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◆戦う理由②

皇が十三歳になり、中等部の少年少女を対象とした、格闘戦の大会で優勝する。


決勝戦の相手は、十五歳だったが、皇が圧勝。相手は対戦終了と同時にひざまずいて、泣き出してしまった。


「負けられなかったのに……。負けられなかったのに!」


号泣する彼を見下ろしながら、皇は素直な気持ちで、対戦相手だった少年に投げかけた。


「負けられない理由があったの?」


信じられない、

という顔で皇を見上げた少年は、泣きじゃくりながら叫ぶように答えた。


「当たり前だろ! お前には、ないのかよ!」


「……理由って、そんなに必要?」


「お前、おかしいじゃないか……?」


その後、少年はさらに激しく泣き出してしまい、会話にならなかった。




「なんか調子悪いな、お前」

クラムで練習中、綿谷華に声をかけられる。二人とも、同年代で適切な練習相手がいなかったため、最近は一緒に練習していたのだ。


少しでも技の精度が落ちれば、綿谷華はすぐに気付く。それくらい、二人の実力は拮抗していた。


「少し……分からないことがあるんだ」


皇は以前から他人に悩みごとを打ち明けたことはない。厳密に言えば、このときだって本人は悩み事だとは思っていなかった。


ただ、自分と同じ特別な何かを持つ少女なら、答えを知っているのかもしれない、と思っただけだ。


「なんだ、そんなことか」


皇の話を聞き終えた綿谷華は言う。


「理由なんて何だっていいだろ。楽しいか、楽しくないか。それだけでも良いんだ。お前、練習してて楽しくないのか?」


「……わからない」


「じゃあ、もう一本やるぞ。自分がどう感じているのか、試してみろよ」


皇と綿谷華は、練習とは思えないほど、全力でお互いの技術をぶつけた。全力でパンチを放っても、綿谷華は避ける。絶対に避けたと思っても、綿谷鼻は皇を投げた。


自分のすべてを出し切る。

それは、もしかしたら初めての経験だったかもしれない。何とも言えない爽快感。達成感。そして、綿谷華も同じ気持ちであるだろう、という一体感すらあった。


このときの皇には理解できなかったが、その一体感こそ、他人の心に触れる喜びだった。他人を求める欲望が満たされる、そんな悦びだった。


結果は大人たちに止められ、引き分けに終わったが、皇は満足している自分に気付く。


そうか、この「楽しい」が自分の理由になるかもしれない。


それだけでなく、一週間後にあった格闘戦の大会で綿谷華が優勝し、喜ぶ彼女を見て、皇も嬉しく感じていることに気付いた。


彼女と一緒なら、勇者を目指すことが楽しいと感じられる。


彼女と一緒なら、自分は成長できる。


きっと、少しずつ成長して大人になってからも、そんな喜びを彼女と分かち合えるはずだ。


そう思っていた。


しかし、彼女はクラムから去ってしまった。理由は分からない。突然のことだった。




皇の周りの環境が変わったのは、これだけではない。綿谷華がいなくなる少し前から、父と母の様子がおかしかった。


そして、今まで以上に母が将来について語り掛けるようになる。


「ねぇ、颯斗。貴方は絶対に立派な勇者になるのよ。お父さんよりも立派で、誰もが認めるような成果を残す。そして、貴方が優秀であることを証明するの。分かるでしょ、颯斗?」


母の言っていることは分からなかった。ただ、綿谷華と再会したら、あのときと同じ感覚を分かち合えるよう、自分の技も磨き続けなければ、という意思だけはあった。


しかし、母は繰り返し言うのだった。


「勇者になったら、貴方が一番になる。勇者になったら、貴方がアッシアの脅威を終らせる。勇者になったら、貴方がアトラ隕石を無害化させる。そして、貴方が優秀であることを証明するの」


周りの大人から、常にプレッシャーを受けて育った皇だが、母のそれは異様なものがあった。耳を塞ぎたくなるような、恐ろしさすら感じる。


それでも皇は、強くなればいつか綿谷華と再会できるだろう、という未来だけを信じて、自分を磨く。結果、それは母の期待に答え続ける形となった。




ある日、皇は噂を聞いた。

「アミレーンスクールで、一年生なのに暫定勇者決定戦に挑戦した女子がいるらしいよ」


あの人だ。

皇は確信して、当てもなくアミレーンへ向かった。


当然、会えるわけがなく、肩を落とすが、何となく入ったコンビニで綿谷華を取り上げた新聞を見付けた。


皇はそれを買って家に帰る。目標を見付けた。そんな小さな達成感を胸に抱きながら。




「ねぇ、颯斗。これ、どうしたの?」

ある日、母がいつも以上に狂気的な表情を浮かべて、皇に尋ねてきた。手には引き出しに、こっそり入れておいた、綿谷華の新聞記事が。


「ぼ、僕が……買ったんだ」


母の異様な雰囲気に、

震えながら答える。正直に答えたのだが、母の表情は変わらなかった。


「この子、誰だか知っているの?」


「昔、クラムで知り合った……友達だよ」


「そう、友達。……そうなのね」


突然、母は新聞記事を切り裂いた。


「颯斗、そうじゃないの。この子供はね、私たちの敵。颯斗は絶対にこの子供に負けては駄目。わかった?」


「……うん」


なぜ母が怒っているのか。皇にはやはり理解できなかったが、母の言っていることは、自分の目標に近しいものだった。素直に返事する皇に、母は笑顔を見せると、呪文のようにいつもの言葉を繰り返した。


「貴方は絶対に立派な勇者になるのよ。お父さんよりも立派で、誰もが認めるような成果を残すの。勇者になったら、貴方が一番になる。勇者になったら、貴方がアッシアの脅威を終らせる。勇者になったら、貴方がアトラ隕石を無害化させる。そして、貴方が優秀だということを証明するの」


「分かっているよ、母さん」




だが、それから程なくして、皇は父から意外な頼みごとを聞くことになる。


「颯斗、お願いがあるんだ」


珍しいことだった。無口で厳格な父が、そんなことを言うなんて。


「アミレーンスクールへ行って、この子を呼んできてほしい。前、クラムで一緒だった子だから、覚えているだろう?」


そう言って、父が見せた写真には、一人の女子が写っていた。見間違えるわけがない。それは、綿谷華だった。

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