【ジュリアの提案】
「……あの、綿谷さん?」
圧勝したはずのジュリアだが、彼女は酷く困惑していた。いや、困り果てていた。
「そろそろ、泣き止んでもらえないと、授業に戻れないのですが」
華がジュリアのハイキックに崩れてから、もう一時間を経過している。本来なら教室に戻って真面目に授業を受けるはずなのだが、その間、ジュリアが放っておけないと思うくらい、華は泣き続けていたのであった。
「か、勝手に……ひっぐ、行けば、いいだろ!」
膝を抱えるように座り、俯いているため表情は見えないが、完全な号泣状態だ。
「そうは言いますけどね、貴方、今にも過呼吸になりそうじゃないですか。死なれたら、それこそ私が困ります」
ジュリアの言葉にますます泣き出してしまう華。もうお手上げ、と言わんばかりに、ジュリアは肩を落とした。
それから、
さらに三十分ほど経って、やっと華が落ち着きを取り戻し始めた。
「ねぇ、綿谷さん。そこまで負けるのが悔しいなら、もっと真面目に練習しなさいな。貴方、センスはあるし、血統にも恵まれているのですから」
「分かっているよ。私だって、真面目に練習したいって思っているんだ」
「じゃあ、どうして?」
「……分かんない。何か、身が入らない」
「神崎誠のことを考えてしまうのですか?」
黙る華。
それは肯定しているのと変わらなかった。
それを見たジュリアは憂いのある溜め息を吐く。
「恋をしているのね……」
「そ、そんなんじゃねぇ!」
またも呼吸が荒くなる華。
ジュリアは「あらあら」と彼女の背を撫でた。
「そんなに意地になってどうするんですか? どう見ても好きじゃないですか。好き好き大好きじゃないですか」
とジュリアは言いながら限りなく小さい声で「どこか良いのか分かりませんが」と呟く。
「好きじゃないったら、好きじゃない!」
「綿谷さん、本当に頑固ですね。こんな姿を見せても認めないなんて、その頑固さはアダマンタイト級ですわ。ええ、この私が認めましょう。認定して差し上げます。綿谷華の頭はアダマンタイト級に硬いって」
「うるさい! あっち行け!」
「そうは言われましても、このままでは対戦当日もへっぽこな貴方と戦わなくてはならないじゃないですか。弱者に勝って暫定勇者になった私の惨めな気持ち。少しくらい理解してくださいな」
「知らない! 知らない知らない!」
「いつもクールビューティー気取っているのに、ほとんど子供ではないですか。……困りましたわ」
実際、子供をなだめるように、華の背中を撫で続けるジュリアは、暫くの間、体育館の天井を見つめていたが、何を思い付いたのか、少しだけ目を見開いた。
「そうだ」
ジュリアが立ち上がる。
「では、私が勝ったら神崎誠にちょっかいを出してやります。彼が私に惚れるように、色々と仕掛けてやるのです」
「……はぁ?」
華が泣き腫らした顔を上げる。
「その結果、彼が自分の意志で私のことを好きになったら、問題ないでしょう。ええ、彼を私のものにしてしまいます」
「な、何の話をしているんだ?」
「だ・か・ら、賭け事ですよ。私と貴方の暫定勇者決定戦、その勝者は神崎誠に大好きアピールする権利を得る、と」
華は数秒考えたようだが、やはり理解できなかったようだ。
「ふざけるな、意味がわかんねぇ」
「駄目なんですか?」
「駄目だろ。駄目って言うか……駄目だろ」
動揺する華を見て、ジュリアは勝機を見い出す。
「でもぉ、綿谷さんは彼のこと、別に好きじゃないんでしょ? だったら、別にいいじゃないですか」
「ああ、そうだよ。好きじゃないよ。だけど、それとこれとは関係ない。っていうか、わざわざあいつを賭け事の賞品みたいに扱う必要ないだろうが」
「ありませんけどぉ……綿谷さんが嫌がりそうだから、そうしたいんです」
「お、お前は……」
平然と言うジュリアに、華は言葉を詰まらせる。だが、ジュリアが何を考えているのか理解してしまうと、怒りで顔が熱くなってきた。
「あら、怒っている怒っている。どうして怒っているのでしょう。怒ると言うことは、何か特別な感情があるのでしょうか? 再三否定しているので、そんなことはないはずですが、かと言って何もないのに怒るなんて不自然ですよねぇ」
口を開いてしまったら旗色が悪い。何とか冷静に判断した華は全力で口を閉ざす。
が、ジュリアはその口を閉ざしてはくれなかった。
「この際、綿谷さんの気持ちは横に置いておきましょう。ええ、横に置いておくことにしてあげます。でも、決めました」
ジュリアはなぜか体育館の天井を指差す。
「綿谷さんの気持ちに関係なく、私は勝ったら神崎誠を誘惑する。一緒に帰ったり、お弁当作ってあげたり、テスト前は一緒に勉強したり、スクールカップルがやりたがるような、ベタこと全部やってやります」
「……か、勝手にしろ!」
立ち上がりながら、
華は怒鳴り付けるが、ジュリアはむしろ嬉々としている。
「あら、許可をいただいた、ということでよろしいですね?」
「知らない!」
体育館を出て行こうとする華。その背後で、ジュリアは聞こえるか聞こえないかという程度の声で言うのだった。
「男のことしか考えられないなら、男のために戦ってみるのも、一つの手段では?」
その言葉に華は振り返ることなく、体育館から出て行ってしまった。
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