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◆イワン、アッシアの歴史の中で⑪

それからの一年間は、イワンにとってある意味、幸せな日々だった。確かに、革命軍として戦うことはつらかったが、どんなときでもクララが傍にいる。


イワンにとっては、それだけで良かった。しかし、それだけでなく、イワンにとって親しい人間が、革命軍に参加していたことも、幸せを感じられるもう一つの理由だった。


「イワン、明日の演説はお前も頼んだぞ」


「はい、中尉殿」


「だから、中尉はやめろと言っただろ。今はお前の方が階級が上なんだから」


そういって笑うのは、マノテーブ戦争のとき、上官として共に戦ったマカチェフだった。彼もイワンのあと革命軍に参加してたのである。


「何を話すか、決まっているか?」


「……決まってません」


「大衆の心をより掴むための最後のチャンスだ。何を言うべきか、ちゃんと決めておけよ」


「はい、中尉殿!」


「だから、中尉は……」


そして、演説の日はやってくる。革命軍はイワンが参加してから、一年と言う短い時間で、大きな成果を上げた。英雄イワンが参加したことで、大衆の支持を得たのである。


そして、その日の演説もアッシア国民に自分たちが正義であることを、改めて宣言する目的があった。


「アッシア国民の皆さん、立ち上がる日がやってきのたです!」


マカチェフが街宣車の上で、集まった人々に呼びかける。


「政府は誤った女神信仰を正すという理由で周辺諸国へ攻撃を仕掛けているが、その実はアッシアの権威を広めるため、ということは……多くの人が知るところです。しかし、彼らの罪はそれだけではない! 近頃は人体実験を行い、体を改造した兵士を作っていると言うではありませんか。それは決して許されることではない!」


マカチェフの演説は大変な盛り上がりを見せた。満足げな顔で戻った彼は、イワンの肩を叩く。


「後はお前が締めるんだぞ、英雄!」


街宣車の上に乗ると、多くの人の歓声が。しかし、一年をかけて演説を繰り返したイワンにとっては、既に見慣れた光景である。そして、イワンは人々に呼びかけた。


「いまアッシアは周辺諸国に戦争を仕掛けている。それは正義のためでなく、ただ己の力を示すための戦いだ。アッシアの上層部は、おかしな方向へ進んでいる。私たちのような若い世代の人間が、それを変えなくてはならない」


イワンは戦争中、仲間だったコーミエの言葉をそのまま口にした。すると、人々は喜んだ。


「私は失った仲間のため、貴方たち一人一人のため、父のため、愛する人のため……そして、国のために全力を尽くそう!」


国のために全力を尽くす、というフレーズはテレビの収録中に何度も使った言葉だ。マカチェフから教わったフレーズに過ぎないが、今となってはイワンの決め台詞であり、大衆に求められているものだった。


この演説の効果もあって、イワンたち革命軍は国民の心を完全につかみ、数日後に首都ワクソームに攻め込むことになる。




ワクソーム攻撃の前夜。

イワンが眠っていると、彼の部屋の戸を叩く音がした。


「どうぞ」


眠気眼をこすりながら返事をすると、クララがやってきた。


「どうしたんだい?」


「ちょっと怖くて、眠れないの」


「……明日は決戦だからね」


それから、二人は飲み物を手に、窓辺で夜風を感じながら語り合った。ほとんどはスクール時代のの思い出だったが、クララがマノテーブ戦争のことを聞きたがったので、少しだけそのことも話した。


「やっぱり……戦争って怖いことなのね」


青ざめたクララを見て、イワンは自分が彼女を守らなければ、と強く思った。


「きっと、大丈夫さ」


「どうして、そんなことを言えるの?」


「僕が君を守る」


「英雄の貴方でも、すべてを思い通りにできるわけではないわ」


そういってクララは笑うが、やはり隠しきれない不安があるのか、彼女の表情を暗くしてしまう。


「きっと、女神様が守ってくれる」


イワンは少年時代、母に教わった言葉を思い出した。


「母さんが言っていたんだ。どうしようもないときは女神様に祈りさない。きっと、貴方の願いを叶えてくれるから、って。二人で願ってみよう」


やっとクララが明るい表情を見せる。


「まさか、貴方の口から女神様に祈ろうなんて言葉が出てくるとは思わなかった。……それで、何を願えばいいの?」


「……明日の革命を成功させてください。これでいいかな?」


クララは頷く。


「いいわ。じゃあ、一緒に」


二人は夜空に向かって、願いを口にした。


――女神様、明日の革命を成功に導いてください。


すると……。


「よかろう」


どこからか、聞いたこともない声が返ってくる。反射的に二人は顔を見合わせ、声の正体を探ったが、それが何か分からないまま夜が更けていく。最終的にクララが出した結論はこれだ。


「……不思議なことって、あるのね」


「きっと、明日は奇跡が起こる。そういうことかもしれない」


「そうね。じゃあ……明日に備えて寝ることにする」


そして、革命の日。イワンは奇跡を起こす。

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