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――― プロローグ ―――

佐山修斗は暗い廊下で立ち尽くしていた。目の前には病室の扉が。重病患者のための個室で、ネームプレートには向井カレンと書かれていた。


「来てたのか」


後ろから呼びかけられ、修斗は振り返る。そこには、古くからの友人である藤原芳樹の姿が。神が宿る右腕と言われ、神速の右ストレートでスクール時代から勇者の地位を獲得した彼だが、今その腕は無機質な義手だ。


「入らないのか?」


返事のない修斗に、芳樹は微笑みを浮かべながら、問いかけた。取り付けたばかりの義手は、まだ馴染まず、痛みも残っているはずなのに、芳樹の微笑みは友人に対する親しみが感じられる。そんな彼から顔を背け、修斗はやっと口を開いた。


「俺なんかが、カレンの顔を見る資格はない」


呟くような彼の返答は、たっぷりと自虐や自戒が込められているが、芳樹は子どものワガママを目にしたように、控えめに笑った。


「まだ気にしているのか?」


「すぐ割り切れるわけがないだろ」


二人は個室の前から離れ、近くのベンチへ腰を降ろす。


「俺もカレンも後悔していない」


芳樹の言葉に、顔を上げる修斗。彼は義手に触れながらも、真っ直ぐな瞳で過去を見つめるようだった。


「それに戦争も終わったんだ。修斗だって、元の生活に戻るべきじゃないか?」


「俺にとって元の生活は……芳樹とカレンが一緒に笑ってくれる日々だった。それなのに、俺が壊した」


「……戦争だったんだ。お前が悪いわけじゃない」


「俺のせいだよ」


それ以上、慰めの言葉が出てこなかったのか、芳樹も黙り込んでしまう。一分か二分経つと、芳樹が立ち上がる。


「じゃあ、カレンの様子を見てくる。本当に、入らないのか?」


修斗が頷くと、芳樹は向井カレンが眠る病室へ入って行った。


「俺さえ、馬鹿なことをしなければ……」


誰もいない病院の廊下は、修斗の呟きも沈黙の中に飲み込んでしまう。


五分もすると、芳樹が病室から出てきた。


「じゃあ、俺は先に帰るから」


「うん」


立ち去ろうとする芳樹だが、躊躇うように足を止め、振り返った。


「なぁ、修斗。こんなことを言っても、お前の気は晴れないと思うが……気にしないでくれ。俺も気にしていないし、カレンだって気にするような女じゃない」


芳樹は返事を待ったが、沈黙は深くなるばかり。どんなに待っても顔すら上げない修斗に、芳樹は根負けするように立ち去るのだった。


一人になり、頭を抱える修斗。罪悪感に体が震えた。これからずっと、この罪を背負いながら生きねばならない、と思うと心が押しつぶされそうだ。


それでも、彼女の姿を目にしたい。修斗は重たい体を立ち上がらせ、病室の方へ。ゆっくりと扉を開くと、一定のリズムで小さな電子音が聞こえてきた。


光が差し込み、病室の中を照らすと、管につながれた彼女の姿が。


「か、カレン……」


病室を覗けば、どんな光景が広がっているのか、もちろん知っていた。それでも、いざ目にするとその痛々しさに目を背けてしまう。


「すまない。……すまない!」


アッシアの地で行われた戦い。そこで、二人の親友は自分を庇って大きな怪我を負った。一人は誰からも褒め称えられた右腕を失い、もう一人は意識を取り戻すとは限らないと言われている。どうして、こんなことに……。


「あんな戦争さえなければ……。女神様、どうか奇跡を……。カレンを返してください」


膝を折って嘆く修斗だったが……。


「女神などに祈らずとも、奇跡を起こす方法があるとしたら……貴方はどうしますか?」


誰もいないはずが、突然背後から声があり、修斗は弾かれるように振り返る。そこには、一人の女が立っていた。修斗は勇者だ。第二次オクト・アッシア戦争に参加し、それなりの戦果も挙げるほどの実力者である彼に、気付かれることなく背後に立つとは……


「あんた、何者だ?」


「私はナターシャと言います」


「名前を聞いたつもりはない。どこの組織に属し、何が目的だ」


修斗の質問をありきたりだと笑うように、女の口は弧を描く。


「……私は戦争の敵です」


「なんだって?」


「理不尽の敵であり、無秩序の敵でもあり、そして、それを許す者の敵。つまり、この世界を歪める悪、すべての敵なのです」


得体知れぬ気迫に言葉を失う修斗だが、女が手を伸ばす。


「想い人を救う奇跡、貴方に与えましょう。だから……私たちと共にきてください」


ここはオクトの王都、ウオークオートにある病院。つい先日行われた戦争で負った傷を癒すため、多くの人で溢れている。そんな場所で新たな悲劇が生まれようとしていた。

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