【あいつをぶん投げろ】
ノームドは僕が敵であると認識したわけではないらしく、あらぬ方向へ歩き出そうとしていた。
「ちょ、え…どこ行くの?」
ノームドの背に問いかける僕に、武田先生が大声を飛ばす。
「おい、神崎! 話しかけてどうする。逃がさないように気を引け!」
みんなの笑い声が聞こえた。
くそっ、何て恥ずかしいんだ。
「こっちだ! こっちだぞー!」
先生の言う通りにしてみたが、ノームドは少しも反応してくれない。むしろ、立ち去ってしまいそうだった。
「だから、話しかけてどうするんだ! 背中を向けているんだから、蹴り飛ばしてやれ!」
「は、はい!」
僕は思いっ切り助走をつけてから、ジャンプして、ノームドの背中を蹴り付けてみる。
ノームドはその勢いで何歩か前進を強いられたが、ダメージらしいものがあったかどうかは怪しく、その感情のない瞳をこちらに向けてきた。
「よし、こっちだ! かかってこい!」
こっちは見ているものの、さっきと違って威嚇する様子もない。本当に敵として認識しているのだろうか。
もう少しアピールして気を引くべきなのか?
だとしたら、何をするべきなんだろう。
頭を悩ませていると、突然ノームドが一歩前に出て、ビルを薙ぎ倒す巨大怪獣みたいに、腕を振るってきた。
余計なことを考えていたせいで、僕は反応に遅れてしまい、その重々しい一撃を躱すことなく、受け止めることに。
ガードの上からでも伝わる衝撃。
僕の体は勢いに流されて、民家の塀にぶち当たった。
「ぐへぇ!」と悲鳴を上げながら跪く。
なんてパワーなんだ。
確かに、これは人間とは違うぞ。
なんて驚いている間に、ノームドは距離を詰めて僕を見下ろし、次の一撃を放とうと腕を振り上げていた。
「やばい!」
即座にその場から離脱して、事なきを得たが、圧倒的なパワーにしり込みしてしまう。
あんな化物、どうやって倒すべきなんだ?
って言うか、
前回はどうやって倒したんだっけ?
助けを求めた方がいいと思うけど、それはマジで情けないぞ。
ノームドがのしのしと近付いてきたので、距離を取って次の攻撃に備えるが、またも武田先生からの声が。
「神崎! 敵の攻撃が怖いなら組み付け! 組み付いて倒すんだ!」
流石は勇者科の先生。
くっ付けば殴られる心配はないってわけか。
僕は右左と体を揺らしてフェイントを見せた後、体勢を低くした状態で飛び込んだ。ガシッとノームドの腰に抱き着き、全力でしがみ付いた。
よし、取り敢えず組み付きに成功したぞ。
成功したけど、次はどうするんだ?
迷いながらも、ハナちゃんに投げられたときの感覚を思い出しつつ、僕はノームドの足を払おうとした。しかし、巨大な柱と相撲を取るかのように、びくともしない。
むしろ、ノームドの怪力によって簡単に引き剥がされ、ドンッと押し出されてしまった。僕は放り投げられた人形みたいに吹き飛んで、背中からアスファルトの上に叩き付けられてしまう。
頭を打ったわけではないが、目がチカチカして意識が飛んでしまいそうだ。
先生の言う通りにしたけど全然ダメじゃないか、と立ち上がろうとしたが、ノームドが目の前に。
そして、あの太い腕が振り上げられる。
やばい、死ぬかも……!
と体が固まってしまった瞬間だった。
「先輩、伏せて!」
女の子の声が聞こえたかと思うと、目の前が真っ赤になり、反射的に顔を伏せた。
同時に、ごぉっと風が吹いたかと思うと、物凄い熱に体を撫で付けられる。なんだこれ、火に晒されたんじゃないかってくらい、熱いし息苦しくて熱いぞ?
その熱から逃れるために、アスファルトの上を這って離れると、何とか自然と呼吸できるようになった。安全を確保できただろう、と振り返ってみると、驚くべきことにノームドの上半身が炎に包まれている。
あの熱さ、本当に火だったんだ!
「先輩、立って! こっちに」
誰かが僕の腕を引っ張る。
その力に助けられ、何とか立ち上がって、さらに離れてから炎に包まれるノームドを見た。
あのまま、倒せるんじゃないか?
「大丈夫でしたか、先輩」
「あ、ありがとう」
助けてくれたその人の方へ振り返る。
彼女は小柄な女の子で、その身を黒いローブで包んでいた。もしかして……。
「魔法科の人……?」
「あ、はい。魔法科一年六組の猪原芹奈です」
控え目な声で名乗る彼女……芹奈ちゃんが頭を覆っていたフードを取ると、ツヤツヤな黒髪ボブが露わとなった。僕は何だか彼女に魅入られてしまう。それは、彼女が美女だということはもちろんなんだけど……。
「どこかで見覚えが……」
僕の呟きは芹奈ちゃんには聞こえなかったのだろう。彼女は怯えるように顔を歪めてから「ご、ごめんさない、先輩」と、なぜか謝った。
「私の魔法では制圧できなかったみたいです」
彼女の視線の方へ目をやると、炎で身を包まれていたノームドが。しかし、炎は次第に小さくなり、やつが体を揺すると、残り火は振り払われてしまった。
そうか、今のが魔法か。
流石は異世界。
とんでもないものがあるぞ。
……が、あれを受けてもノームドは倒せなかったってことは、やっぱりあいつはとんでもない化物じゃないか。
これは、なかなかのピンチだ。
だけど、今までもこういうシビアな場面が何度かあったはず。そのとき、僕はどうしていたんだっけ。
「落ち着け、誠。相手の動きをよく見るんだ」
セレッソの声が頭の中で響く。
そうだ、僕の動体視力は群を抜いて優れているんだ。今までも、ピンチのときはそれで切り抜けてきたんだから。
深く息を吸い込む。
大丈夫。ちゃんと見える。
自分に言い聞かせて、ゆっくりとだが着実に迫りくるノームドを見据えた。
やつが自分の射程距離に入るまで、足を進めたかと思うと一度停止する。
いつ次の攻撃がやってくるのか。
この瞬間はいつも逃げ出したくなるほど恐ろしいが、乗り越えたときこそ、勝機があると僕は知っているはず。
よく見ろ。
踏ん張れ。
勇気を出すんだ。
ノームドの右手が持ち上がり、一瞬後ろに退いてから、思いっ切り振り回してきた。
「おりゃああああーーー!」
振り回されたノームドの腕を潜るようにして、やつの腰に組み付く。
完璧なタイミングだ。
今度こそ、ぶん投げてやる!
と、思いっ切り力を入れたが、ドンッと側面から衝撃があったかと思うと、またも僕の体は宙を浮いていた。
そして、アスファルトの上を転がる。超痛い……。
「先輩!」と芹奈ちゃんが心配する声。
完璧だと思ったのに、なんて情けないのだろう。
そして、一つ気付いたことがある。
あいつをぶん投げるって、僕なんかにはできないことなのでは……?
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