんなに難しいものじゃないらしいが。
「つまりなんだ、あのチュートリアルはMLにおいてのNPCとの関わり方のチュートリアルでもあると?」
「多分だけどね」
グレンの総括に頷きながら肯定する。
「でさ、本題」
「本題?」
ここまで黙していた名前詐欺神官タロ助が疑問で返してくる。
「そ。グレンも知っての通り、俺はこのまま前衛なんてやる気はないわけよ」
「あのスライムを倒せるんなら、そのまま前衛でもいいと思うけどな」
嫌だよ。
二時間超も掛けて、何度も尻餅つかされて、反骨精神のみで粘りに粘った結果がスライムのたった一匹だ。
やってらんね。
なので、グレンの言葉を華麗に受け流し、腰に佩いている鞘付きの剣をテーブルに乗せた。
この会話パリィのスキルが少しくらい剣術に活かせたなら、ゴミ屑ほどの前衛で生きていく可能性はあったかもな!
「来る途中で、メインストリートにあった武器屋を覗いてきたけどさ、木剣の次はブロンズソードなんだってな」
「そう、だけど…そりゃなんだ?」
ブロンズソード、つまり銅の剣だ。
「大したもんじゃないさ。NPC産の使い古されたアイアンソードだ」
ガタッ。
俺がアイアンソードだと口にした瞬間、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がるグレン。
おっ、期待できそうか?
MLは、少し簡略化されているが割とリアル準拠な生産も売りの一つだったりする。
将来的にはNPC産アイテムより、成長したプレイヤー産の方が強いのだろうが、まだリリースされたばかりのこのゲームで、NPC産とはいえ二つ、三つ先のアイテムに追いつく性能の武器なんて作れるやつはいないだろう。
まだ初日でNPCの経験をリアル準拠でぶち抜く才能の持ち主が居たとして、まず素材の調達で躓くこと請け合いだ。
「場所変えるぞ」
「え…?」
グレンのその一言で、立ち上がるグレンのパーティメンバー達。
そのいきなりの行動に置いていかれる俺だったが──。
「早くしろ。その剣忘れるなよ」
グレンは端的に言葉を放って足を階段に向ける。
一連の行動に呆然とするしかない俺だったが、置いていかれても困るので急いで後を追うのだった。
ところ変わって、路地裏にひっそりと佇む酒場アーテル。
知る人ぞ知る名店といった風情のそこは、まだ日も高いこともあり、人っ子一人いなかった。
「レンッ、何考えてんのお前!?」
「いや、いきなりそんなこと言われても…」
今の今までの一連の行動についていけてない俺としては、何がなんだか分からないのが現状である。
「やっぱ類友じゃん」
「恐れいる」
「やるなぁ、レン君」
「場所を考えないと…」
「さっきのはレンテが悪いな」
三ツ葉、ミカン、カシム、タロ助、ケンゾーの順で思い思いの言葉を続けた。
「あのなぁ、まだ現物確認してないけどさ、それが本物なら尚更気を付けろよな!」
「いや、本物だぞ、ほら」
流れがよく分からないので、取り敢えず証明しておこう。
あの後、再度腰に佩いた剣を鞘から抜く。
銀色の刀身は紛れもなく、アイアンソードであると納得させるもののはずだ。
「はぁ…。別に疑ってねぇよ、マジで本物だし」
「あんた、天然なの?」
おおう、三ツ葉のキツいお言葉。
「俺が言いたいのは、少しくらい周りの目を気にしろってことだ。あの場所に無関係の連中が何人居たと思ってんだよ」
「あっ、そういうことか!」
理解!
MMOってのは不特定多数の他人が周りにいるってことだ。
周りの全てが善人ってわけじゃない。
中には、他者を蹴落としてでものし上がろうって連中が少なからず居るのだ。
そして、あの場にはそこそこのプレイヤー達がいた。
この剣に俺の想定通りの希少価値があるのなら、尚更周りにもっと気をつけるべきだったのだ。
「少し意趣返しのつもりで驚かせてやろうって完全に頭から抜けてた…。すまん!」
「いいよ、若干俺のせいでもあるし」
「次は気をつけるよ」
俺がグレン達トップ層を走ろうって連中に、またこんな情報もたらせるか疑問は残るけどな。
「もういいって。それで、それもチュートリアル産か?」
「おう。村長が使わないからって」
俺のチュートリアルの体験談を最初から追って話した。
スライムにやられたところで笑われたが、俺が逆の立場なら同じように笑ったのでグッと我慢した。
そして心の中で、いつかネタを見つけたとき、心の底から笑ってやることを誓いもした。
ふふふ…。
「まあ、そうだな。今日正式リリースされた訳だし、βの時にはなかったことも、新しく追加されてる可能性もあるか」
「そのうち掲示板とかでボチボチ流れるんじゃない?」
「どうする、載せとく?」
「いや、確実なところがまだだし、やめとこう」
話を聞いたグレンの見解に、なにやら三ツ葉とカシムが話に加わるが、グレンがそれを否定する。
掲示板っていうと、あれか。
ゲーム内から書き込みと閲覧ができる、ML公式の掲示板があるとかないとか聞いた気がする。
「よし、それ買うよ」
「マジで?!俺相場とか分からんのだけど」
「希少過ぎて、今の時点じゃ相場なんてあってないようなもんだしな。取り敢えず、5万Gでどうよ?後から安いと思った時は要相談ってことで」
「よし、乗った!」
高い安いは気にしない。
どうせグレンは自分が安いと思ったら、無理矢理にでも後から渡してくるような性格してるしな。
というわけで、早速トレードした。
Gというのは、ML内での通貨の単位だ。
初期装備と一緒に1,000Gあるので、今の所持金は51,000Gということになる。
トレード機能は、元からメニューに付随しているもので、生産職などはこれを使って商売していたりするらしい。
まあ、商売するのに取引掲示板なるものや、お店を持てたりもするので一概には言えないが。
「それで?他に気づいたことはないのか?」
なんともまあ、根拠はないくせに確信を持ったようにニヤつきおってからに…。
隠しておくこともないので、知らないであろう称号についても話すことにした。
ふっ、残念だったな!
お前ではもう手に入らない絶望をその身に宿すがいい!
♯済




