【覚悟はできているか?】
「久しぶりだね、セレッソお姉ちゃん」
アオイちゃんが今までにない鋭い視線をセレッソに向ける。
「ああ。十年ぶりだな、タンソール」
明らかにセレッソは動揺している。ここにアオイちゃんがいるってことは、どうやら想定外だったらしい。
「セレッソ? タンソール?」
横で狭田が首を傾げる。
「どちらも女神の名前やんか。あいつら、劇団でそういう役でもやっているんか? それより、皇どうしたんや? さすがの天才も最終決戦でプラーナ空っぽか?」
「……狭田くん。悪いけど、皇を頼む。今からやばいことが起こるかも」
「頼むって?? いくら疲れてるからって、甘やかすなや。プラーナがなくても、自分で歩けるやろ」
そう言いつつも、皇の体を任せると、狭田は素直に担いでくれた。そして、その感触で皇の状態に気付いたらしい。
「お、おい……。皇のやつ、もしかして!?」
「そうだよ。だから、すぐに皇を安全なところに運んでくれ。僕らもチャンスがあったら、逃げるから!」
狭田はアオイちゃんを見て、そのただならぬ雰囲気を察したのか、大人しく頷いた。
「よく分からんが……死ぬなよ、神崎」
僕は黙って頷く。狭田が立ち去るが、やはりアオイちゃんは興味がないらしく、見逃してくれた。今の彼女は、セレッソのことで頭がいっぱいらしい。
二人は睨み合い、嫌な空気を垂れ流すままだった。
「お姉ちゃん、アッシアまで何しに来たの?」
「……お前を止めるため、ここにきた」
「何言っているの? あいつに捕まって、体いじられて、女神の力を失ったんでしょ? ピオニーに聞いているんだから」
黙るセレッソ。さすがのあいつも、魔王と呼ばれるアオイちゃんの前では、大人しいらしい。
「何か言いなよ。謝るか、命乞いするか、言うべきことはたくさんあるでしょう? それとも、千年前の恨み、私が水に流したとでも思っているの?」
それでも、黙っているセレッソに、アオイちゃんは苛立ちを隠せないようだった。
「……謝って許してくれるなら、謝る。だが、もうイワンに力を貸して、戦地を広げることはやめてもらえないか?」
「そうはいかないよ。誠お兄ちゃんにも言ったけど、私はイワンに恩があるんだ。あいつに助けてもらったんだよ。誰かのせいで、千年間も暗いところに閉じ込められたからねぇ」
「……悪かった。あのときは、お前に動かれたくなかったんだ」
「謝ったとしてもね、戦争はやめない。イワンとの約束通り、お姉ちゃんの国、オクトを滅ぼせば、少しは気分だって晴れるかもしれないけど」
「……お前だって、もともとはオクトの人間だろう!」
「千年も前に帰る場所があったというだけで、それを故郷と言えるか! そもそも、あんな場所に何の思い入れなんてない!」
どういう会話なのか分からないが、セレッソが火に油を注いでしまったのは、確かなようだ。アオイちゃんはその目に怒りの炎を灯し、セレッソに言い放つ。
「ああ、もう! ムカついたよ。ぶっ壊す。やっぱり、オクトはぶっ壊す。お前がそうさせたんだぞ、セレッソ!」
アオイちゃんが、一歩だけ前に出た。僕らにとっては、それだけで脅威だ。たぶん、力の差としては、アフリカゾウとアリみたいなもの。いや、もっと差があるかもしれないのだから。
「それとも、先にお姉ちゃんのことを殺しちゃおうかなぁ。そうだ、そっちの方が良い。お姉ちゃんを殺した後、オクトをぶっ壊して、海に沈めてやる!」
「……分かった」
セレッソは降伏するように両手を上げた。
「お前に酷いことをしたのは、今さら謝っても許されないことだ。この命を持って、詫びさせてもらう」
アオイちゃんはセレッソの降伏をどう思ったのか、ただ鋭い視線を向けている。セレッソは緊張感に溢れながらも、降伏宣言を続けた。
「しかし、一つだけ頼みがある。死ぬ前の願いを聞いてくれ」
「……聞いてあげてもいいけど、必ず殺すし、必ずオクトも沈める。わかったね?」
「できればオクトに手を出してほしくはないが……分かった」
セレッソが頷くと、アオイちゃんは少しだけ納得したのか、殺気が和らいだようだった。
「で? 願いってなに?」
セレッソは両手を上げて降伏を示したまま、顎で僕を示した。
「少し、この男と会話させてくれ。三分程度で良い」
「……それだけ? 千年も生きて、最後の願いが?」
セレッソは薄い笑みを浮かべる。
「惚れた男なんだ。仕方ないだろう」
あ、あいつ……この状況で、よくそんな冗談が言えるな!!
しかし、アオイちゃんは案外懐が深いというか、寛容というか、それを認めてくれたみたいだった。
「まぁ、いいよ。誠お兄ちゃんは、確かに良い男だからね」
「助かるよ。じゃあ、少し離れたところで話させてくれ」
「離れる? 意味あるの? 女神の聴力がどんなものか、知っているでしょ?」
「気持ちの問題さ。近くで聞かれると、さすがに照れるだろ?」
「ふーん。まぁ、いいけど」
そう言って、セレッソは僕の横まで移動すると「あっちに」と耳打ちした。距離を取る僕たちだったが、その背中にアオイちゃんが呆れたように言う。
「それにしても、惚れた男かぁ。千年前のお姉ちゃんのことを思うと信じられない言葉だねぇ。いや、お姉ちゃんらしいとも言うのかなぁ」
なんだなんだ?
どういう意味なんだよ。
セレッソの過去に何があったって言うんだよ。
部屋の隅に移動すると、セレッソは大きく溜め息を吐いた。
「殺されるかと思った。いや、今だって殺されるかもしれない状況に変わりはないが……何とか、この状況に漕ぎつけた、というところか」
「おいおい。僕はぜんぜん話しについていけないぞ。アオイちゃん、かなり怒っているみたいだけど、許してもらえる算段はあるのか??」
何も呑み込めていない僕だったが、セレッソと会話できたことで、落ち着いている自分に気付く。なんだかんだ、この世界で僕のすべてを理解し、それでも認めてくれているのは、こいつだけなのだから。
そんなセレッソが、僕を真っ直ぐ見て言うのだった。
「誠、これから私の言うことをよく聞け」
「な、なんだよ」
「お前は……世界を救う覚悟、できているか?」
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