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【絶望はここから始まる】

僕とフィリポの距離は、お互いのアタックエリアの中に入り込むほど近い。あとは、どっちが先に動くか……。フィリポが僕の不安を煽るように、何度も小さい蹴りのモーションを出してくる。この場に立っているのが、本当に怖くて仕方がなかった。


だけど、僕の心の中は静かだ。


推薦をもらうためハナちゃんと戦ったとき。岩豪を相手に初めてのランキング戦に挑戦したとき。皇と勇者決定戦を争ったときだって、これほど気持ちが静かになったことはない。


そして、僕は背中に皇の視線を感じた。


信頼、期待、希望。


これだけのものを背負って、負けるわけにはいかない。


「くらえ!!」


フィリポがフェイントを見せた瞬間に合わせ、僕が先に動く。もちろん、必殺のハイキックだ。


が、それは空を切った。


フィリポの眼前を通り過ぎる僕の爪先。その後、すぐにフィリポがハイキックを放つ。


「当たるか!!」


僕はフィリポのキックを潜りつつ、打ち終わった蹴り足を軸足に。


そして、軸足を蹴り足に切り替える。


さっき、皇がピエトルを相手に見せた、連続回転蹴りを放った。


踵に集まるプラーナは激しく輝き、閃光となってフィリポの側頭部を薙ぎ払う。


「……ど、どうだ??」


手応えはあった。

パンッ、と弾けるようにフィリポの頭が揺れたのだ。ダメージはかなりものになるはずだが……。


すると、フィリポはよろよろと後退り、崩れるように膝を付く。


「や、やった……!!」


そのまま、フィリポは前のめりに倒れ、動くことはなかった。


「やったぞ、本当にやったんだ!」


僕は振り返り、皇の方を見た。


「おい、見ただろ? お前の技で勝ったぞ。なんだ、僕だってできるじゃないか。お前みたいに天才ってわけじゃないだろうけどさ、割と凄いフィニッシュだっただろ? あのフィリポを倒したんだ」


僕は天才に、友達に、よくやったと一言もらいたくて、駆け寄った。しかし……。


「皇……?」


彼は大の字に倒れ、動かない。


「な、何しているんだよ。もう少しで戦争は終わるんだ。寝るのはまだ早いだろ??」


僕は彼の横に膝を付き、その体を抱き起こす。


「どうした? そ、そんわけがないよな」


揺すって、起こそうとするが、彼の瞳は閉じられたまま。彼の背に触れると、生暖かい感触があった。確認しなくても分かる。血だ。大量の血が僕の手を赤く染めたのだろう。


「……嘘だろ?」


僕の問いかけに、彼が答えることはなかった。永遠に答えることは、なかった。青白い顔は憎たらしいほど整っていて、なぜか口元には満ち足りたような微笑みが。


そして、そこに生気は……魂は感じられなかった。


「なぁ、皇。こんなの嘘だよな? こんな残酷なこと、嘘に決まっているよな?」


何もかも、信じられなかった。

こんな結末が待っているなんて、信じたくなかった。それなのに……。


「悲しい現実だ」


僕の悲しみを、怒りを、絶望を、イワンが短い言葉で表現した。


「友の死。私も何度かそんな悲しみを経験した。あれはいつだったかな。最初はマノテーブの地でアキレムと戦争していたときのことだったかな。いや、あのときは仲間の死を実感することすら、なかったか……」


「お前、何を言っているんだ?」


背中越しにイワンに問いかける。


が、やつはその意図を理解しないのか、黙ってしまう。僕は皇をゆっくりと寝かせたから、立ち上がり、イワンの方を見た。


「悲しい現実だって? 全部、お前が始めたことなんだろ??」


「……私が? いや、そうではない。私はつなぎ目のようなものだ。歴史と歴史の間をつなぐ、か細い糸でしかない。始まりはもっと……遥か昔のことだ。誰の責任でもない」


「本気で言っているのか? だとしたら、お前は狂っている!」


「そうかもしれない」


「でも、それも終わりだ。今度こそ、ここにいるのは僕とお前だけ。今すぐ捕えて、フィオナのところに突き出してやる。いや……ここでぶっ殺してやる!!」


僕は殺気を込めて、イワンに人差し指を突き出した。


殺してやる。

お前はこの世界にとって、排除されるべき悪だ。だから、僕が今この場所で、殺してやる。


僕はそんな怒りに支配されていた。が、イワンの顔は変わらず、涼しいものだった。


「そういえば、十年前のこんなことがあったな」


そして、フィリポと戦う前にこぼした言葉を、また繰り返した。


「私と一人の勇者が向かい合い、言うことを聞くまともな護衛はなく、魔王様すらいなかった。そう、目の前にいた勇者は、君と同じ白いブレイブアーマーをまとっていたな」


「そうかよ! その勇者は失敗したみたいだけど、僕は違うぞ。絶対にお前を……」


「しかし、言ったはずだ」


イワンは静かに言う。


「護衛は十分だ、と」


すると、部屋中に警告音が響き、証明は赤に変色すると、何度も点滅した。そんな不吉な空間の中、イワンが言った。


「フィリポ366からフィリポ400まで、出撃せよ」


「……366から、400だって?」


すると、室内の壁が何枚か、シャッターのように上へスライドし、その奥から男たちが現れる。その男たちの顔はすべて同じ。そう、その顔は……。


「フィリポじゃないか」


開いた口が塞がらない僕を見て、イワンは小さく頷いた。


「さぁ、勇者くん。決戦が始まるぞ」

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