◆イワン、アッシアの歴史の中で⑮
「さっき、海の上から見たぞぉー? アキレムの船がたくさん向かっていたねぇ」
タンソールは踊るように体を回転させながら、イワンを中心に円を描いた。
「分かっている。分かっているとも! 君の願いは分かっている。女のために国を守るなんて、君も男になったなぁ。よしよし、君の男を上げてやる。ちょっと待っているんだよ」
タンソールは夜空を見上げ、深く息を吐くと、地獄の底から聞こえてきたような声で呟いた。
『ナノマシン・タンソール、起動』
すると、タンソールの頭髪が黒からオレンジ色に変化する。そして、目の周りに血管のような文様が浮かび上がったかもと思うと、背中から翼が伸びた。
「アキレムの小虫どもは、すぐに払ってあげるんだから!」
タンソールが空に飛び立つ。イワンはその姿をただ眺めていたが……間もなくして、東の空が赤く染まっていることに気付くのだった。
「どう? これで二つ目の願いも叶えてあげたよ」
ワクソームからイザールの海まで、どれだけ離れているのか。それでも、タンソールはすぐに戻ってきた。そんな彼女に対し、イワンは無表情に言う。
「別に、私は何も願っていない」
「……へっ?」
「アキレムを追い払ってほしいなんて、一度も言っていないが?」
「……いやいや! でも、心の中で願っていたよね? 混乱状態であるアッシアに、アキレムが攻めてきたら困るでしょ!」
「確かに」
「でしょ? 奇跡でも起きなければ、アキレムに占領されていた。私に願わなければ、どうにもならなかったんだ」
「……そうかもしれない。が、願っていないのも確かだ」
「……君、なかなか肝が据わったやつだなぁ」
二人は黙り込み、お互いの異常性について考えていると、マカチェフが現れた。
「大変だ、イワン! アキレムの艦隊が消滅したぞ! 早く司令室に戻って……だ、誰だ?」
ワクソーム城に入り込むはずのない少女の姿に、目を丸くするマカチェフだが、イワンは平然と答える。
「中尉殿、紹介します。私の友人、タンソールです」
「タンソール……?」
そこから、イワンは司令室に戻り、タンソールを紹介する。イワンはタンソールとの出会いを説明し、たった今アキレムの艦隊を消滅させたことも伝えたが、もちろん誰もがそれを真実として受け取りはしなかった。
「じゃあ、この女の子がワクソーム城から飛び立って、一人でアキレムの艦隊を破壊してから、たった数分で戻ってきたというの? いくらなんでも、信じられないわ」
いつもイワンの言動を肯定してくれるクララすら、呆れたように首を横に振る。
「しかも、名前がタンソールなんて冗談が過ぎる。貴方、その名前がどういう意味を持つか、分かっているの?」
クララは近所の生意気な子どもに説教するかのようだったが、タンソールは肩をすくめるだけ。
「よく知らない。花の名前だったと思うよ、確か」
「そういう意味じゃありません。タンソール様は、五大女神の一人。しかも、このアッシアの守護女神様よ? それを名乗るなんて……私は女神信仰に厚いわけじゃないけれど、不謹慎だということは分かるわ!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
捨てな子どものように――実際、子どもの姿で――唇を尖らせ、タンソールは助けを求めるようにイワンを見た。
「ねぇ、イワン。この女に言ってやってよ。私がその女神タンソールだってことを」
イワンは首を傾げる。
「……君、女神だったのか?」
「……気付いてなかったの?」
返事すらしないイワンに、タンソールは頬を引きつらせる。
「じゃあ、革命前夜、私に願ったあれはなんだったの? 契約を覚えていたから、あんなことを言ったんじゃないの?? 革命を成功に導いてくれって言うから、西に出た敵を全滅させておいたんだからね?」
「……ああ、確かに願ったな。だが、君に願ったつもりではないが、結果的に君に願ったということか?」
「そうだよ、私が女神様なんだから。あれは一つ目の願いとしてカウントするからね」
「……君が女神様、か」
腑に落ちないイワンだが、それはタンソールの苛立ちを刺激するだけだ。
「じゃあ、どこに羽が生えて飛ぶ女がいるわけ? そんなの、女神しかあり得ないよね! 私と出会ったあの夜、君は何と出会ったつもりだったわけ??」
「……年上の女と出会った。それだけだと思った」
「ねぇ、イワン」
再びクララが割って入る。
「子どものころに出会ったってことは、私も知っている場所なの? この子、どこにいたの?」
「君にも話したことがあるだろう。ダロンおじさんの畑の近くに広がる森の話を」
「待て! 待て待て!!」
次にマカチェフが混乱気味に入ってきた。
「イワン、クララ。君たちの故郷はノシロ村だったよな?」
二人が頷くと、マカチェフは頭を抱えた。
「思い出したぞ、世界神話の女神戦争に関するエピソードを! 女神タンソールは、女神セレッソと女神アイリスによって、ノシロ付近に封印された、と」
それから、マカチェフたちは女神戦争に関する歴史を調べる。各国の神話に描かれる同じ場面を確認したが、やはり女神タンソールは、イワンたちの故郷で封印されたという記述があるばかりだった。
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