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◆イワン、アッシアの歴史の中で⑦

スクール卒業の日。イワンは一枚の皿を買って、クララにプレゼントとして渡すつもりだった。しかし、

なかなかクララが見付からず、途方に暮れてしまう。やっと、校舎裏の駐車場でクララを見つけるが、彼女は卒業式を終えると、見知らぬ男女と車に乗り込もうとしていた。


「クララ!」


声をかけると、彼女は振り返った。


「イワン!」


そして、謎の男女に少し待っててほしい、と告げると、彼の方へ駆け寄ってきた。


「卒業おめでとう、イワン」


「クララこそ、おめでとう。……彼らは?」


イワンの質問にクララは喜びに溢れた表情を見せた。


「以前、話したでしょ? ワクソームで自由のために戦う戦士たちのこと」


「暴力から人を解放する?」


「そう! それが彼らなの。半年前、思い切って手紙を出したら、仲間として迎え入れたいって話しがあって。しかも、卒業と同時に組織の一員になれるよう、ここまで来てくれたの。私、今から旅立つのよ。自由のために!」


「……そう。夢が叶ったんだね」


「そういうこと。イワンは? これから、どうするの? やっぱり、この辺で就職するのかしら」


イワンは首を横に振る。


「僕は軍に入る」


「……え?」


「マノテーブに行くんだ」


クララから笑顔が消えた。そして、彼女はイワンを抱きしめる。


「お願い、イワン。もし、命の危険を感じたら、自分のやるべきことに集中して。そうすれば、きっと貴方は生きて帰れる。分かった?」


「分かったよ、クララ」


クララは体を離すと、イワンの頬に口付けした。


「じゃあね、イワン。絶対に無事で」


「待って、君にこれを。君と初めて出会ったあのお店で、買ったんだ」


アルバイトで貯めた、わずかな金を使って買った一枚の皿。


「……ありがとう。イワン、絶対にまた会いましょう」


クララはそれを受け取ると、新しい仲間に呼ばれ、イワンのもとを去ってしまった。




それから、イワンはアッシアから南へ、ニーチよりもさらに南、オクトの南西に位置するマノテーブに地を踏んだ。


イワンは普通の男だ。

争いが好きなわけでも、国のために立ち上がるタイプでもない。


それでも、彼は父の期待に応えるつもりで、戦争に参加するのだった。


「良いか、新米兵士諸君!」


イワンの上官となる男、マカチェフは良く通る声で言った。


「我々の任務は一つ。アキレムのクソ野郎どもに、アッシアの強さを分からしめてやることだ! そのために何をするべきか分かるか? 答えは簡単だ。剣で斬る。槍で突く。後は魔法をぶちかますだけだ!」


しかし、戦いと言う戦いは、ほとんど起こらなかった。イワンはマカチェフの指示に従い、ただマノテーブの土地を歩くだけ。ときには焼けるような日の下を。ときには激しい雨の中を。ときには美しい夜空の下を。


コーミエ、ケイジー、オリベイラ。

気のいい仲間たちと、長いキャンプにでも出かけているような気分だった。


戦争に参加してから、二年が経過する。

イワンは小規模の戦闘に何度か参加したが、どれも走り回っている間に終わり、仲間たちも大きな怪我はなかった。そして、少しずつ終戦は近いという話も聞こえ始めた、


ある日の夜。イワンは仲間たちと語り合った。始まりはコーミエのこんな質問からだ。


「ケイジー、お前は国に帰ったらどうするんだ?」


しばらく考えてから、 ケイジーは答える。


「俺は実家の農業を継ごうと思っていた」


「いいじゃないか」


「でも、国は酷い状態じゃないか。呑気の農業をやっていられない」


「……そうだな」


同意したのはオリベイラだ。


「俺も帰ったらパン屋をやってみたいと思っていたが、この状況ではダメだろうな」


「……何がダメなんだ?」


イワンの質問に、仲間たちはしばらく呆然としたが、すぐに笑い出す。


「さすがはイワンだ。目の前のことに集中しているんだな」


「コーミエ、笑い過ぎだ。戦場にいるんだから、イワンの考え方が正しい」


最終的に説明してくれたのは、コーミエだった。


「いまアッシアは周辺諸国に戦争を仕掛ける準備をしているそうだ。それは、正義のためでなく、ただ己の力を示すための戦いとしか思えない。アッシアの上層部は、何かおかしい方向へ進んでいる気がする。俺たちみたいな若い世代の人間が、それを変えなくてはならない」


「つまりは、革命だな」


得意気なオリベイラの言葉に、コーミエとケイジーが頷いた。


「これ以上、アッシアが間違った方向へ進まないよう、俺たちが正すんだ。革命軍を結成して、アッシアの未来を守る。それが俺のやるべきことなんだと思う」


国の実状を理解できていないイワンは、仲間たちの話しに耳を傾けるだけだったが、最後にこう聞かれた。


「イワン、お前は帰ったらどうする?」


「僕は……」


イワンは考える。帰って何をするか。


少しもイメージがなかったが、頭に浮かんだのは、クララのことだけ。


「クララに会いに行く。初恋の人なんだ」


全員が黙り込む。

何か変なことを言っただろうか、と戸惑うイワンだったが、次の瞬間には皆が笑い出した。


「堅物のお前が、まさか初恋の女を追いかけるために帰るとは思わなかった!」


「ほんと、女に興味ないみたいな顔をしているくせに」


ひとしきり笑われた後、コーミエが穏やかな表情で言うのだった。


「でも、最高の理由だと思う。お前みたいな普通の男は、戦争やら革命からは離れて、幸せな生活を送るべきだ。……会えると良いな、クララに」


その後、いつまで無駄話をしているのか、と上官のマカチェフに怒鳴られたが、イワンは良い夜を過ごした、と思った。


しかし、次の日の朝、イワンは戦争の恐ろしさを知る。

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