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【友人の戦い】

オヤジさんの店を出てから、雨宮くんが言った。


「ねぇ、神崎くん。三十分だけでいいから時間をもらえないかな?」


「いいけど、何をするの?」


「練習、少しだけ手伝ってほしいんだ。オヤジさんが本当にノームドになっちゃったら、絶対に僕が止めないといけないしね」


いつも笑って

自分の好きな勇者の話ばかりしている雨宮くんだが、


このときはいつもと違う表情を見せていた。たぶん、彼の中で強い意志と覚悟が宿ったのだろう。


ユビスのクラムで軽い手合わせをすることになった。


「将来、勇者になるかもしれない人と、練習とは言え戦えるなんて、本当にラッキーだなぁ」


「一カ月後も雨宮くんに同じことを思ってもらえるよう、がんばります……」


雨宮くんは開始と同時に間合いをつめて、至近距離からパンチを次々と出した。僕はセレッソから与えられた、優れた動体視力でそれを避け続けることはできたが、


止まらない攻撃のせいで反撃のチャンスをつかめずにいた。


「手加減、しないでよね!」


そう言いながら、

どんどん前に出てくる雨宮くん。


「わ、わかっているよ!」


雨宮くんのリズムか止まった瞬間、僕は何とか反撃に成功する。それは、確かなタイミングで雨宮くんの顔面を捉えた……


が、彼は一瞬も怯むことなく、次の攻撃を放ってきた。


「うわっ!」


雨宮くんのパンチが顎をかすり、一呼吸置きたくて距離を取ろうとしたが、それを許してもらえない。


雨宮くんがどんどん前へ出てくるからだ。


結局、五分間の手合わせの中で、雨宮くんは常に前へ出ることをやめなかった。そのせいで、僕は自分のリズムをつかめず、苦戦を強いられた。


さらに言えば、こっちがいいパンチを当てても、雨宮くんは怯んでくれなかったので、僕のパンチが効いていないのでは?と心が折れそうになったのも確かだ。


「雨宮くん、この前一緒に練習したときより、強くなってない?」


「ぜんぜん。新しい技術を覚えたわけでもないし、ただ大淵さんの教えを忠実に守って戦ってみただけなんだ」


大淵さんとは、ユビスのクラムの代表で、雨宮くんの師に当たる人だ。


「教えって、どんな?」


「目を逸らすな。とにかく前に出ろ、って」


「……そのままだね」


と僕は笑ったが、

脅威的な戦術であることは確かだった。


「大淵さんの理論ではね、怖がらず目を逸らさなければ相手のパンチを不意にもらっても倒れることはないし、ずっと前に出ていれば相手のペースをかき乱す上に審査員からも高い評価をもらえる、ってことらしいんだ。ただ、これをやるには、勇気と根性が必要らしいんだけど」


なるほど。

勇者の勇は勇気の勇だ。


勇者を目指すため、必要な心得なのかもしれない。


「僕は身体能力が高いわけじゃないし、勝負の感覚みたいなものも優れているわけじゃない。だけど、勇気と根性に関しては、そういう才能がなくても気持ち次第だから、僕でもできるんじゃないかなって」


「うん。今日の雨宮くん、めちゃくちゃ強かったよ」


「本当? でも、こんなに顔を腫らしてたら、まだまだダメだよなぁ」


そう言って、

雨宮くんは腫れあがった頬を手の平でさすった。


「でも、いいんだ。ランカーに入るくらい強くはなれないけど、こうやって頑張っていれば、いつか何かにつながる。そう思って続けるよ」


「……そんな風に考えられるなんて、雨宮くんは凄いよ」


「そうかな?」


そうだよ。

僕は向こうの世界で学校に通う毎日の中、ただ輝いているやつらを見ていた。


クラスの人気者、顔がいいやつ、スポーツができるやつ、勉強がきるやつ。


あいつらを眺めて腐っているだけで、自分が努力しようとは思わず……


何かを続けることの大切さとか、未来のことなんて少しも考えてなかった。


「それを言うなら、神崎くんこそ凄いよ。ほとんどパンチが当たらなかったし、反撃も的確だった。さすがは次期勇者候補だなぁ」


雨宮くんはそう言って僕を褒めてくれるけど、実際はどうなんだろう。この力の多くはセレッソによる恩恵がほとんどなのではないか。三枝木さんに出会ったのも、セレッソのおかげと言える。


僕自身が何かを決めて、努力したと言っていいのか?


「それにしても、オヤジさん心配だなぁ」


僕が考え込んでしまったせいか、雨宮くんは一人呟いた。




帰ってから、

少しだけフォールダウン現象について考えた。僕も精神的に弱ってしまったら、ノームド化してしまうことがあるのだろうか。


セレッソに聞いてみた。


「なぁ、セレッソ。この世界にきたとき、護符ってものを渡されていないんだけど、僕はアトラ隕石の影響を受けたりしないのか? 例えば、フォールダウン現象とか」


「……あっ」


「お、おい。それ、今気付きましたってリアクションだよな?」


「……大丈夫だ。お前は私の加護を受けている。女神様の加護だぞ? その辺で買った護符とは比べ物にならないくらい、効果的だ。アトラの呪い、寄せ付けません」


セレッソは自分を納得させるかのように


「うんうん」と頷いた。


が、どう見ても怪しい。

僕、変な病魔に蝕まれたりしないよな?


今から護符を買った方がいいのかな?


「あ、そういえば……岩豪と対戦する前、芹奈ちゃんからもらったんだ」


「なんだって?」


とセレッソが表情を変える。


「じゃあ、大丈夫だろう。若者なら安い護符でも十分に影響を無効化できるはずだ。驚いて損した」


「……その言い草、やっぱり僕も護符を持った方がいいってことだったのか?」


恐る恐る聞いてみたが、

セレッソは既に関心を失ったかのように言うのだった。


「大丈夫大丈夫。女神様の加護を信じろ」


そうは言うけどな……


煎餅食べながらテレビ見ているだけの女神様のことを、誰が信じられると思うんだ?

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