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◆イワン、アッシアの歴史の中で⑤

きっかけは、スクールに入学する直前のこと。アッシアの習慣で、祝い事には皿を買って飾る、というものがあり、イワンも父に言われ、専門店を訪れていた。


そこで、イワンはクララを目にする。一目惚れだった。今まで異性を意識したことがなかった彼が、初めて恋の概念を知った。


そして、クララが手を滑らして、買ったばかりの皿を落としかけたとき、イワンが拾い上げたのだった。


「凄い反射神経なのね」


驚くクララにイワンは言う。


「いや、偶然だ。その……君に見惚れていたから、手を滑らせる瞬間に、いち早く気付いた」


「……何それ。不思議な人!」


女性が微笑みがこれほど胸を打つなんて、イワンは知らなかった。その後、二人は入学式で顔を合わせることになる。


「驚いた。まるでドラマみたい」


「僕も驚いた。アッシアの女神に感謝の祈りを捧げなければ」


「大袈裟なんだから」


二人はさらに仲を深める。

そのきっかけは、イワンが休み時間に読んでいた本だった。


「イワン、それってアッシア全史でしょ?」


「うん、父さんの愛読書で高等部になったら必ず読めって言われていたんだ」


「驚いた。ドラマのような偶然が二度続くのね。私は母のお勧めなの」


そう言って、クララは自分のバッグから、イワンが手にする本と同じものを取り出した。それから、二人は本を読み進めるごとに、お互いが読み終えたところまで感想を言い合った。


「かつてのアッシアは、強くて誇り高い国だった」


これはクララが繰り返し抱いた感想だ。


「だけど、暴力で誰かを従わせるなんて、絶対にやってはいけないことだと思う。今だって、アッシアはお金のためにアキレムを相手にマノテーブで戦争しているのよ。これは間違ったことじゃない?」


「父さんは……そうは言ってなかった。強いアッシアを取り戻すための過程だ、って。アキレムはいつか自分たちの女神信仰をマノテーブに押し付けるだろうから、最終的な正義はアッシアにあるらしいよ」


「でも、暴力で人の自由を奪うなんて、最低だわ。私は許せない」


「そうかもしれない」


「そうでしょ?」


微笑むクララに、イワンの胸は温もりで満たされる。しかし、議論にあった善悪をイワンは理解できなかった。ただ、クララの意見に同調すれば、彼女が喜ぶことを知っていたのだ。しかも、どんなタイミングが一番効果的なのか、ということも。




イワンがクララとの関係を深め、一年が経った。しかし、人生とは良いことばかりではなかった。


「良いか、イワン。父さんは家を出る」


ある日の夜、父が荷造りを始めたのだ。突然のことに戸惑いながら、イワンは質問するしかなかった。


「いつになったら帰るの?」


「強いアッシアが帰ってくるまで、だ」


「……それっていつ?」


父は返答することなく、本当に家を出て行き、何日経っても帰ってくることはなかった。ある日、ダロンの畑仕事を手伝っていると、いつもの質問を投げかけられる。


「最近、あの親父はどうだ?」


「家を出て行ったよ」


「なんだって?」


経緯を説明すると、ダロンは汚い言葉でその場にいない父のことを罵った。五分ほどそれが続くと、肩で息をしながら、イワンに聞く。


「……それで、お前は食べて行けるのか?」


「ダロンおじさんからもらうお小遣いの中から、何とか」


「馬鹿! すぐに瘦せ細って病気になるぞ。……そうだ、仕事を紹介してやる」


ダロンに紹介された仕事は、魔法使いである、ゼイアンの手伝いだった。内容は簡単。ゼイアンが走り書きした魔法コードを、魔導書に移すだけ。


ただ、ゼイアンの書き出す魔法コードは膨大な数があり、普通の人間であれば逃げ出してしまうほどだった。しかし、イワンは持ち前の集中力を発揮し、淡々と魔法コードを書き写していく。しかも、スピードも速いものだから、ゼイアンは非常に喜んだ。


「彼を弟子にしたい」


しかし、ダロンは首を横に振った。


「あいつはプラーナを扱えない。というか、あまり複雑なことは考えられないタイプだから、あんたの弟子は務まらないだろうな」


それでも、イワンは重宝され、このアルバイトはスクールを卒業するまで続いた。

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