【学校】
その日、最後の授業の時間、雨宮くんが教室に戻ってきた。
「雨宮くん、大丈夫?」
授業中ということを忘れ、僕は立ち上がっていた。
「まだ痛みが残っているけど……たぶん大丈夫」
それを聞いてほっとするが、ふつふつと怒りも湧き始めてしまった。思わず、隣の席で無表情を決め込む皇の方を見てしまう。
「おい、皇。雨宮くんに何か言うことはないのか?」
「……ないけど?」
その目は、正面を見つめ、僕にも雨宮くんにも向けられていない。
「か、神崎くん。いいんだよ」
雨宮くんは言う。
「皇くんは助けてくれたんだしさ。僕がのろのろしていたのが悪かったわけだし」
「いや、こいつなら別のやり方で助けられたはずだ。蹴り飛ばす必要なんてなかっただろ」
教室に漂う嫌な雰囲気。
その原因が僕にあることは分かっているが、それでも止められなかった。
「弁解とかないのか?」
ここで、初めて皇が僕を見た。
「ないよ」
「お前……!」
苛立つ僕を見ても、皇は表情を変えることがない。
「実際、僕が対処したから最速で事態は収拾したはずだ。それに、多くの人が僕の活躍を期待している。ノームドの対処だけじゃない。勇者になること、アッシアの脅威を終わらせること、アトラ隕石を無害化すること。どれも、僕が先頭に立ってやった方が、早く済むし、すべての国民がそれを求めている。だから、今回もそれに応えただけだよ。間違っている?」
「間違っているだろ、そんなの!」
「……どこが?」
こいつ、マジで言ってるだろ……。
そうじゃなければ、こんな目で僕のこと、見てこないよな。
「それに」
皇は、すっと立ち上がると、異様な威圧感を放ちながら言うのだった。
「雨宮くんは弱い。彼は勇者にはなれないよ。そんな人間に、ノームド対処を経験させたところで、意味がない。僕からしてみると、彼が勇者科に在籍していることが、不思議で堪らないけど」
「皇、本気で言っているんだな?」
「本気だよ。君もそうだ。偶然、岩豪に勝てたみたいだけど、ランカーのレベルとは言えない。どうして勇者科に入ったの? 今からでも遅くないよ。勇者は諦めて、スクールもやめた方がいい。別の方法でも国は支えられると思うけど」
「お前は、どうしてそこまで偉そうなんだ?」
「偉そうにしているつもりはないよ。事実を言っているだけなんだけど」
思わず、僕は皇の胸倉を掴んでいた。
「か、神崎くん! ダメだよ!」
真っ先に止めに入ったのは雨宮くんだ。
「もう対戦が決まっているのに、手を出したりしたらルール違反だ。失格になっちゃうよ!」
何とか平常心を取り戻しつつ、手を離す僕に、皇は平然と言う。
「別にいいよ。時間の無駄だし、ここで決着を付けようよ。いつやっても、どこでやっても、結果は同じだから」
「ダメに決まっているだろ。二人とも、冷静になれ」
武田先生の注意に、すべては収まるかと思われたが……そんなことはなかった。
突然、僕の顔面に痛みが走った。
それは「殴られた」と気付くまで時間がかかるほど、あまりに速いパンチだった。
「ほら、今のも避けられないなら、戦う価値なんてないよ」
「こいつ……!」
僕が飛びかかろうとしたところで、クラスのみんなが止めに入る。しばらく、もみくちゃになったが、僕はもちろんのこと、皇も複数名に抑え込まれ、動きを封じられた。
だけど、僕の怒りは収まらない。岩豪に羽交い絞めにされる皇へ向かい、僕は叫んでいた。
「絶対に許さないぞ、皇! 学校っていうものはな、お前みたいな人間だけのものじゃないんだぞ! 色々なやつがいて、色々な想いを抱えながら通っているんだ! 充実して楽しいと思っているやつもいれば、夢に向かって走っているやつもいる。
だけど、何も楽しくないって思っているやつもいるんだ。僕だってそうだ。何も楽しくねえよ。それでも、何か変わるかもしれないって、変えられるかもしれないって、毎朝根性出して通っているんだ。
それなのに、否定すんなよ! 少し人気があって、大人たちから期待されているからって、誰かを否定していいわけじゃない。下に見てんじゃねえぞ!」
自分でも何を言っているのか分からなかったが、すべて自然と出てきていた。学校なんて、この世界の人間には通じない言葉なのに。
雨宮くんのために、友達のために怒ったんじゃない。それに、皇だけに言ったわけではないのだろう。
元の世界で通っていた学校で感じていた雰囲気を、皇を通して初めて理解して、自分の不満に気付いたのだと思う。
皇をきっかけに、これまでの不満を、怒りを喚き散らしたんだ。
そんなのって、最低だなぁ……。
「噂、聞いたぞ」
放課後。一時間も経過してないはずなのに、僕と皇による乱闘の噂をハナちゃんは知っていた。
「ご、ごめん」
たぶん、迷惑をかけることになるだろう。暫定勇者決定戦も取り消しになるんじゃないか。そう思って反射的に謝る僕だったが、ハナちゃんは笑っていた。
「なんで謝るんだよ。いいんじゃねえの? 聞いた話でしかないけど、誠は間違ってないと思う」
「……そうかな。だけど、これで勇者への道は閉ざされちゃったかも」
「大丈夫だよ。対戦は絶対に実現する。皇の対戦をスクール側が取り消すなんて、絶対に有り得ないからな」
「そうなの?」
「そうだよ。それにさ」
ハナちゃんはどこか嬉しそうに言うのだった。
「お前が皇を倒す理由、もう一つできたんじゃないか?」
僕は今日一日の出来事を思い返す。雨宮くんのこと、岩豪のこと、学校に通う名前もない多くの人たちのこと。考えれば考えるほど、自分の中で怒りとは違う、別の何かが叫び出そうとする感覚が強くなった。
「うん。勝ちたい、かもしれない」
そうだ。
今まで、勝ちたいという気持ちはなかった。セレッソの契約、三枝木さんやクラムのみんなの優しさに応えて、ハナちゃんに認めてもらうために頑張りたい。
そんな気持ちばかりだった。
だけど、今回は単純に勝ちたいと思っている。皇には負けられない。絶対に、勝って実力を証明しなければならないんだ。
実際、ハナちゃんの言う通りで、乱闘事件のことはうやむやになった。僕も皇も先生から何らかの注意を受けることはなく、何事もなかったように、暫定勇者決定戦は行われることになった。
そして、僕の地獄の特訓も、これまでにないくらいの地獄となるのだった。
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