26
俺は一人、薄暗くなってきた巨大都市を散策することにした。
グレンとユズは各々パーティメンバーと、セシリアさんは何やら用事があるらしく、ライラはポチを迎えにグレディに戻るらしい。
というわけで、一人ブラブラしようと思い立ったわけだ。
本来ならあと一時間ほどで夕飯なのだが、ユズが今日は少し遅めを希望したので、二時間ほど暇になったのも理由の一つである。
「しっかし圧巻だなぁ」
まだ観光出来てないグレディは、その有り様が宿場町ということもあり、プリムスの方が活気があったように思う。
しかし、そのプリムスと比べても、より一層賑やかなのが王都セントラリスだった。
夕暮れ時ということもあり、帰路を急ぐNPCたちが多く散見されるメインストリートは、そんな細かいところまで現実のように思えてならない。
そんなメインストリートが真っ直ぐと続く先。
この大都市の中心に鎮座する、王家の権威を象徴する西洋にあるような巨城だけは、俺にこれが非現実だと突きつけていた。
「一回でいいから入ってみたいな…」
そんな呟きが漏れ出てしまうほどに圧倒されている。
しかし止まっていても邪魔になるだけなので、歩を進めていく。
当たり前のように目指すのは、明るくライトアップされている都市のシンボルたる中心地。
王都セントラリスは、都合三枚の巨大な壁に囲まれた都市だ。
ゆうに10mは超えている最外壁、5mほどの内壁、同じく5mほどの城壁。
この壁の間に所狭しと建物が並んでいる。
最外壁と内壁の間は最も広く、それに比例するように多くの人々が暮らしているようだ。
目についた道具屋に入ってみたが、品揃えに特に目新しいものはなかったのは、ちょっと残念。
今度もっと色々回ってみて、王都ならではの場所やアイテムなんかを見つけるのもいいな。
「でも、道具屋でさえ三階建てってのは流石といえばいいのかどうか」
他にも様々な店が並んでおり、メインストリートに居を構える店はどれも二十四時間営業らしい。
それがゲーム的要素と言われれば何も言い返せないが、プリムスでは数店舗のみだったそれらが一律で、変なところに大都市を感じてしまった。
ゆっくりと色々なところに目を向けながら歩いていると、内壁に辿り着くまでに完全に陽は沈んでしまっていた。
しかし、メインストリートは街灯だけでなく周りの店の明かりもあり、夜であろうと視界に困る事はなさそうだ。
「なんだ、あれ?」
NPCと違い、夜でも活発なプレイヤーは多い。
周囲も例に漏れず、内壁から更に内側への門を潜っていくプレイヤーもそこそこいるわけだが、プレイヤー、NPC問わず門を潜る度に、傍に置いてある大きめの無骨な装置が青く点滅していた。
気になったので、門番をしている兵士さんに尋ねてみることに。
「すみません。あれってなんなんですか?」
「うん?あれは犯罪者識別装置だよ」
人の良さそうな門番さんは嫌な顔一つせず答えてくれる。
ただ、別の門番さんに目配せをしたのが気になるな。
なんか走って行っちゃったし。
まあ、せっかく答えてくれたのでもう少し質問を重ねることにした。
師匠の家の至る所に仕掛けられているあれらと同じようなものだろうか。
「魔道具ってやつですか?」
「そうさ。ここから先は貴族街だからね、巡回の騎士が常に目を光らせてるとはいえ、少しでも犯罪を未然に防ぐためのものだよ」
犯罪者識別装置の魔道具ってことは、ステータス、いや称号か?何かを識別して判定しているのだと思う。
「でも、そんな便利なものがあるなら、なんで最外壁の門に置かないんです?」
「もっともな疑問だけど、秘密かな」
にこやかな顔で黙秘権を行使されてしまった。
うーむ…。
「…抑止力」
「あまり言いふらさないでね」
俺が出した答えに、そんな言葉を返してくる門番さん。
これは暗黙の了解ってやつかな。
強く止めてこないところを見るに、別に言いふらされても問題ないように見える。
俺が出した答えは単純で、きっと最外壁の門にも設置してあるのだろう。
ただ、見えない位置に。
よく考えれば、貴族街に誰でも出入り出来ている時点で不自然極まりないが、最低限警戒をしているという理由付けの一つなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ガチャガチャガチャと、鎧の擦れるような騒音が聞こえてきた。
内壁の向こう側、貴族街の方からだ。
「どこにおられるのだ!?この国を滅ぼすつもりか!!」
「もうすぐそこです!!」
うっわ、なんて物騒な。
突然の慌ただしさに、見渡せる範囲のプレイヤーは皆足を止め、物珍しそうな視線を向けている。
だが、俺の位置は門の影で、ちょうど死角になって貴族街側が見えないんだよな。
「何かあったんですかね?」
「……」
さっきまではあんなに優しげな笑みで受け答えしてくれた門番さんが押し黙ってしまった。
どうしたんだろうか。
なんて頭を悩ませる暇もなく、すぐに視界に入ってきた。
先頭にいるのは、さっき走っていった門番Bだった。
急かされたせいか、かなりの汗を掻いている様子。
そして続いて現れたのは三人の騎士たち。
三人とも騎士らしいフルプレートアーマーに身を包み、フェイスアーマーだけは外し顔を晒していた。
胸のあたりに、剣に蛇の巻きついた紋章が刻まれており、統一感のあるそれらは凄く格好いいな。
たしか護国獣が蛇だって言ってたっけ。
「おお、騎士もなかなか格好良いかも」
俺自身心配になる程の語彙力だが、そんなことを気にするより感嘆の声が漏れた。
「あっ、あの方です!あの黒髪の!」
「こら、指を刺すでない!死にたいのか!」
現実じゃありふれた黒髪も、MLの世界では現実ほどではない。
黒髪であればプレイヤーと思っていいほどで、黒髪のNPCは見たことがないかもしれないな。
それに、プレイヤーも髪の色は変えている方が多いので、プレイヤーであっても黒髪が多いというわけでもないだろう。
しかし気になることがある。
門番Bの指し示す先は、誰がどう見ても門扉の影に隠れるようにしていた二人の男を指していた。
その内の黒髪は一人であり、つまり俺だ。
脳内で異常なほどの警笛の嵐が巻き起こり、その直感のもと流れるような動作で、PNを非表示設定に変更。
マーカーは消しても同じなのでそのままにした。
というか、そこまで変える時間もなく──。
「これはこれは、リンダ老師のお弟子様とお見受けいたします。私は王家直轄騎士ウィルドリヒ・サージェスト、以後お見知りおき下されば幸いでございます」
「あ、おれ、わた、しは…」
どもって言い淀んで言い換えて、口を噤んだ。
あっぶねぇー!!せっかく、PN非表示にしたのに名乗ってたら世話ないぞ!
ふぅ、あまりにも狡猾な罠に嵌まるところだったぜ…。
「す、すみません、ここで名乗るのは控えさせてください。周りの目もあるので」
ローブについているフードを目深に被りながら、そう答える。
あまりにも失礼な態度だが、いきなり押しかけてきた向こうも失礼だと思うので気にしない気にしない。
「何か事情がおありなのですね…。そうですね、まずは落ち着ける場所に移動いたしましょう。フェンネル、馬車の手配を」
「あ、いえ、徒歩で大じょ」
「いえいえ、リンダ老師のお弟子様を歩かせるなんてとんでもございません!すぐに馬車を用意させますので、何卒ご容赦を」
これは何か展開が明後日の方に向かっている気がする。
とても不味い。
勝手に話は進んでいくし、野次馬根性たくましいプレイヤーの輪が出来つつあるし、状況がログアウトを許してくれそうにないし…。
それにログアウトすれば、次にログインするのはこの場所なので、無理に逃げられないのだ。
「はぁ…」
よく分からないが、諦めることにした。
ここに留まるくらいならば、せめて着いて行った方が野次馬に捕まることもないかな。
※済




