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皇颯斗の場合 / 孤独だった彼は今

五分間、勇者の力を飛躍的に向上させるブレイブモード。一度使ってしまうと、プラーナの増幅にブレイブアーマーが耐えられなくなるため、制限時間を超え、連続して利用することは不可能。


そのため、皇は利用をためらっていた。


「だが、ここで全力で戦わなかったことを、後悔するつもりはない!」


皇は光に包まれた体を一気に加速させ、ピエトルに接近する。そのスピードは倍以上。流石のピエトルも反応に遅れたようだった。


ドンッ、と強烈な拳の一撃が、ピエトルの脇腹を刺す。


ぐっ、と声を漏らしつつ、体を縮めるピエトル。明らかに効いていた。


「畳みかける!」


皇は左右のフックを振り回し、ピエトルの頭部を叩き、ガードを上げさせたところで膝を鳩尾に向けて突き出す。確かな手応え。ピエトルの膝が折れ、勝負は決まった……と思われたが。


「くそっ!」


ピエトルの両腕が皇の腰に絡みつき、足を払いを仕掛けてくる。ブレイブモードの力ならば、突き放せるはず……と両腕でピエトルを押し出そうとする皇だったが、突然の浮遊感に襲われた。


(馬鹿な……!!)


ピエトルは強引に皇を持ち上げたかと思うと、今度は真っ逆さまに頭から床に叩き付ける。何とか頭部を守ったが、その衝撃は凄まじい。すぐに体勢を立て直そうとする皇だったが、


目の前にはピエトルの拳が。


立ち上がると同時に飛んできた拳を、両腕で受け止めるが、その勢いに後退を強いられてしまった。


(おかしい。明らかにパワーが上がっている!?)


ガードの隙間から、ピエトルの姿を見ると、彼の体中から蒸気らしいものが発せられていた。


(強化兵にも身体能力を一時的に向上させる技術があると聞いたが……これのことか??)


皇の推測は的を得ていた。

実際、ピエトルの動きは、先程よりも切れが増している。スピードが増した踏み込みから、威力が増した拳を辛うじて躱す皇だが、それは今まで以上に死を意識させられた。


(身体能力の向上はどれだけ続く? 自分の不利を察して使ったのだから、あくまで一時的のはず。五分より長いのか。それとも短いのか……)


皇とピエトルの拳が交錯した。リーチはピエトルの方が長い。お互いの攻撃が同時に当たったように見えるが、深くダメージを負ったのは皇に違いなかった。


さらに組み付いてくるピエトル。

だが、不意を突かれた先程とは違い、投げられまいと皇も相手の腰に腕を回す。


足の掛け合いが続き、必死にバランスを保つ皇だが、組み合いの攻防もわずかにピエトルに分があるらしい。一瞬の隙を突かれ、皇はバランスを失って床に叩きつけられた。


(すぐに立ってやる……!!)


しかし、ピエトルは上から皇を抑えつけ、それを許さない。


(まさか、時間切れを狙っているのか……?)


だとしたら、皇は唯一の勝機を失うことになる。


(ダメージを覚悟で、立つしかない!)


皇が両腕にプラーナを集中させ、床に手を付いて自らを持ち上げると、ピエトルの硬い拳が何度も顔面を叩きつけられた。ストロークが短いため、威力はないが、脳は揺れるため、何度も受けるわけにはいかない。


「どけっ!!」


皇は体を起こすと同時に、ピエトルを突き放すが……。


(ブレイブモードの限界まで三分を切っている……)


残された時間は少ない。皇は地を蹴り、一気に間合いを詰める。左のジャブを二回突き出し、右のストレートを伸ばすが、どれもピエトルを捉えることはない。逆に、ピエトルの低い蹴りを右足に受け、体が流されてしまった。


「もっと、プラーナを!!」


皇が叫ぶと、ブレイブアーマーが放つ光が増す。


(ここで燃やし尽くせ! そのつもりじゃないと、勝てない!)


気持ちの高ぶりに呼応して、光はさらに激しく、眩いものに。だが、その光を消し去ろうとするピエトルの拳が飛んできた。


だが、皇は前手でそれを払いつつ、右のアッパーを突き上げる。ピエトルの顎が上がり、力を失ったかのように、両膝が折れた。


「正義、執行!!」


渾身の飛び膝蹴り。

これもピエトルの顔面を捉えた……はずが、


引きずり込まれるような感覚。


そして、次の瞬間には床に叩きつけられていた。


ピエトルは飛び膝蹴りを放つ皇を、空中で掴んだ後、投げ飛ばしたのだ。


(なんだこのパワーは……。その前に、頑丈すぎるだろ!!)


全身に走る痛みを無視して、立ち上がる皇だが、その目の前に大きな拳が。


『ブレイブモード、残り二分』


何とか回避しつつ、残酷な情報を耳にする。絶対絶命……のように思われたが、


ピエトルの動きが止まっていた。


これまで、少しでも膠着状態に陥ると、必ず自分から前に出てきたピエトルが、肩で息をしながら、動きを止めているのである。


(さっきのパンチが効いた? いや、スタミナ切れか? どっちにしても……)


どっちにしても、今が勝負所だ。皇は踏み出しつつ、ピエトルの顔面へ向けて拳を突き出す。どれだけ打っても空を切るだけだった拳に、確かな手応えが。


(もう一発!!)


しかし、それは躱されてしまう。


(反撃がくる? いや、慎重になった瞬間負ける。やり切るしかない!)


皇はさらに踏み出し、拳を連続で打ち出す。三回に一度、ピエトルの顔面に届くこともあったが、皇の足から力が抜けてしまう。


(プラーナが尽きた……?)


同時に、ブンッと風を切る音が頭上で。それはピエトルの右フックが通過する音だった。皇の足から力が抜けていなければ、ブレイブアーマーごと彼の顔面は破壊されていただろう。


(女神セレッソが、僕に勝てと言っている!)


皇は勝利を確信した。

消費し尽くしたと思われたプラーナを絞りだし、さらなる一撃を繰り出す。


空振り。

それでも、一撃。

さらに一撃を……。


『プラーナの供給が確認できません。ブレイブモードを強制停止します』


ブレイブアーマーから光が失われ、皇は膝を付いた。もはや、彼に戦う力は残されていない。プラーナが尽きたせいで、制限時間が残っていたブレイブチェンジも強制的に解除されてしまった。


静かな空間に、皇の吐息だけが響く。


「……勝った、のか」


彼の目の前には、大の字に倒れるピエトルの姿が。


プラーナが切れる、最後の三秒。

いや、一秒だったかもしれない、その瞬間、皇の拳が確かにピエトルの顎を捉えたのだ。


皇はわずかに笑みを漏らす。

それは勝利によるものではない。もちろん、自らの強さを讃えるためでもない。


「よかった……。約束、守れそうだ」


そう呟いて、皇颯斗は自分という人間の変化を確かに感じた。


それは悪いものではない。

自分の人生はより良い方向に進むだろう。


孤独だった彼が、そんな確信を得た瞬間だった。

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