◆戦う理由③
「ああ、お前か」
放課後のアミレーンスクール。
校門の前で、ずっと待っていた皇を見た綿谷華は、呟くようにそう言った。久しぶりに会ったはずなのに、少しも驚いた様子はない。
むしろ、ここに皇がくることを知っていたかのようだった。
「え、だれ? だれだれ? 超カッコイイじゃん。年下? 年下なの?」
皇を見て、綿谷華の周りの女子たちが騒ぎ出す。
「うるさいな。誰でもねぇよ! ほら、行くんだろ」
どうやら、綿谷華は迎えがあることを事前に父から聞いていたらしい。特に不思議がることもなく、友人たちに背を向けて、皇と一緒に歩き始めた。
アミレーンスクールから少し離れた場所に、父が用意した車が停まっていた。二人がそれに乗り込むと、運転手は何も言わず車を出す。
皇は、綿谷華に聞きたいことがあった。たくさんあった、はずだった。だけど、彼女を前にすると、それが何だったのか、一つも思い浮かばなかった。無言のまま、車が走る。
車はザニーガにある高級料理店の前に停まると、そこに父が立っていた。
「助かったよ、颯斗。今日のところは帰りなさい。母さんには、練習で遅くなったって言うんだぞ」
皇は車から降りることなく、家へ帰ることに。父と綿谷華が何を話したのか、知ることはなかった。
「お父さん、遅いわね」
帰ってから、母が何度も同じ言葉を呟いた。きっと、綿谷華のことは話さない方がいい。皇は黙っていたが、
その日、父が帰ると母のヒステリックな声が家中に響いた。皇は自室で、枕で耳を塞いでいたが、頭の中に響いて仕方がなかった。
「颯斗、起きている?」
深夜、母が部屋に入ってきた。
「……うん」
暗くて表情は見えないが、母は黒い空気をまとっていることは分かった。
「ねぇ、颯斗は誰にも負けては駄目よ。貴方は絶対に立派な勇者になるの。勇者になったら、貴方が一番になる。勇者になったら、貴方がアッシアの脅威を終らせる。勇者になったら、貴方がアトラ隕石を無害化させる。貴方が優秀だってことを、証明してね」
父と母、それから綿谷華の間にどんな会話があったのか。それを皇が知ったのは、一年後だった。
皇は目標通りアミレーンスクールに入学すると、すぐさまランカーになり、綿谷華と何度か顔を合わせた。
華先輩。そんな風に呼ぶことはあったが、やはり気軽に声をかけることはできなかった。そんな日々の中、その日がやってくる。
「颯斗、お願いがあるんだ」
父からの依頼。
それは綿谷華を連れてくること。
「華先輩」
帰宅しようとする彼女を校門の前で呼び止める。
「……わかっているよ」
溜め息交じりに彼女は応じたが、周りの女子生徒は騒ぎ出した。
「えっ! えええっ! なんか去年も同じことあったよね? もしかして、あのときの子も皇くんだったの? 二人って、そういう関係?」
綿谷華は友人たちに背を向け、皇に言った。
「行くぞ」
二人で並んで歩いている途中、皇は奇妙な感覚に陥った。自分が置かれている状況は分からない。だけど、このまま進めば、こうやって共に歩く未来が待っているのでは、と。
「……お前も大変だな」
唐突に綿谷華が言った。皇は何のことか、さっぱり理解できない。
「何が?」
「私の誕生日なんか祝うために、付き合わされてるんだろ?」
「……誕生日なの?」
「……なんだよ、知らなかったのかよ」
去年と同じように、父が用意した車に乗り込み、ザニーガの高級料理店へ。
「久しぶりだね、華」
やはり、去年と同じように父が待っていたが、今度は帰されることはなかった。
「颯斗も一緒に食べて行きなさい。母さんには、上手く言ってあるから」
三人の食事は、主に父が綿谷華に質問し、彼女が答える……
という繰り返しだった。綿谷華は淡泊な態度だが、父は常に嬉しそうに笑っていた。三十分も経過すると、父はそれまで忘れていた存在に気付いたと言わんばかりに、皇の方を見た。
「そう言えば、颯斗にはまだ言ってなかったな」
何のことだろうか。
ただ、皇は黙って父の言葉を待った。
「華はね、私の娘なんだ。私と私が唯一愛した人の間にできた、可愛い娘なんだよ」
「……娘、ですか?」
他人からすると、皇の声は落ち着いていた、ように聞こえただろう。父は頷く。
「そうだ。だから、お前にとっては姉さんということになる。腹違いではあるがな」
姉。
綿谷華が姉。
それを聞いて、自分が何をどう感じているのか、皇には分からなかった。ただ、胸の中が急に重たくなったような、頭の中に黒い雲がかかったような……
とにかく、はっきりしない、もどかしい気持ちだった。
「今は同じスクールだ。顔も合わせることもあるだろう。姉弟として仲良くすると良い」
父はそんなことを言うが、姉弟という感覚が、皇には理解できなかった
食事を終え、父と車で自宅へ帰る。その途中、父は言った。
「分かっていると思うが、母さんには内緒だ。あれは花純さんのこととなると、戦争中に見せた姿よりも恐ろしくなるからな」
何がおかしいのか、一人笑う父。
花純。恐らくは綿谷華の母なのだろう。その存在を母はいつ知ったのか。皇は少しだけ母の中にある感情を理解した。
「ねぇ、颯斗。あの女の子供だけには負けちゃダメ。もっと強くなって、もっと活躍するのよ。そして、貴方が優秀であることを証明するの」
そうだ。
この頃からだ。母が「あの女の子供」と口にするようになったのは。
そして、あの女の子供の話になると、母は必ず言うのだった。
「貴方は絶対、立派な勇者になるの。勇者になったら、貴方が一番になる。勇者になったら、貴方がアッシアの脅威を終らせる。勇者になったら、貴方がアトラ隕石を無害化させる。そして、あの女の子供だけには負けちゃダメ。私の遺伝子が、あの女よりも優れていると、貴方が証明するの。分かった、颯斗?」
「分かっているよ、母さん」
そして、皇の頭の中から、一切の雑音が消えた。彼はただ強くなることを求めた。そうすれば、胸の中にある得体のしれない靄が、いつか消える。そう信じたのだ。
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