◆ 強さと価値③
戦争が終わってから、七年。
突然、父の行方が判明した。
王都とイロモアの間に位置する、イアデネスの病院に入院していたそうだ。戦いのショックで記憶を失っていたが、半年前にすべてを思い出したらしい。
「よかった。本当に生きててよかった」
父の顔を見て、すぐに泣き出した母。岩豪はそれをどこか冷静に見ていた。
病室で再会した父は、別人のようにやつれ、まともに喋れない様子だった。戦いの影響かと思われたが、そうではない。どうやら、戦いで弱っていたところを、病魔に襲われたそうだ。
「早ければ一年。長ければ二年ほどです」
医者の言葉を聞いて、母はやはり泣いたが、一時間も経つとすっきりとした顔をしていた。
「もう死んじゃったと思ったのに、最後を看取れるなら幸せって考えないと。これも毎日、女神様に祈っていたおかげかもね」
そうなのかもしれない。
だが、岩豪は母と同じように考えられなかった。失われていく父の命を前にして、言葉にできないもどかしさを感じていたのだ。
父は転院し、王都にある病院で療養を続けることになり、岩豪と母は頻繁に見舞いへ行った。母は笑顔で父に声をかける。父も僅かな笑みを浮かべて、小さく頷くなど反応を見せた。
が、岩豪は父に声をかけられず、ただ彼を眺めるだけ。時々、父の瞳がこちらに向けられたが、岩豪は顔を背けてしまい、まともに話すことはなかった。
せめて、謝らなければ。
そんな決意を抱き、岩豪は一人で父の病室を訪ねた。しかし、先客があった。二十歳くらいの男だったが、父がいるベッドの横で子供のように泣いていた。
「岩豪さん……本当にありがとうございました。俺が生きているのは、岩豪さんのおかげです」
父は微笑むことで反応を返すが、客人はそれを見てまた泣き出していた。十分ほど経って、客人は病室から出てきた。岩豪も病室の様子を見に行くところだったため、ばったりと顔を合わせてしまう。
「もしかして……鉄次くん?」
「……はい」
「よかった。少し話したいことがあるんだ」
客人は父と一緒に戦場へ出た勇者の一人だった。
「岩豪さんはいつも俺たちを守ってくれたんだ。七年前も、俺たちを逃がすために、岩豪さんは正面からアッシアの魔王に立ち向かった」
戦場における父の話を聞いた。
彼は仲間たちを撤退させるために、いつも最後まで戦いの場に残る役割を買って出る戦士だったそうだ。
オクトにとって貴重な戦力となる勇者たち。それを守ることが、彼の役目。だから、負け戦のときは必ず岩豪の父が時間を稼いでくれた。
そのおかげで、どれだけの命が救われたことか。
「君のお父さんこそ、本当の勇者だ。ニュースではどうしても勇者たちの戦果がピックアップされがちだけど、俺は思うんだ。オクトがアッシアに負けなかった理由は、岩豪さんがいたからだって。だから、君もお父さんことを誇りに思ってほしい」
勇者の男は微笑んで言った。
「それから、お父さんはいつも言っていたよ。鉄次は俺より強くなる。絶対に勇者になる男だぞ、って」
それを聞いて、岩豪は自分がやるべきことを理解した。
生きていた父。
彼に感謝を伝えるならば、ただ言葉をかけるだけでは意味がない。自らの強さを磨き、その価値を示すことこそ、父に喜びを与えられるだろう。
勇者の男が立ち去り、岩豪はすぐに父の側へ立った。
「父ちゃん、俺は勇者になるよ。父ちゃんみたいに強くて価値のあるやつになってみせる」
父は無言で笑い、その目から涙を零した。
岩豪は鬼の如く鍛錬と対戦を重ねて戦績を伸ばし、高等部に進学すると、さらに強さが際立ち始めた。勝ちを父に報告する度に、彼は嬉しそうな表情を見せる。
俺の活躍すれば、父ちゃんは長生きするかもしれない。
そんな岩豪の期待を裏付けるように、医者に言われていた「長くて二年」という寿命を更新する父だったが、目に見えて弱っていることは確かだった。
時間はない。
早く暫定勇者となり、三回の防衛を果たさなければ。
十六歳になった岩豪は、ついに暫定勇者決定戦まで上り詰める。相手はあの皇だ。一年生が暫定勇者になることは珍しいが、一年生同士の対戦はさらに珍しく、話題を呼んだ。
そんな対戦は熾烈を極める。
前半、殴られ蹴られ、岩豪は血まみれだった。
それでも、岩豪は一歩も退かず、果敢にタックルを続ける。後半から岩豪が攻め続け、皇は防戦一方。
結果は判定、三対二で、岩豪の勝ちだった。
「父ちゃん、暫定勇者になった! 俺は勇者になるぞ。父ちゃんとの約束、絶対に守るからな!」
このとき父が見せた穏やかな表情を岩豪は忘れない。しかし、それから数日経って父は意識不明となり、防衛戦を迎える前に、この世を去ってしまった。
それから間もなくして訪れた防衛戦。相手は再び皇だった。今度は圧倒的な差を見せつけられ、敗北する。前回の対戦はなんだったのか、と思ってしまうほど、明確な力の差があったように思えた。
もしかしたら、父との約束は守れないかもしれない。それに、父のいない世界でこれ以上戦う必要があるのだろうか、と圧倒的な才能を見せつけられた岩豪は肩を落とした。
しかし、岩豪は自分が通うスクールに綿谷華がいることに気付く。
「おい、皇。綿谷華がいるぞ。知ってたか?」
驚きを共有しようと皇に言ってみたが、彼は涼しい顔で答える。
「知ってるよ。彼女、暫定勇者だし」
「……え?」
「……知らなかったのか?」
皇の無口をいちいち指摘することなく、岩豪は綿谷華の活躍を追った。
暫くして、防衛戦に勝利して歓声を浴びる彼女の姿を見る。鍛錬がつらいとき、どのように乗り越えているのか、と聞かれた彼女はこう答えていた。
「私は誰かのために戦っているわけではありません。自分の心の声に従っているだけです。これからも高い壁を前にして立ち止まることがあるかもしれない。そんなとき、心の声に耳を傾ければ、自分が何をしたいのか、何をすべきなのか、それがわかるはずです」
岩豪は自分の心の内を聞いてみた。
ここで諦めて後悔しないのか。
一度の敗北で放り出すのか。
何をしたい。
何をすべきだ。
岩豪はすぐに練習を再開する。
同時に、綿谷華への憧れを強め、彼女をものにしたいと思うようになった。きっと彼女を手に入れられたら、自分の価値を証明できる。
そして、無意識だとしても自分の背を押してくれた彼女に恩を返せるならば……。そんな想いも抱くようになったのだった。
皇は確かに高い壁である。
しかし、それを乗り越えてこそ、本当の価値を証明できるはずだ。
そう考えていたはずなのに……。
神崎誠、という男の登場は、岩豪にとって全くの想定外だった。強いものを倒せば、本当に価値あるものが手に入る。そのはずが、弱いものが何もかも手に入れようとしていた。そんなことが許されるわけがない。
神崎との対戦。
二ラウンドが開始される。
油断していた……わけではない。格下とは言え、少しでも手を抜いてしまえば一瞬の隙を突かれる。そして、それが致命的となってしまうくらい、この世界が厳しいものだと言うことは十分理解しているからだ。
しかし、神崎と言う男は針の穴に糸を通すが如く、岩豪のわずかな隙を突いてきた。その後の猛攻により、何度も意識を失いかけたが、倒れるわけにはいかなかった。
勝つためには、今まで自分が信じてきたことを貫くのみ。
タックル。タックル。そして、タックルだ。
何度も神崎の腰を目がけて飛び付くが、力が入らなかった。自分が思っている以上にダメージがたまっているらしく、まともに踏み込むことすら難しかった。
それでも、それでもタックルでやつを倒すしかない。
岩豪は踏み出す。
今にも動かなくってしまいそうな足に力を込めて。
「面白かった」「続きが気になる」と思ったら、
ぜひブックマークと下にある★★★★★から応援をお願いします。
好評だったら続きます!




