◆イワン、アッシアの歴史の中で③
少女はイワンよりも少し年上、恐らくは十四歳ほどの見た目である。泥だらけで、よく見た目も分からないが、緑色の頭髪と金色の瞳が珍しい、とイワンは感じた。
「いや、おかげで助かったよ。私が地上から消えて何年経った? いや、戦争はどうなったのかな? 終わった?」
初めて岩から女から出てくる女を見たイワンは、少し怯えながら答えた。
「父さんが言ってた。戦争は今も世界のどこかで行われている、って。戦争を終わらせるためには、アッシアによる統一が必要らしいよ」
「そうかそうか。アッシアはまだ存在しているんだ。なら良いか。たぶん、千年は経っているだろうなぁ。さすがにお腹空いたよ。ねぇ、他に食べ物ないの?」
「……チョコなら、まだある。袋いっぱいのチョコだよ。ボーナスだからね」
「ちょうだい。全部食べてもいい? お腹減って仕方がないんだよ」
「いいよ」
少女はチョコを袋に入ったチョコを口の中に流し込む。咀嚼する様子はなく、ただ流し込んでいるようだった。
「さすがに口の中が甘いな。水はない?」
「いつもは水筒を持ち歩いている。だけど、今は持っていないんだ。少し歩いたところに、川ならあるけど、それでいい? 畑仕事はいつも朝から夜まで続くから、水筒の水を切らしたら、その川の水を汲むんだ」
「なんでもいいなんでもいい。さぁ、案内して」
「いいよ」
イワンは川に向かって歩き出すが、すぐに立ち止まる。
「どうしたの?」
「この森に来たのは初めてだから、迷ったみたい」
「仕方のないやつだなぁ」
そう言って、少女はイワンを後ろから抱きしめた。経験のないぬくもりに、イワンが戸惑っていると、視界が急に歪む。いや、体が急上昇したのだ、と上空から森を見下ろして気付く。
「さぁ、川はどっちだ?」
後ろから少女に聞かれるが、風の抵抗が凄まじく、口を開くことすらできなかった。着地して、少女から改めて質問される。
「どっちだ?」
「あっち。ダロンおじさんの畑が見えた」
「……君、何事もなかったって顔しているけど、怖くないの? 異常に思わないのかな?」
「父さんが言っていた。戦場では常に想定外のことが起こる。人間はその瞬間、如何に冷静でいられるかで、その優秀性が決定する、って」
「あはははっ、君の親父はなかなか分かっているね。そうだ、その通りかもしれない。私なんか初めて戦に出たとき、何がなんだか分からず、腕をちょん切られたよ。冷静であるべきだったよね」
イワンは少女の腕を見る。が、特に怪我の様子はない。
「腕、治ったの?」
「治ったよ。ちゃんとご飯を食べれば、腕の一本や二本、千切れても大したことはないし」
「……凄いね。お父さんの友達は、戦争で足を失って、今も片足で生活しているらしいよ」
「脆弱な人間とは違うからね。それより、もう一度飛ぶよ」
少女はイワンを抱きかかえたまま、再び人の限界を超えた跳躍力を見せる。そして、次の瞬間にはダロンの畑の真ん中にいた。ただ、着地の衝撃でダロンの畑は吹き飛び、イワンは明日の手伝いは大変なことになりそうだ、と思った。
川に付くと、少女は身にまとっていた襤褸を脱ぎ、水の中へ入る。
「あー、心地いい。千年も岩に挟まっていたからなぁ。水がこんなに気持ちがいいって忘れていたよ」
イワンは初めて女体を見る。
その神秘性に、得体の知れない胸の鼓動を感じたが、その正体は分からなかった。
川の水で泥を落とし、喉に潤いを戻した少女は、イワンの前にその体を晒した。なぜか、緑だった頭髪が黒に変色している。が、イワンはそういうものか、と特に指摘はしなかった。
「君、本当に助かったぞ。何か礼をしてやらないとね」
「お礼? 父さんは言ってた。他人に優しくするときは、見返りを求めるな、って」
「君の親父は本当に正しいことを言うね」
イワンは父が褒められたことを、ただ嬉しく思う。
「だけどね、人間そうも言っていられない。人に善意を与えれば与えるほど、心は疲弊する。見返りがないと、いつか空っぽの心に、憎しみと怒りだけが残ってしまうんだ。だから、義理と人情は大切にしないとね。分かる?」
イワンは少女の言う意味が分からなかったが、ただ頷いた。
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