【話を聞いてくれる相手】
「岩豪鉄次は典型的なレスラータイプです。いえ、典型的と言うよりは、徹底的と言うべきかもしれません」
三枝木さんは説明する。
「タックルで相手を倒して上から殴り付ける。それを突き詰めたスタイルですね。倒されてしまったら、抜け出すことは至難。失神するまで殴られてしまうでしょう」
岩豪の大きな体に抑えつけられ、一方的に殴られる。
想像するだけで、ぞっとするではないか。
「しかし、逆を言えば倒さなければ、相手の攻撃を完封できる。倒されなければいいのです」
「でも、岩豪のタックル、ミニトラックの衝突みたいに強烈ですよ? あれを受けて倒れないようにするって、可能なんですか?」
「……無理ですね」
三枝木さんは自分の発言がどれだけ無謀だったか再認識したように笑い出してしまう。
「じゃあ、勝ち目ないじゃないですか!」
「違います違います。要はタックルされないように戦えばいいのです。もちろん、最悪を想定して倒された後の対処法も練習すべきですが、これは簡単に習得できるものではありません。特に岩豪くんのレベルとなると」
「タックルされないように戦うって、そんなこと可能なんですか?」
「普通であれば、これも簡単に習得できないことです。でも、神崎くんの才能ならできる、と私は考えています」
三枝木さんは優し気な笑顔を見せる。いつもなら、そう言ってもらえただけで調子に乗って頑張ったのかもしれない。ただ、僕にそんな才能があるとしても、戦う理由にはならないのでは……。
なんだろうか。
戦いに意識を集中しようとすると、皇の言葉が頭を過ってしまう。
そんな葛藤を打ち消すように、三枝木さんが手を叩いてから言った。
「とにかく、練習です。どんな天才でも努力しなければ、勝ちあがることはありません」
ああ、そうだ。
岩豪も皇も、きっと地獄みたいな練習を日々繰り返しているんだ。
もし、次の対戦で負けたら彼らは積み重ねた努力が、一瞬で崩れ去ってしまう。
そこまでして戦う理由があるのか?
皇が耳元で囁いたような気がした。
火曜日の放課後、ハナちゃんから連絡があった。
「今日は先に帰る。明日から朝練も力入れるから、一人で登校しろよ」
やはり、彼女も思っているのだろうか。僕が足手まといになっている、と。
アスーカサのクラムで、今日も三枝木さんの指導を受ける。しかし、三枝木さんに教えられた戦術を上手く再現できず、僕は何度もタックルで倒されてしまった。
「……少し練習環境を変えた方がいいかもしれないですね」
三枝木さんが言った。
「私の知り合いが経営するクラムへ行ってみてください。ユビスにあるんですが」
たぶん、三枝木さんも僕に呆れれてしまったのだろう。僕みたいなやつに時間を裂いている暇はない、って。当然のことだ。僕は戦う資格のない男なんだから。
「おい、誠。何をしているんだ」
部屋で横になっていると、
またもセレッソがノックもなしに入ってきた。
「クラムに行く時間だぞ 。お前に休んでいる暇はない。練習だ、練習」
いつもなら、スクールが終わったらアスーカサに直行する。だけど、今日は三枝木さんの知り合いが経営するクラムへ行くことになっていて、それも億劫で一度部屋に戻ったら、外に出れなくなってしまったのだ。
「うるさいな。僕だって一人になりたいときくらいあるんだ。ほっといてくれ」
「どうした、遅れてきた中二病か? 反抗期か? 何かのアニメの影響で思い悩む俺かっこいい状態か? 面倒なやつだな」
いつもなら、一言二言は返してやるところだが、今日はそんな気になれなかった。
「……どうした? 何かあったか?」
流石のセレッソも様子がおかしいと感じたらしい。
その心遣いを悪く思うことはないが、喋る気にはなれず、彼女の顔を見る気にもなれなかった。
「あ、わかったぞ」
背中越しにセレッソが言う。
「綿谷華にフラれたな? それとも、何かやらかして気持ち悪がられているのに、すっ転んだふりしてスカートの中でも覗いたのか?」
僕はそんなラブコメに出てくるようなラッキースケベスキルは持っていない。
こうなったら無視を込め込んでやろう、と思ったが、セレッソは正解に辿り着いたと言わんばかりに手を叩いた。
「わかった。じゃあ、あの女をぶん殴ってきてやる。そうすればお前の気も少しは晴れるだろう。私もあの女は生意気だと思っていたから、ちょうどいい」
「ばばばば馬鹿か、お前は! ハナちゃんは関係ないし、あの子に喧嘩売ったら、殺されるだろうが」
「大丈夫。鈍器を使って殴るから。しかも不意打ちでやる」
「何も大丈夫じゃねぇよ」
「確かに、鈍器では不安だな。鋭利な刃物の方がいいかもしれない」
「尚更やめろ。って言うか、鈍器や刃物を持った程度でハナちゃんに勝てるわけねぇだろ」
思わず起き上がった僕は、セレッソと顔を合わせてしまった。
……何となく居心地が悪い、と思ったが、セレッソは僅かに微笑む。
「だったら、何があったのか話せ。話を聞いてくれる相手がいるって、割りと幸運なことなんだぞ?」
「でも、さ……」
「じゃあ、綿谷華が死ぬことになる。決定だ」
「わ、わかったよ。話すから」
「うむ。話せ」
たまにはセレッソも女神らしい優しさを見せることもあるようだ。
でも、こんな脅しみたいな優しさってあるか?
少し遅くなってしまったが、三枝木さんに言われた通り、ユビスにあるクラムへ足を向けた。
「ここだよな」
クラムの前で立ちすくむ僕。
セレッソに背を押されてここまでやってきたものの、やはり知らない環境へ足を踏み出すには勇気がいる。
「あ、あれ? あれれれれ!?」
背後から聞き覚えのある声が。
振り向くと、僕と同等レベルで冴えない感じの高校生らしき男子が立っていた。
「あ、あれ?」
その彼を見て、僕も思わず声を上げる。
「神崎くんじゃん! どうしてここに?」
「君こそ、どうしてここに?」
「どうしても何も、僕はここのクラムに通っているから」
意外なところで顔を合わせた人物。
それは同じクラスメイトの雨宮達郎。
ノームドが現れたとき、色々と教えてくれた、雨宮くんだった。
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