【傾く日常生活】
楽しかった一日が終わって月曜日。
珍しく雨宮くんの元気がないように見えた。
「元気ないね。なんかあった?」
「うーん、ちょっと色々あってね」
「色々って?」
いつも世話になっている雨宮くんだ。何か僕にできることがあれば力になりたいのだが。
「いつも通っている動画屋さんがあってね。そこ、凄いんだよ。ネットに上がってないような対戦動画をディスクで揃えててさ。この前、一緒に見たフィリポの対戦もそこから仕入れたんだ。先週もアキレムで行われたマークス・ハンターの対戦動画があるって言っててさ!」
「え、マークス・ハンターってフィリポと互角に戦ってた勇者候補だよね? アキレムでやったってことは、オクトで勇者制度が衰退していた時期の対戦ってこと?」
「そうそう! その対戦を最初の一ラウンドだけ見せられて、続きが見たいなら金を払ってディスクを買えって……それが、とんでもない高額でさぁ」
「み、見たい。僕もいくらか払うから今度一緒に――って、それで悩んでいたの?」
熱が入り始めていた雨宮くんだったが、冷静さを取り戻したらしい。
「違うんだ。そこの動画屋のオヤジさんが、フォールダウン現象の前兆があったらしくて、当分は休むって言ってたんだよね」
フォールダウン現象って、ノームド化してしまうことだよな。
「前兆って、どんな症状があるの?」
「強い倦怠感と発熱、激しい咳。血が混じった咳が出た場合は、かなり怪しいみたい」
「病院に行けば治るものではないの?」
「ノームド化の治療は高額な割りに、決定的な効果もないからね。前兆が見られる程度なら、とにかく休めって国は言うけど、何日も働かず生活を維持できるほど、裕福な人ばかりじゃないからさ」
確か、フォールダウン現象を防ぐ護符というものも、効き目が強いものは高額だって話だったはずだ。裕福でなければ健康の維持も難しいんだな。
「でも、フォールダウン現象ってアトラ隕石が原因なんだよね? その動画屋さんはアトラの近くに住んでるの?」
「いやいや、アトラ隕石の影響はオクト全域に広がっているよ。アトラから離れていれば、影響は微量だけれど、心身が弱っているとフォールダウン現象は起こり得るから……って、授業でやったでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
「中等部のとき、絶対やっているはずだよ」
「じゃあ、動画屋のオヤジさんも何か悩みがあったのかな?」
強引に話を引き戻してみたが、雨宮くんは特に怪しむことはなかった。
「そうみたいだね。店の売上が落ち続けているって、ずっとぼやいていたから。あそこのオヤジさん、昔から良い動画を売ってくれたし、色々と話も聞いてくれるから、元気出してほしんだけどなぁ……」
放課後、雨宮くんがオヤジさんの様子を見に行く、と言うので、僕も付き添うことにした。
「オヤジさーん!」
閉ざされたシャッターを叩きながら雨宮くんが叫ぶと、暫くして、その横にあった扉が開き、頑固そうなおじさんが顔を出した。
「タツ、うるせぇから大声出すな。今開けてやる」
「うん」
怒鳴られる、かと思いきや、
オヤジさんはすぐにシャッターを開け、薄暗い店内の中に入れてくれた。
「当分は休むと言っただろ。何の用だ? マークスの対戦動画、買うつもりになったのか?」
「オヤジさんの様子見に来たんだよ。具合はどう?」
「……駄目だ。熱も下がらないし、とにかくだるい。おまけに、夜になると咳も止まらん」
オヤジさんの態度は気落ちしているようには見えない。ぶっきらぼうな感じは、たぶん普段からなのだろう、と雨宮くんの反応から想像した。
「友達か?」
オヤジさんの視線が僕の方へ。
雨宮くんは頷いた。
「うん。今度、暫定勇者決定戦に出るんだよ」
「へぇ、大したもんだ」
僕は何と言って良いのかわからず、ただ笑顔で小さく頭を下げておいた。
「それで、原因に心当たりはあるの? やっぱり、売上のこと?」
雨宮くんの質問に、オヤジさんは頷く。
「それもあるが、別れた女房と一緒に出て行った娘が結婚したことを知り合いから聞かされてな。祝ってやるどころか、そんなことも知らされない自分が情けなくなったんだ。独りには慣れたつもりだったが、まさかフォールダウン現象を引き起こすほど、堪えていたとは思いもしなかった」
そこまで話すと、オヤジさんは咳き込み始めた。
「オヤジさん、病院に行く予定は?」
「行けるわけないだろ。昔に比べて、治療費もバカ高くなったんだ。俺が若いころは、一割負担だが、今は全額負担だ。護符を持ってメンタルケアをしっかりやれば、影響は受けないというのが国の見解だからな。アトラ隕石の影響を全く受けない護符なんて、庶民が買えるわけないだろうが」
「……そうだよね」
「フォールダウン現象だけじゃない。色々なところで税金が上がって、暮らしはどんどん窮屈になっている。いつまでこの状況が続くのやら」
店内には暗い雰囲気が流れた。オヤジさんは呟くように言う。
「十年前、戦争が終わってから多少は景気が良くなるとばかり思っていた。誰もがそう思っていたんだ。だけど、実際は酷いものだ。横ばいどころか、少しずつ悪くなっている。俺たちの世代は景気を悪くするばかりで、お前たち若い世代には本当に申し訳ないと思っている……」
「そんなことまで、オヤジさんが気に病むことじゃないんだから。とにかく、今は心を休めてよ」
しかし、オヤジさんは再び咳き込んでしまった。
咳が止まっても、どこかが痛むのか、目を閉じて耐えるような表情を見せる。
後で聞いたことだが、フォールダウン現象の侵攻によって、痛みが体中に巡るらしく、それに耐えていたらしい。
「なぁ、タツ」
落ち着いてから、オヤジさんは言った。
「もし、俺がノームド化しちまったら、お前が対処してくれよ。偶然、近くにいたらで良いんだ。ノームド化して人様に迷惑をかけるなんて、俺は俺を許せねぇ。だけど、世話してやっているお前なら、少しくらい迷惑かけても、誰も何も言わねぇだろ」
「……わかったよ」
雨宮くんは頷いてから、真剣な面持ちで言った。
「その代わり、マークスの対戦動画は無料で譲ってよね」
「……ほんと、現金な野郎だよ」
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