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こんなにもこの称号を消し去りたいと思ったのは、無理矢理弟子にさせられたとき以来だろうか。
メインストリートの石畳は綺麗に舗装されており、キャラバンの馬車とは比べるのも烏滸がましい豪華絢爛な馬車はその性能も高いのか、全くと言っていいほど揺れを感じさせない。
細かいところまで繊細な意匠が施されており、初心者装備然とした俺が乗っていいような馬車ではないと断言できる。
それと引き換えに速度は控えめだが、街中であんな健脚は必要ないだろうしな。
「先程は名乗らず、失礼しました。レンテといいます」
「レンテ様ですね。私は一介の騎士ですので、畏まられた言葉はご遠慮願いたいのですが…」
「これは階級とかではなく、年功序列といいますか」
「リンダ老師のお弟子様にそのような言葉遣いをされては、陛下に何と言われるか…この通り、ご容赦ください!!」
えー、何者だよ師匠…。
こんな金髪のイケメンに心の底からの懇願を受ける日が来るとは思ってもみなかったぞ。
「わ、わかったよ、ウィルドリヒ。だから、頭を上げてくれ!」
なんだ、今日は厄日なのか?
そうして連れてこられた落ち着ける場所は、騎士の詰所でも、訓練場でも、穴場の酒場でもなく。
「まさか望んだその日に叶うとはな…」
王城の応接室だった。
先程、王城を見上げて漏れ出た言葉はフラグだったのかもしれない。
「どうかされましたかな、レンテ殿」
「少し考え事をしてました、すみません」
この壮年の男性は、ツェインドリヒ・サージェストと名乗った。
セントルム王国の宰相で、騎士ウィルドリヒの父親だそうだ。
「それで、今日はどういった御用向きで参られたのでしょうか?」
「いえ、最初から言っている通り、いきなり連れてこられただけで…」
俺だってこんな豪奢な部屋の中にいることに疑問しか感じていないのだ。
そんな俺に聞かれたって、用件も何もあったもんじゃない。
一向に話が噛み合わず、微妙な空気が漂い始める。
「ウィルドリヒ、説明しろ」
「き、貴族門から『終焉の魔女様の御弟子様が訪ねてきている』という緊急の伝令を受け、急ぎ駆けつけお連れした次第であります!」
言葉遣いと言うなら、これこそ親子の言葉遣いじゃないだろうとは思うが、仕事ってそういうものかと学生ながらに場違いな思考に至った。
「その時、何故用件を訊ねなかった」
「そ、それは…」
言い淀む騎士ウィルドリヒ。
ちなみに、この場には俺、宰相、息子騎士の三人しかいない。
人払いしたのでご安心を、とか言われたが、どう思われているのか問いただしたい気分である。
段々詰問口調になっている宰相には、そういうのは裏でやってほしいと思うので、口を挟むことにした。
「あの、それ俺のせいでもあるんです」
「レンテ殿のですか?」
「はい。衆目が集まりすぎていて名乗れずにいたのを、目敏くウィルドリヒが気付いて、場所変えの提案をしてくれたんですよ」
と、ウィルドリヒに感謝の代わりに軽く頭を下げながら、援護射撃をする。
「ふむ。まだ追及の余地はありますが、今することでもありませぬな」
まあ、だとしても用件くらい馬車の中でも訊けって話だからな。
ウィルドリヒ南無。
「こちらの不手際で、時間を取らせて──」
話が纏まりかけたその時、突如として蹴破られるような勢いで開かれる扉。
勘違い騒動に終止符を打つために謝罪に入った宰相だったが、無遠慮に開け放たれた扉のせいで、謝罪は中断されてしまう。
「どいつじゃ!ババアの弟子っちゅうのは!」
「──しまい…はぁ。マーリン様、せめて控えの者に入室許可くらい取らせてください」
マーリンとはとんだ大物の予感。
師匠がテンプレ魔女ババアなら、こっちはテンプレ魔法使いジジイという表現がピッタリだな。
立派な白髭を蓄えた、とんがり帽子に高級そうなローブに身を包んだお爺さんだ。
身体を支える杖も、様々な色の宝石で装飾されており、見ただけでお値打ちものだと分かる。
老年とは思わせない機敏な動きで、鋭い眼差しを周囲に向ける姿は、まだ現役でやっていけそうな程にピンピンしている。
「ババアの弟子とはおぬぅ…?ウィル坊、外せ。監視もいらんと伝えてこい」
「え、どういう」
「はよせい!」
いきなりの展開に俺と同じようについていけない様子のウィルドリヒは、宰相に助けを求めるような視線を送った。
ただ、監視というのはどういうことだろうか?
師匠、なんかめっちゃ恐れられてるみたいだし、俺も警戒されて、部屋の周りに隠密部隊みたいなのがいたとか?
「仕方ない、いけ」
「はっ!」
宰相はマーリンとやらの奇行を止めるつもりはないようで、ウィルドリヒを退出させた。
立ち去ったウィルドリヒに変わり、魔法使い一名が追加され、変わらず三名のままの空間は、しかし先程とは打って変わり、静寂に支配されていた。
そんな中、何かを待っていたように硬く口を閉ざしていた魔法使いが、ドカッと宰相の隣に腰を下ろしながら口火を切る。
「待たせよってからに。少し鍛え直しておけ、ツェイン」
「ははっ、手厳しいですな。これでも、よくやってくれていますぞ」
うん、よく分からん。
こういう含みのある会話は高性能すぎるAIを垣間見る一端…で済ませていいのだろうか?
「で、ババアの弟子、名を名乗れ」
「はあ、レンテですけど…」
「なんじゃ、その覇気のない返事は」
そんなこと言われても、怒涛の展開についていけてないのは、仕方のないことだと思うんだが。
「まあよい。しかし、ババアも面白い拾い物をしたもんじゃて」
「面白い、ですか?」
宰相がマーリン爺に訊ねる。
「そうか、普通は見通せるものではないのぅ」
なんとも要領を得ない会話にむず痒くなる。
「端的に表すなら、儂らのような常識の埒外の化け物、その予備軍といったところかの。ホッホッホ」
「へ?」
ホッホッホ、じゃないんだが?
なに、その一括りにされてる化け物集団のことも気になるけど、俺が予備軍ってどういうこと…。
「レンテ坊、その【真・樹魔術】の取得経緯を説明してみよ」
「えっ!?」
師匠!聞いてた話と違いますよ!
真の部分は誰にも分からないって話じゃないんですか!?
「このジジイは例外さね。まさかこんなに早く王都まで来るとは思いもしなかったよ」
「ちっ、勘の良いババアめ」
「リ、リンダ様!?」
突然俺の真後ろから聞こえてきた声に、反応すら出来なかった。
声音と正面の二人の反応からして師匠が転移でもしてきたのだろうか。
「…どうして師匠がここに?」
「そりゃ、可愛い愛弟子が性悪ジジイの遊び道具にされそうな気配を感じたからね。助けに来ただけさね」
「よく言うわい。遊び道具を手に入れてウキウキしとるのはお主じゃろうに」
こんな場所まで飛んでくる時点で察せられるわ、と吐き捨てるマーリン爺。
よく分からないけど、場が更に混沌としていることだけは理解できた。
「それで師匠」
「みなまで言わずとも説明するから待ちな」
今度は突然現れた師匠が、ゆっくりと俺の隣に腰を下ろし、改めて口を開いた。
「前にアタシでも読み解けないと言ったが、この世界で唯一の例外があってねぇ。それがこのジジイなんさね」
「唯一の例外ですか?」
なんか公式チートみたいな話が出てきたんだが。
「賢者マーリン、全てを見通す識者、なんて色々呼ばれちゃいるが、実際はタチの悪い覗き魔さね」
「リンダ様、言い過ぎでは…」
「ふんっ、破壊の権化に言われたくはないわ!」
つまりなんだ?
今の話から推察するに、何か特別な鑑定系スキルを持っているということだろうか。
唯一ということは、普通のスキルでは判別できないと受け取って間違いないはずだ。
素直に聞いてみるか。
「マーリン様は特別なスキルを持っている、ということですか?」
「こんなジジイに敬称は不要さね。ジジイで十分だよ」
いや、出会いが最悪だった師匠とは違って、こっちはそういうわけにもいかないよな…。
そこで、マーリン爺も参加して脱線しそうな空気を察してか、宰相が説明役を継いでくれた。
「特別、という言葉では少し足りませんな。マーリン様の【賢者】しかり、リンダ様の【終焉】しかり、唯一無二のスキルのことを我々は──」
神妙そうな顔で、長々と溜めをつくる宰相。
「「エクストラスキルと呼んでおる」」
面倒に思ったのか、ジジババが言葉を奪っていったのだった。
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※済




