綿谷華の場合 / 百合ってわけじゃないけど
「次の作戦、絶対にフィオナ様は誠に近付こうとするはずだ。お前が見張って、万が一のことがあれば止めてくれ」
「……そこまでします? と言うよりも、さすがにフィオナ様も作戦中にイチャイチャする余裕はないと思いますけど」
大胆な依頼に驚きつつも、やんわりと断ろうするジュリアだが、華の目は本気だ。明らかに変なスイッチが入っている。
「敵地では自然と絆が深まるって言ったのはお前だろ」
「そうですが……。綿谷さん的にそんな卑怯な手を使ってもいいのですか?」
「先に卑怯な手を使ったのはあっちだ。しかも、国家権力を使っているんだぞ? こっちだって、多少は卑怯な手を使ったっていいじゃないか!」
「でも、でもですよ? そんな重要な作戦に私が入り込む余地なんてあります?」
「そ、それは……」
正論を前にして、少し正気を取り戻したのか、華はジュリアから離れると肩を落とした。そんな弱気な華を見て、ジュリアは思う。
(しかし、ここは大きな貸しを作るチャンスでは? ふふっ、良い案を思い付きました。こうなったら、綿谷さん。わたくしなしでは生きられない、貴方をそんな女にして差し上げましょう。楽しみですわ。楽しみですわ!!)
ジュリアは華の肩を叩く。
「いいでしょう、綿谷さん。貴方のお願いを聞いて差し上げます」
「じゅ、ジュリア……」
目を輝かせる華。
(ふふっ、また名前呼びですわ。なんだか胸が高鳴りますわね)
しかし、すぐに冷静な華が戻ってくる。
「でも、悪いよ。方法もないし、無理させるわけにも……」
「方法はあります。わたくし、趣味でやっている投資で儲けたお金のほとんどを、勇者制度存続の支援として国に納めているのですが、それがフィオナ様にとってなかなかの支えになっていると聞きました。なので、その支援を打ち切るかもしれない、と話せば……恐らくは、私の言うことの一つや二つ、聞いてくれるはずでしょう」
得意気に語った後、これは喜ぶだろう、と華の顔を見るが、なぜか彼女は顔を引きつらせている。
「ちょっと、綿谷さん? リアクション、間違えていません?」
「いや、だって……なんか怖かったから」
「この程度で怖がらないでくださいな。皐月家が本気でお金の力を使ったら、オクト国内で起こっていることのほとんどは、何とかなるものです」
「で、でもさ、冷静になって考えたら、とんでもないことやろうとしているよな? フィオナ様を脅迫して監視するなんて……勇者としてどうなんだ?」
「……」
黙り込むジュリアに、華は首を傾げた。しかし、ジュリアは心の中で舌打ちする。
(まずいですわ。土壇場で冷静になられたら、私の目的が達成できません。ここは、もう少し脅してみるとしますか)
ジュリアは大きな溜め息を吐いた。
「ならば結構。神崎誠はフィオナ様のものですね。あれだけ冴えない男が王族入りとは信じがたいですが、逆に国民からは親近感を持たれるかもしれません。二人の結婚式には、わたくしも少し多めのご祝儀を包まなければ。しかし、国民全員がお祝いムードの中、一人涙を流す綿谷さんのことを考えると、私まで泣いてしまいそうです。ただ、これは綿谷さんが決めたこと。仕方がないですね」
「ま、待て。そこまでの話しなのか?」
「当然です。これまでの話や戦場での振る舞いを見る限り、フィオナ様は勝機を掴んだら決して逃さないタイプ。今回の作戦では、必ず貴方より一歩前に躍り出るためのアクションを起こすはずです」
これは、決して二人が知ることはないが、ジュリアの見立ては正しかった。戦場の中、フィオナは想いを伝えたのである。
「そ、そんな……」
再び涙目になる華だが、ジュリアは大天使のような微笑みを見せた。
「でも、安心してください。私がしっかりと見張っていますので」
「本当か?」
「ええ。ただし条件があります。凄く簡単な条件。それさえのめば、わたくしは貴方に与えられた任務を確実にこなす、従順なしもべとなるでしょう」
「わ、分かった。条件ってなんだ?」
ここまで天使のごとく慈愛に溢れた表情のジュリアだったが、突然悪魔のそれに切り替わる。
「わたくしを親友と認めなさい。そして、今後はジュリアちゃんと呼びなさい」
華の脳天に稲妻が落ちる。
「む、無理だ!」
「どうして?? ここまで赤裸々に話してくださっているのに。しかも、貴方の意思を捩じ曲げるわけではない、と承知しているはず。なぜなら、貴方は既に心の中では認めているのだから。私こそ親友である、と」
迫られ、ついに華の瞳から涙がこぼれる。だが、ジュリアは容赦ない追撃に出た。
「いいのですか? 綿谷さんが躊躇えば、フィオナ様と神崎誠は、私たちが経験したことない、ディープな関係を築くことになりますよ?? しかも、神崎誠のような欲望を抑えざるを得ないタイプは、許しを得た瞬間、待てを解除された犬のように食いつくはずです。それはもう真っ直ぐ走って行くでしょうね。嗚呼、かわいそうな綿谷さん。ここで意地を張ったばかりに、一生引きずるような失恋を経験してしまうのですね」
「い、嫌だよう……」
「そうでしょう!? なら、どうするのですか! わたくしを親友と認めるのですか??」
「うっ……うう。……める、から」
「あぁ? なんだってぇ??」
「……認めるから。お前が親友だって、認めるから」
ぼそぼそと呟く華。しかし、ジュリアは充血した目で、許そうとはしなかった。
「違うでしょう。『私の親友はジュリアちゃんです。ジュリアちゃんだけです』と言いなさい!!」
痛みに耐えるように両目を閉じ、身を縮こまらせる華だが、ジュリアの圧は強くなるばかりだ。
「さぁ! さぁ、どうするのです!!」
「……わ、私の親友はジュリアちゃんです! ジュリアちゃんだけです!!」
狭い室内を支配していた悪魔が消え、再び慈愛に溢れた天使が笑顔を見せる。
「よろしい」
そして、天使は両腕で華を包み込む。
「わたくしの親友も貴方だけですわ。ハナちゃん!」
既に朝方。二人は同じベッドに横たわった。
「ジュリア、お願いだから変なところ、触らないでくれ!!」
「良いではないですか。親友の特権というやつです。あ、ここだけは、神崎誠のために残しておいてあげましょう。立場を弁える親友に感謝してくださいね」
「や、やめろよぉ……」
「うふふっ! やめない。絶対にやめなーい!」
何はともあれ、二人の友情は固く結ばれたのであった。
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