◆イワン、アッシアの歴史の中で④
「そうだなぁ。お礼は……何でも願い事を聞いてやる、というのはどう?」
返事をしないイワンを見て、少女は不満と感じたのか、彼に手の平を見せた。
「しかも、五回までなら何でも聞いてあげる。こういうのは一回だけってパターンが多いけど、私は義理を大切にするタイプだから、五回までサービスしてあげる。どう?」
「父さんは言ってた。旨い話の裏には、落とし穴があるって」
「なかなか教育熱心な親父さんだね。でも、安心して。私は嘘をつかない」
それでもイワンが黙っていると、少女は肩をすくめた。
「私はね、セレッソやアイリスとは違う。割と太っ腹なの。今すぐ願い事を言え、ってわけじゃない。ゆっくりと決めていいんだよ?」
「……特にないよ」
イワンが正直に言うと、少女は困ったように眉を潜める。
「大金持ちになりたいとか、スポーツ選手になりたいとか、そういう夢だって叶えてあげるよ?」
「でも、お父さんは言っていた。自分の夢は、自分で勝ち取れって」
「おい、もう親父の話は良いから! 正しさだけがこの世界を作っているわけじゃないの。しかも、世界の中心に近付けば近付くほど、ウソや誤魔化しの方が多いんだよ。分かる?」
そんな話しは父から聞いたことがなかったので、イワンは黙った。
「まぁ、良いや。君はまだ子どもだから、きっと欲がないんだろうな」
少女は笑い、イワンを諭すように言った。
「きっと、大人になれば君だって求めるさ。自分の力ではどうにもならないことがある。そんなとき、奇跡のような、自分だけに都合のいい、圧倒的な力がほしい、って」
「挫折は誰にでもある、ってこと?」
これも父から聞いた言葉だが、イワンは黙っていた。それが良かったのか、少女は満足げに頷く。
「そういうこと。つまり……君がそういう挫折を前にしたとき、私が願い事を叶えてあげる。どう? これなら良いでしょ?」
「……分かった」
「よし! 契約成立だね。でも……もう一つお願いがある」
「何?」
「服をちょうだい。少し寒い」
イワンは自分の服を少女に譲る。パンツ一枚になってしまったが、仕方がなかった。
「少し小さいけど……贅沢は言ってられないか。そうだ、君の名前、なんだったか?」
「イワン。イワン・ソロヴィエフ」
「良い名前じゃない。実にアッシア人らしい名前だね」
すると、少女の目の回りに、血管のような筋が入り、翼が生えた。
「じゃあ、イワン。何か困ったら私に祈るんだ。必ず助けてやるからね」
「なんて呼べばいいの?」
イワンは、自分が困ったとき、この少女が助けにきてくれるだろうと、少しも期待はしていなかった。しかし、今まで見たことのない景色を見せてくれた、目の前の少女に、少なからず興味を抱く。少女は名前を聞かれると、どこか得意気な笑顔を見せて答えるのだった。
「タンソール。私の名前は、タンソールだよ」
そして、少女は鳥のように、夜空へと飛び立っていった。これがイワンとタンソール、後にアッシアの首相になる男と、魔王と呼ばれる少女との出会いだった。
それから、何年か月日が経つと、父の様子が変わった。
「イワン! アッシアが蘇るぞ! あの強かったアッシアが蘇るんだ!」
「……おめでとう、父さん」
彼が何に対して喜んでいるのか分からないが、はしゃぐ父を見て、イワンの心は安らいだ。しかも、父の仕事が決まり、 ソロヴィエフ家の財政は潤っていく。
「いいか、イワン。父さんの研究は、いつかアッシアを救う。強いアッシアを取り戻すんだ」
酒を飲み、気分が良くなると、たまに父は自らの仕事について聞いてもいないのに話し始めた。
「何をしているかって? アトラ隕石の破片を使って、人を強制的にノームドに変えるんだ。しかも、理性を保持したまま、ノームドの力を操るんだぞ? 凄いだろ?」
しかし、父の機嫌は悪い日もある。
「何が人道的な問題だ! 強いアッシアを取り戻すためなら、人体実験だって臆することはない! そんなことで怯んでいたら、私たちの国はいつまでも馬鹿にされたままだ!」
父の身に何が起こっているのか、イワンはやはり理解できなかったが、以前の暮らしに比べたら、裕福であることは間違いない。きっと、父は正しいことをしている、と信じるばかりだった。
そして、イワンも十六になり、スクールに通い始める。
「おい、馬鹿。お前は本当にのろまだな」
スクールの友人たちは、彼に声をかけるとき、必ず「馬鹿」と「のろま」を付け足した。しかし、彼は気にならなかった。そんなことより、ダロンの畑の手伝いの方が、彼にとって重要なことだったから。それに、勉強が忙しく、他人に構っている暇もなかったのだ。
だが、彼はスクールで人生最大の出会いを経験する。
「おはよう、イワン」
自分の席で本を読んでいると、少女が話しかけてきた。顔を上げると、金髪に緑色の瞳の少女が微笑みかけていた。
「おはよう、クララ」
彼女と出会ってから、イワンは微笑むことを知る。そして、胸にともる細やかな火を。
「ねぇ、クララ。なんでイワンなんか相手にするの?」
彼女の周りの友人はそう言ったが、クララは必ずこう返した。
「どうしてそんなことを言うの? 彼はとっても良い人なのに」
イワンとクララの出会いは本当に些細なものだった。そして、イワンの恋心も、とても些細でありきたりなものだった。そのはずが、彼を世界の敵に変える、きっかけとなるのだった。
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