【恐怖のタックル地獄】
岩豪の頭を手で押し込み、何とかやつの拘束から脱出して立ち上がる。何度それを繰り返しただろうか。岩豪はしつこくタックルを繰り返した。
だが、やつは疲弊している。
タックルもスピードが落ち、僕の攻撃に対する反応も落ちていた。
勝てるかもしれない、
と踏み出そうとしたところで、第二ラウンドが終了するコングが鳴った。
「完璧です、神崎くん」
ケージの中に入ってきた三枝木さんが、氷で僕の体を冷やしながら言う。
「しかし、このインターバルに岩豪くんもある程度は回復します。本当の勝負はこれから。わかっていますね?」
僕は返事をしたかったが、あまりの疲労に声が出なかった。
「今のところ、勝負はイーブン。だから、次も消極的にならないよう、注意してください。タックルを警戒しつつ、自分の攻撃だけを当てる。それだけに集中すること」
今度はセレッソが言った。
「できることなら派手に倒せ。しょっぱい試合だと、皇との対戦が組まれないかもしれないからな」
「……今は勝つことだけに集中しましょう!」
いつもなら僕がツッコミを入れるところだが、流石に三枝木さんが代わりを務めてくれたようだ。
セコンドアウト、とレフェリーから指示。
三枝木さんとセレッソがケージの外へ出て、僕と岩豪は再び向き合った。
正直、もう戦いたくはない。
それくらい疲労感で体が重たかった。岩豪もそんな状況だと思いたいが、やつは大きく息を吸ってはいるものの、まだフルマラソンだって始められそうなくらい、活力に満ちた目をしている。
マジかよ、
と心のなかで呟きながら、最終ラウンドのゴングを聞いた。
僕は距離を十分に取って慎重に攻撃を組み立てて行くつもりだったが、岩豪が早々に遠い距離からタックルの姿勢で飛び込んできた。
が、距離は十分にある。僕は横に移動してタックルを躱し、低い位置にある岩豪の顔面を殴り上げた。岩豪は反撃の拳を振るってきたので、僕は素早く距離を取って安全を確保する。
岩豪は一呼吸を置いてから、少しずつ距離を詰めてきた。が、今度は僕の方から踏み込んでパンチを放つ。岩豪はそれを避けて、組み付こうとしたが、それよりも速く膝蹴りを突き上げてみせた。
岩豪が「ぐうっ」と呻く声が聞こえたので、僕は追撃のパンチを振り回したが、逆に距離を取られてしまった。
すると、岩豪はすぐに攻めることはなく、慎重にこちらの様子を窺っているみたいだった。僕の攻撃に戸惑っているようだ。
すべては、三枝木さんの作戦通りだ。
まずは遠い距離で待つ。
タックルが来たら余裕を持って避けて、すぐに反撃。
向こうが確実にタックルで倒すことを狙って距離を縮めてきたら、こっちが先に攻撃。
岩豪に遠い距離からタックルを促すか、
もしくは自分から打撃が当たる距離に詰めさせるか。
この二択を迫らせ、どちらも僕の得意な方法で対処する。
これが作戦だ。
これも、早い段階で奇襲を成功させたからこそ、上手く対処できているのだろう。奇襲によって岩豪がダメージを受けていなかったら、剛力かつ高速なタックルを、僕が対処できるわけがないからだ。
再び、岩豪が遠い距離からタックルの姿勢で突っ込んできた。素早く避けて反撃。岩豪が組み付こうとしたので、今度は離れることにした。
既に三ラウンドも開始して一分が経過しているが、ここまではどう見ても僕が優勢だ。岩豪のタックルもパンチもちゃんと見えているし、三枝木さんの作戦を徹底できれば……。
と思ったが、僕は酷く混乱する。
岩豪の距離感が今までと違うものになったのだ。
遠いと言えば遠い。
近いと言えば近い。
そんな距離だ。
どっちだ?と僕が迷った瞬間、それがきた。
これまでにない、高速のタックル。
僕は驚く暇もなく、腰に組み付かれ、そのまま勢いで倒されてしまった。
やばい、と立ち上がろうとするが、岩豪の体はあまりに重たく、身動きが取れない。何とか岩豪の抑え込みから逃げ出そうとするが、僕の動きは完全に制御されていた。
右へ動こうとすると右が重くなり、左へ動こうとすると左が重くなり……そんな絶望が何度も続いた。
それでも逃げなくては、と抵抗したが、暴れる僕を大人しくさせるような、圧倒的な一撃が落ちてきた。右の頬に岩豪の拳が。
それは後頭部まで抜けていくような衝撃があり、僕の視界は一瞬だが真っ白になっていた。さらに一撃。今度は眉間に落とされ、脳が揺れるような感覚があった。
「誠!」
セレッソの声。
いや、ハナちゃんの声かもしれない。
それは悲鳴に近い声だった。
たぶん、あの二人すら冷静さを失うくらい、僕はやばい状況なんだ。
次もらったら、マジで死んじゃうんじゃないか?
死の恐怖から、僕は必死に暴れ回った。火事場の馬鹿力、というやつかもしれない。押し退けられるように、一瞬だけ岩豪の体が浮いたような気がした。
しかし、岩豪もすぐに押し込めようと、体を寄せてきた。ちくしょう、本当にしつこいやつだ!
「うわぁぁぁぁぁーーー!」と僕は怒りと恐怖で叫んだ。
同時に肘に硬い感触が。
その感触が何だったのかは分からない。が、岩豪の体が確かに軽くなった。
その瞬間、僕は必死になって岩豪から離れる。
命からがらといった様子でマットの上を這い、何とか立ち上がって振り返ると、ふらふらと立ち上がる岩豪の姿があった。どうして逃げられたのだろうか、と目を凝らすと、岩豪のこめかみから血が流れていた。
そうか、たぶんだけど……がむしゃらに体を動かしたとき、僕の肘が岩豪のこめかみに当たったのかもしれない。そのおかげで何とか逃げ出せたんだ。
正直、これはただのラッキーだ。
セコンドに女神様がついているだけはある。
ほっとしながら、ケージの隅でカウントダウンを続ける時計に目をやると、既に二分半が経過していた。最初の一分は僕が押していたが、次の一分半は完全に岩豪に圧倒されていた。
残りの二分半は、僕が圧倒しないと負けるぞ!
しかし、岩豪はまたあの距離感で足を止める。遠くもなければ、近くもない。さっきの高速タックルが頭の中を過り、僕は全力で後ろに飛び退いた。
自分の距離で戦わないと。
そう思うのだが、岩豪は許してはくれない。
またも微妙な距離で立ち止まり、体を揺らしながらタックルに行くような素振りを見せるのだった。これには、僕は再び後ろへ下がるしかなかった。
わーーーっとギャラリーから歓声。岩豪が少しだけ笑ったようだった。
もしかして、これって僕が逃げているように見えているんじゃないか?
いや、実際に逃げているのか。
だとしたら、判定に悪い影響を及ぼすのでは?
でも、どうすればいいんだ?
「神崎くん、前に出て! もう自分から行くしかない!」
セコンドから三枝木さんの声が。
でも、前に出た瞬間、あのタックルがきたら……。
そう思うと、僕は後ろに退がることしかできなかった。
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