表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

262/352

◆イワン、アッシアの歴史の中で③

少女はイワンよりも少し年上、恐らくは十四歳ほどの見た目である。泥だらけで、よく見た目も分からないが、緑色の頭髪と金色の瞳が珍しい、とイワンは感じた。


「いや、おかげで助かったよ。私が地上から消えて何年経った? いや、戦争はどうなったのかな? 終わった?」


初めて岩から女から出てくる女を見たイワンは、少し怯えながら答えた。


「父さんが言ってた。戦争は今も世界のどこかで行われている、って。戦争を終わらせるためには、アッシアによる統一が必要らしいよ」


「そうかそうか。アッシアはまだ存在しているんだ。なら良いか。たぶん、千年は経っているだろうなぁ。さすがにお腹空いたよ。ねぇ、他に食べ物ないの?」


「……チョコなら、まだある。袋いっぱいのチョコだよ。ボーナスだからね」


「ちょうだい。全部食べてもいい? お腹減って仕方がないんだよ」


「いいよ」


少女はチョコを袋に入ったチョコを口の中に流し込む。咀嚼する様子はなく、ただ流し込んでいるようだった。


「さすがに口の中が甘いな。水はない?」


「いつもは水筒を持ち歩いている。だけど、今は持っていないんだ。少し歩いたところに、川ならあるけど、それでいい? 畑仕事はいつも朝から夜まで続くから、水筒の水を切らしたら、その川の水を汲むんだ」


「なんでもいいなんでもいい。さぁ、案内して」


「いいよ」


イワンは川に向かって歩き出すが、すぐに立ち止まる。


「どうしたの?」


「この森に来たのは初めてだから、迷ったみたい」


「仕方のないやつだなぁ」


そう言って、少女はイワンを後ろから抱きしめた。経験のないぬくもりに、イワンが戸惑っていると、視界が急に歪む。いや、体が急上昇したのだ、と上空から森を見下ろして気付く。


「さぁ、川はどっちだ?」


後ろから少女に聞かれるが、風の抵抗が凄まじく、口を開くことすらできなかった。着地して、少女から改めて質問される。


「どっちだ?」


「あっち。ダロンおじさんの畑が見えた」


「……君、何事もなかったって顔しているけど、怖くないの? 異常に思わないのかな?」


「父さんが言っていた。戦場では常に想定外のことが起こる。人間はその瞬間、如何に冷静でいられるかで、その優秀性が決定する、って」


「あはははっ、君の親父はなかなか分かっているね。そうだ、その通りかもしれない。私なんか初めて戦に出たとき、何がなんだか分からず、腕をちょん切られたよ。冷静であるべきだったよね」


イワンは少女の腕を見る。が、特に怪我の様子はない。


「腕、治ったの?」


「治ったよ。ちゃんとご飯を食べれば、腕の一本や二本、千切れても大したことはないし」


「……凄いね。お父さんの友達は、戦争で足を失って、今も片足で生活しているらしいよ」


「脆弱な人間とは違うからね。それより、もう一度飛ぶよ」


少女はイワンを抱きかかえたまま、再び人の限界を超えた跳躍力を見せる。そして、次の瞬間にはダロンの畑の真ん中にいた。ただ、着地の衝撃でダロンの畑は吹き飛び、イワンは明日の手伝いは大変なことになりそうだ、と思った。


川に付くと、少女は身にまとっていた襤褸を脱ぎ、水の中へ入る。


「あー、心地いい。千年も岩に挟まっていたからなぁ。水がこんなに気持ちがいいって忘れていたよ」


イワンは初めて女体を見る。

その神秘性に、得体の知れない胸の鼓動を感じたが、その正体は分からなかった。


川の水で泥を落とし、喉に潤いを戻した少女は、イワンの前にその体を晒した。なぜか、緑だった頭髪が黒に変色している。が、イワンはそういうものか、と特に指摘はしなかった。


「君、本当に助かったぞ。何か礼をしてやらないとね」


「お礼? 父さんは言ってた。他人に優しくするときは、見返りを求めるな、って」


「君の親父は本当に正しいことを言うね」


イワンは父が褒められたことを、ただ嬉しく思う。


「だけどね、人間そうも言っていられない。人に善意を与えれば与えるほど、心は疲弊する。見返りがないと、いつか空っぽの心に、憎しみと怒りだけが残ってしまうんだ。だから、義理と人情は大切にしないとね。分かる?」


イワンは少女の言う意味が分からなかったが、ただ頷いた。

「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら

下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。


「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ