【激戦の行方】
ジュリアの右回し蹴りを避けた華。
しかし、ジュリアの攻撃はそれで終わらなかった。彼女は蹴りを外した後、まるでダンスを舞うように回転し、そこに裏拳を乗せた。
その一撃は華の顎に見事ヒットする。意識を失った華は仰向けに倒れ、ジュリアは追撃に動く。
華の横に片膝を付き、拳を振り上げた。ハンマーを振り落とすように、その一撃を華の顔面へ。
その瞬間、華は意識を取り戻した。
華はジュリアが無表情に拳を振り上げる瞬間を見た。
常人であれば、朦朧とする意識の中、これを回避することは不可能だ。が、暫定勇者まで上り詰めた華は、反射的に顔面を守る。
ハンマーで殴られるような強烈な痛みが、回復しようとする意識を再び奪い去ろうとしていた。このままではレフェリーに止められることだってあり得る。
華は明確に思考したわけではないが、何年も続けた練習により染み付いた感覚が判断し、体に命令を出した。
華はジュリアが振り下ろした拳した瞬間、その手首を掴む。
ジュリアの表情に一瞬だけ動揺が走った。ジュリアはそれを引き剥がそうと抵抗するが、華はそこに隙を見い出す。
華はジュリアの首に自らの足を絡め、三角の形に拘束し、締め上げる。
いわゆる三角締めだ。
ジュリアもその形に入ったことに気付き、華の足を引き剥がそうとするが、彼女は手首を掴まれ抵抗する手段を奪われていた。
体を右に左と揺らし、
何とか抜け出そうとするジュリアだが、華は足に力を込めて、さらに締め付ける。
ジュリアの首は絞めつけられ、呼吸が止まりつつあった。
数秒、ジュリアの動きが止まる。
大歓声の中、苦痛に表情を歪めながらも耐えるジュリアだったが、震えた手で自らの首に絡みつく華の足を、ポンポンッと叩いた。
ギブアップの意志である。
すかさずレフェリーが中に入り、二人を引き剥がすと、両手を大きく振った。対戦終了の合図だ。会場に決着のゴングが鳴り響いた。
華は仰向けのまま、体育館の照明を見つめていた。
勝った。
勝ったんだ。
自分の方が不利だと言われていた相手、ジュリアに。
「いつまでそうしているのですか? 国民の期待に応えるのも、勇者の仕事だと私は思いますけど」
視界に入り込むジュリアの顔。
無表情だが、強靭な精神力で悔しさに耐えていることが、華には分かった。
「ほら、立って。皆さんの声援に応えなさいな」
差し出された手を取ると、
グッと引っ張り上げられた。立って周りを見渡すと、これまでにない拍手が彼女を包んでいる。
華が右手を上げると、さらに多くの反応が。
「完敗です。もちろん、約束も守りますので、安心してください。貴方の恋心、実るといいですね」
「だ、だから、そういうのじゃ……ないんだってば」
否定しようにも、
ジュリアの前で見せた涙は、今更なかったことにはできない。
別の言い訳はないか、と考えたが――。
「それでは、新勇者誕生の儀式を執り行います!」
進行役の声が会場に響く。
通常、三度目の防衛を終えても、ランカーの中に互角の実力を持つ者が存在すると判断された場合は、暫定勇者が勝利したとしても儀式は行われず、再び暫定勇者決定戦が組まれる。
しかし、華は勇者として認められたらしかった。
華はジュリアを探した。
喜びを分かち合いたかった、わけではない。
ただ、最初に感謝を伝えるとしたら、彼女である気がしたのだが……
ケージの中に、ジュリアの姿は既になかった。
会場がざわめく。
何があったのか、と辺りを見回すと、その原因を瞬時に理解した。ケージに上がろうとする、その姿があったからだ。
眩しいくらいの銀髪に透き通るような白い肌。同じ女であっても息を呑むような儚い瞳は灰色だ。装飾は少ないが質のいいドレスを揺らし、その人物は華の前に立つ。
彼女は、フィオナ・サン・オクト。
オクト王国第一王女であり、継承権第二位に位置している。その美貌とカリスマ、勇者制度を存続させた業績から、オクトの至宝と言う呼び名も高い。
「アミレーンスクール、女子暫定勇者、綿谷華」
フィオナ姫に見惚れていた華だが、名を呼ばれ、すぐに片膝を付いた。
「フィオナ・サン・オクトの名において、貴方を勇者に任命します。我が王国を守る、その腕を差し出しなさい」
「はい」
華は震えを抑えながら、フィオナ姫の方へ腕をのばした。フィオナ姫の冷たい手が華の腕を取ると、手首に少しの重みが。彼女が華の手首に、金のブレスレットをつけたのだ。そこには、オクトの紋章が刻まれている。
これこそ、オクトの勇者のみが所有を許される、ブレイブシフトだ。
「立ちなさい。そして、民に宣言を」
その言葉に従い、華は立ち上がる。
そして、これから自分が守っていく人々を前に、勇者としての覚悟を語った。
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