綿谷華の場合 / 音が消えるとき
「それでは、私の方も本気で戦わせていただきます」
アナの微笑みは、彼女の体から沸き起こる蒸気によって掻き消された。そして、蒸気が晴れると全身灰色に変化した強化兵の姿が。
「お覚悟を!」
アナが飛び出し、右ストレートを放ってきた。
(やっぱり、速くて重い!!)
それだけでなく、アナの打撃は硬く、一発一発が華の意識を削り取る。打撃戦では圧倒的な差。いつものことだが、勝つには組み付く必要がある。しかし……。
(ダメだ。近付けない……)
アナの打撃によるプレッシャーはそれを許してくれなかった。
(打撃に付き合ったら、さっきの二の舞。やっぱり、一点突破しかない)
華は覚悟を決めて、腰を落とす。
それに対し、アナは微笑みを浮かべたまま、華の射程圏内に入ってきた。
華は体を揺らしつつ、タイミングを見極めようとするが、アナの構えに隙はない。だとしたら、向こうが打撃を放った瞬間に飛び込むしかない……
が、唐突にアナの右足が跳ね上がった。
(くそ、こんなに速い蹴りがあるか……!!)
何とかガードで防いだが、衝撃に体が流されてしまう。そんな華の隙をアナはもちろん見逃さない。一気に間合いが詰められ、硬い拳が襲い掛かってきた。華は倒れ込むようにして、拳をやり過ごしつつ、アナの足首に手を伸ばす。一息にアナの足に絡みつき、彼女のバランスを奪うつもりだったが……。
(なんだこのパワーは!!)
アナは強引に足を引き抜き、華から距離を取ってしまう。華は慎重に立ち上がろうとするが、そこに何かが飛んできた。アナのパンチではない。彼女の手が届く距離ではないはずだ。しかし、それは確かにアナの腕から放たれ、華の肩を切り裂いた。
(手が伸びた……? しかも、刀みたいに切れ味がある)
これだから強化兵は、と呟きつつ、アナの様子を窺う。
「驚きましたか? もう一回見せてあげます」
アナが左の拳を突き出したかと思うと、針のように先細りつつ、離れた華の胸元を襲った。
「気色悪いんだよ!」
それを回し蹴りで弾き飛ばす華だったが、ブレイブアーマーはダメージを訴えるように火花を散らした。
強化兵の独特な攻撃に冷たい汗が止まらない華を嘲笑うように、アナは口の端を吊り上げる。
「隙を見て組み付くつもりだったのでしょう? だけど、貴方は私に近づくことすらできない」
再び伸びるアナの拳。
それはほとんど槍の一刺しに近い。
しかも、神速の一撃であるため、躱し切ることは難しかった。
(逃げ回っても、削られていつかは直撃をもらうだけ。やっぱり、飛び込まないと!)
再び神速の槍が華を襲った。
犠牲になることを覚悟で、華は槍の先端を腕で払いつつ、アナに突進する。
一気に距離を詰めるが、組み付こうとする華に、アナが足を突き出してきた。カンターの前蹴りは華の鳩尾に突き刺さり、思わず体を丸めて膝を折る。
「脆い!」
そこにアナは追撃の飛び膝蹴りを放ってきた。しかも、その膝頭にナイフのような突起物が。
(死ぬものか!)
華は辛うじて身を捩って躱すが、体の自由が利かず、膝を付いたまま、それ以上は動けなかった。そんな華に向け、打ち下ろされる、アナの無慈悲な肘。頭蓋が陥没するような痛みに、華の意識は飛んでしまいそうだった。
それでも、渾身の力で後ろに飛んで、アナから離れようとしたが、槍のように伸びる拳に捉えられてしまう。
槍の形状から戻った拳を眺め、アナは満足げに笑みを浮かべた。
「次も逃げられるかしら?」
アナの拳は赤く染まっていた。
華は、確かめるように横腹に触れると、ぬめりとした感触が。
ブレイブアーマーが裂かれ、血が流れている。
(もう一度飛び込めるのか……?)
華は自分に問いかけた。
同時に、さまざまな想いがこみ上げる。そして、その多くは誠とフィオナに関するものだった。
しかし、最後に浮かんだイメージは、目の前で笑うアナの顔。イメージの中にいるアナの顔と、目の前にいるアナの顔が重なると、
華の頭の中からあらゆる雑音が……消えた。
「お前、私より強いと思っているみたいだな」
突然、華に問いかけられ、アナは首を傾げる。
「当然ではないですか? これだけの実力差、何をどうしたって覆せない。私の方が圧倒的に格上です」
「……私はな」
華がブレイブアーマーの下で獣のような笑みを浮かべる。
「私より強いって勘違いしてるやつの心を、へし折ってやるのが大好きなんだ」
「……はぁ?」
「その勘違い、すぐに正してやるよ」
「それはこちらのセリフです」
アナが拳を握りしめ、槍の如くの一撃のため腰を落とした。十分に拳を引き、必殺の一撃が放たれる。その瞬間だった。
「ブレイブモード!!」
華のブレイブアーマーが赤い輝きを放ち、彼女は一気に地を蹴った。
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