【心配という名の監視】
激しい練習を終え、帰宅する。
本当に腹が立つ一日だった。朝からジュリアに絡まれるし、放課後は岩豪鉄次に絡まれたからだ。でも、悪い一日だったか、と言われると……そうでもない。
「遅かったね、おかえり」
「……ただいま」
出迎えてくれた中年の女性は、叔母の彩花だ。
小柄だが目立つ赤い髪。
その色は、華と血のつながりが目に見えるようだ。両親のいない華にとって、彼女こそ母親というべき存在である。
「ご飯できるけど、すぐ食べる?」
「うん」
「あ、そう」
そう言って、キッチンに戻ってから、料理を並べ始める彩花。
いつもなら、
スクールはどうだったか、
練習はどうだったか、
と条件反射のように話を聞こうとするが、彩花の態度がどこかよそよそしい。
「お夕飯、なに?」
様子を見るつもりで自分から話題を振ってみる。
「……え? なんだって?」
聞こえない距離ではない。
華も声を張ったはず。
上の空なのは、たぶん何か言いたいことがあるのだろう。それを察して、華は怪訝な視線を彩花へ向けた。
「ねぇ、叔母さん。言いたいことがあったら言いなよ。らしくない」
「あー、そうだね。その通りだ。なら、言わせてもらうよ」
鍋の中のカレーをかき混ぜる手を止め、彩花はキッチンから出てきた。
「あんた、大丈夫なの?」
「何が?」
「……何がって、防衛戦だよ。真面目に練習しているんでしょうね?」
「練習してなかったら、私はこんな時間まで何をしていたのさ」
そう答えながら、華は嫌な予感があった。彩花は言う。
「あんた、新しい男と遊んでいるんでしょ? そんなんで防衛戦が――」
「叔母さんまで勘弁してよ!」
なぜ、その話題を知っているのだ。本当に、頭を抱えてしまいたくなる。
「なんで知っているの? 誰から聞いたのさ!」
「SNSだよ。あんたの名前でエゴサしたら、その噂で溢れてたんだから」
そのルートがあったのか、
と華は溜め息を吐く。
叔母は暇さえあればスマホに触れて、SNSで華のことを調べている。活躍を喜んでくれている、と言えばそうなのかもしれないが、監視されていると思ってしまうと煩わしい。
「勇者になるのが夢なんでしょ? 男と遊んでいたら叶う夢も叶わないよ!」
彩花は腰に手を当て、威圧的に迫ってきた。華は言い返す。
「私がどれだけ練習しているか、叔母さんだって知っているでしょ? なんでそんなこと言われなきゃいけないのさ!」
「だって、男と遊んでいるって言われているから!」
「だいたい、男と遊んでいないから! 一緒にスクール行って、一緒に帰っただけ。しかも、すぐにクラムで練習してたし」
ただ、その男と一緒に練習していたことは隠してしまった。
「その男は何なの? 付き合っているの? まさか、その男も勇者候補じゃないでしょうね?」
「その男も、ってどういう意味?」
鋭くなった華の目に、彩花も少しだけ勢いを失う。華は溜め息を吐いた。
「なんで、こんなこと言われないといけないのさ。私は真面目に頑張っているよ」
「……私は、あんたに母親と同じ間違いをして欲しくないだけだよ」
彩花はキッチンへ戻りながら言う。
「あんたは姉さんにそっくり。やることなすこと一緒だよ。だから、同じ間違いだけはしてほしくない。口煩く感じるだろうけど、本当に心配なんだって。男で失敗するのだけは……」
彩花の気持ちは分かっている、つもりだ。華はできるだけ穏やかな口調で言った。
「顔もよく覚えていない人に似るわけないじゃないか。私が誰かに似ているとしたら、それは間違いなく叔母さんだよ」
「どうだかねぇ」
そう言いながら、彩花は少しだけ嬉しそうだ。そして、夕飯の準備を再開しようと、炊飯器の蓋を開けるのだが……。
「あ、お米炊き忘れた」
それを聞いて、華は思った。
この人はどこか抜けているところがある。そこだけは似たくないな、と。
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