綿谷華の場合 / 恋も先手必勝
「でも、どうしてフィオナ様が容疑者なのですか?」
ジュリアは首を傾げる。
「オクトの王女が、あれだけ冴えない男になびくわけないでしょう。いくらなんでも、勘違いと言うか、被害妄想と言うか……」
「私だってそう思いたい。でも、フィオナ様は頻繁に誠を呼び出して、二人だけで何かしている。何人かで会議した後も、誠だけ残るように言うこともあるし。さっきも、誠が私と一緒にご飯を食べるって言ってたのに、無理やり連れて行ったんだ」
「なるほどなるほど。二人だけの時間を作って、そこで関係を深めているのではないか、と」
華は無意識に唇を尖らせながら小さく頷く。
「で、神崎誠の方はどういう反応なんですか?」
「親し気だとは思う。何て言うか、たまに距離感も凄く近いときがあるし……。嬉しそうにしている、デレデレしてる!」
握られた拳を見て、ジュリアは呆れた顔を見せる。
「へぇ。でも、あの男、貴方の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってくるじゃありませんか。華ちゃーん、って」
「う、うるいさい」
ジュリアの声真似に顔を赤らめる華。
「傍から見ている分には、貴方にメロメロだと思いますけどね。まぁ、でも話を聞いて心配になるのも分からなくはありません。だったら、取るべき手段は一つ」
「一つ、とは……?」
「戦いと一緒です。先手必勝。相手が動く前に、決着を付けてしまいなさい」
「け、決着を付けるって?」
「だから、簡単なことです。綿谷さんの方から、神崎誠に関係を迫るのです」
「関係!?」
華の悲鳴に近い声は、またも隣人の壁ドンを誘発させてしまう。
二人は顔を寄せ合い、声を潜めた。
「綿谷さん、関係と言われて何だか卑猥なことを妄想していませんか? ただ、明確に交際関係を結べばいい、と言っているだけですよ」
「そ、そんなの分かっている……」
分かってはいなかったが、華は頷く。
「でも、私はそんなの……」
「プライドが高いから言えない? あ、どっちかと言うと意気地がないから、ですか。よくそれで勇者になれましたね」
「うるさいな。直接的なことは言いたくない。言えない」
「言いなさい」
「やだ。絶対に嫌だ!」
腕を組んで顔を逸らす華。
それには、強い意識が感じられた。
「そんなこと言ってたら、フィオナ様に取られてしまいますよ」
とジュリアは言いながらも「って言うか、心配し過ぎだとは思いますけど」と付け足す。
「他の方法を考えろ」
「まぁ、何て偉そうな。私だって初恋らしい初恋はまだなんですから、そんなことを言われましても……」
それでも別案を考え出そうとするジュリア。華に関しては、既に思考を放棄している。何も考えられないくらい、彼女は追い詰められているのだ。
「だったら、何か理由を付けてキスでもしてしまったら、どうですか?」
「な、な、な、なんで……だよ!」
一瞬だけ、華は誠と約束したキスの話を、ジュリアが知っているのでは、と動揺したが何とか思い直す。いやいや、そんなわけがない、と。
「だって、神崎誠みたいな男は、女性と接触する機会なんてほとんどないでしょう。それなのに、キスなんてされたら、あの方の意識は全部、貴方に向かうと思いますけど」
「そんなに単純なものか……?」
「単純に決まっているじゃないですか、あんなにぼんやりした男なんですから」
華は腕を組み直して考える。
ジュリアの作戦は、決行しようと思えば可能だ。なぜなら、華と誠には例の約束があるから。色々とタイミングがあって、約束が果たされずにいたが……
今こそがタイミングなのだろうか。
「綿谷さん?」
突然、ジュリアに声をかけられ、華は過剰に反応してしまう。
「な、なんだよ」
「冗談で言ったのに、そんなに考え込まないでくださいな」
「…………」
「いえいえ、そこまでキスしたいなら、良いと思いますよ! 抑えきれない想い。素敵なことじゃないですか。それに私たちだって年頃の女です。多少盛ってしまうのも仕方がないかと。それにしても綿谷さん、こんなに悩んでおられたなんて、本当に恋しているのですね。相手は、あんな冴えない男なのに」
ジュリアが勝ち誇るかのように、高笑いをあげる。再び顔が熱くなる華だが、これは照れや恥じらいではない。単純な怒りによるものだ。
「やっぱり、お前は……殺す!!」
そこから、二人の取っ組み合いが始まり、ついには騒音に耐え切れなくなった隣人に突入され、大惨事となるのだった。
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