【拗ねる女が三人】
何も言わなくなったイワンの前に膝を付き、アオイちゃんは動かないまま。既に、魔王としての姿ではなく、中学生くらいの見た目の彼女に戻っていた。
僕が背後に立っても、振り返ることなく、ただイワンの前で顔を伏すばかり。
「……私が憎いなら」
アオイちゃんは言う。
「殺してもいいよ」
「……アオイちゃん」
彼女はイワンの前で、拳を握りしめた。
「今度は、願いを叶えてあげられると思った。想いを届けられると思った」
「……ソール」
どこにいたのか、セレッソが僕の後ろに立っていた。懺悔するようなアオイちゃんの背中を見て、憐れむように。
「でも、私はできなかった! 二度も先に死なれてしまったんだ!」
拳を叩き付けるアオイちゃん。
「そんな私に、もう生きる気力はないよ。だから、もういい。殺してよ」
目も当てられないような悲壮な姿だが、セレッソは口を開く。
「私は……お前を殺すつもりはない。申し訳ないとすら思っている。だが……」
セレッソが僕を見た。そう、僕の怒りは収まってなんかいない。今だってイワンを殺してやりたい気持ちでいっぱいだ。アオイちゃんだって……。
「誠」
セレッソの呼びかけに、振り返ると彼女は通信端末を手にしていた。
「フィオナから電話だ。出るぞ?」
「……好きにしろよ」
セレッソが端末を耳にあてる。
「私だ」
「何だか静かになったみたいだけど、戦いは終わったの?」
電話の向こうのフィオナの声も、女神の聴力を有する僕には聞こえてきた。
「ああ、イワンは死んだ。あとはタンソールだが、誠に委ねるつもりだ」
「女神を手に掛けるのは、さすがに抵抗があるわね。まぁ、誠なら殺すことはないだろうけど」
そんなことはない。今の僕はアオイちゃんを許せそうにない。たくさんの人を殺した。
でも、正直それは現実感がなくて、だから彼女を許せないわけじゃない。
僕にとっては、ただハナちゃんが……。
「……どうだろうな。今の誠なら、そういう決断だって、あり得るはずだ」
セレッソは僕の気持ちを理解してるらしかった。アオイちゃんはセレッソの旧知らしい。が、セレッソが僕に委ねと言うのなら……。
「もしかして、誠……怒っているの?」
どこか不服そうなフィオナの声に、セレッソは答える。
「ああ、怒っている。お前だって、その理由くらい、わかるだろう?」
何が不満なのか、フィオナは呆れたように溜め息を吐いた。
「……そんなに怒っているんだ」
逡巡らしい沈黙の後、フィオナは言った。
「じゃあ、こう伝えて」
「なんだ?」
「生きているわよ」
「誰が?」
「綿谷華。生きているから」
えっ?
「確かに大怪我したけど、治療済みで命に危険はない。誠が勝手に勘違いして、飛び出して行っただけなんだから」
「誠。だ、そうだが? って、お前……待て、この状況で私を一人にするな!」
セレッソは引き止めたが、僕はワクソーム城を飛び出していた。まだ制御になれていない女神の力で空を飛び、ぶつけたり、衝突したり、あっちにこっちに遠回りしたが、何とかフィオナがいるオクトの移動要塞にたどりついた。
「ハナちゃん!!」
「ま、誠??」
電話を片手に、目を丸くするフィオナ。
「ハナちゃんはどこ?? 生きているの?? 生きているんだよね!?」
フィオナは慌てる僕を睨み付けると、電話を切ってから顎で方向を示した。そこには先程と変わらず白い担架に横たわるハナちゃんが。
「ハナちゃーーーん!!」
僕は駆け寄り、彼女に呼びかけるが、目を開くことはない。
やっぱり、死んじゃっているの??
いや、気を失ったままなのか??
僕は担架のすぐそばに、雨宮くんとニアがいることに気付いた。
「ねぇ、ハナちゃん……どうしたの?? 意識が戻ってないの??」
「えっとね」
説明してくれたのは、雨宮くんだ。
「意識はあるんだけど、拗ねているんだよ」
「拗ねてる……?」
「ワクソーム城で倒れていたところ、岩豪くんが見つけて、綿谷先輩を外に連れ出したんだけど、出血がやばくて、本当に死んじゃいそうな状況だったんだ。だけど、そこに偶然セレーナ様がいてさ」
「あいつの話をするな!! い、いってぇ……」
急に飛び起きるハナちゃん。
が、傷が痛むのかお腹の辺りを抑えた。
「は、ハナちゃん……!!」
「な、なんだその姿。本当に誠か?」
僕の姿を見て驚くハナちゃん。
いや、そんなことより、本当に良かった。無事だったんだ!
「大聖女、セレーナ・アルマの回復魔法は段違い。たちまち傷を治してしまったそうよ」
真後ろにフィオナが立っていた。
「天敵であるセレーナに助けられて、ずっと不貞腐れていたのよ。そのせいで、誠まで取り乱しちゃって……なんなのよ」
「……よかったぁ」
急に、体から力が抜けてしまった。
「「誠!!」」
誰かの声が重なり、僕の体が支えられたような気がしたが、意識が途切れて、その後のことは何も覚えていないのだった。
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