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狭田慶次の場合 / 五臓六腑も大暴れ

「狭田、俺が腕を二つ食い止めてみせる」


岩豪は巨大な盾で口元を隠し、狭田だけに伝わる声量を意識しているようだ。


「お前は残りの二つをいなして、ありったけのプラーナを込めた一撃を入れられるか?」


狭田はブレイブアーマーの中で口の端を吊り上げる。


「アホか。ありったけのプラーナ使ったら、光の壁を出している禁断術を破壊でけへんやろ。少しだけ力残して、ぶちかましたるわ」


岩豪も強張る頬に何とか笑みを浮かべた。


「お前が絶対にやつを倒すと信じるぞ。だから、俺のことも信じろ」


「おう、信じたる。この状況じゃあ、お前に賭けるしかあらへんけどな」


狭田は岩豪の目を見て悟る。こいつは命を賭けて戦えるタイプの男だ、と。何を抱えているかは知らないが、命を賭けても尚、この状況を切り開き、何かにたどり着こうとしている。そういう男は、やってのけるはずだ。なぜなら、自分がそうだから。


「作戦会議は終わりましたか?」


クマエフが貼り付けたような笑顔を浮かべながら、こちらを見ていた。


「待っとってくれたんか。おかげで有意義な時間が過ごせたわ」


「それは結構。そろそろ上で戦っている女勇者も力尽きるころ。我々も決着を付けましょうか」


岩豪の瞼がわずかに反応したことに気付かず、狭田は肩を回す。


「賛成や。とっとと終わらすで」


狭田が駆け出す。

岩豪も、右側から回り込むように距離を詰め、クマエフを挟む込むように動いていた。


狭田がクマエフの懐に踏み込む……ようなフェイントを見せるとほぼ同時に、岩豪が盾を突き出しつつ、突進する。


「うおおおりゃぁぁぁーーー!!」


強烈な突進だったが、クマエフは二本の腕を使って、盾を受け止める。人間を遥かに上回る力で、盾を奪い取ろうとするクマエフだが……岩豪は決して手を離すことはなかった。


(あいつ、ブレイブアーマーなしで強化兵と拮抗するなんて、どんだけの馬鹿力やねん!)


しかし、後は二本の腕を対処するだけ。狭田にとっては普通の人間を相手するのと変わらない。狭田が一気に踏み込むと、クマエフの腕が一本反応する。


迎撃の拳を躱し、もう一本が伸びてきたところを、狭田は冷静に、手刀でそれを叩き落とした。骨を折った。そう確信できる手応え。あとは、プラーナを込めたブレイブナックルを叩き込むだけ――。


「読みが甘いですよ!」


クマエフの嘲笑。

それは、五本目の腕の出現を意味していた。


渾身の一撃を放つはずだった狭田の拳は、新たに現れたその腕が止めている。そして、最初にやり過ごした一本目の腕を、今度は狭田が空いた手で受け止めらなければならなかった。


凄まじい力に、腕を引き抜くことすらできず、膠着状態が続く。


(この状況が続くってことは、五本目が最後なのか?)


とは言え、狭田に次の一手があるわけでもない。


(だったら、根性しかない。気持ちが強いやつが勝つ。それだけや!)


狭田は体内のプラーナを燃やし、身体機能を向上させ、掴まれた手首を引き抜こうとする。


「これがオクトのブレイブアーマーの力ですか!」


狭田の抵抗を感じたクマエフは、なぜか歓喜の表情を見せた。


「確かに素晴らしい技術のようです。これだけの力を感じた経験、未だかつてありません……。しかし、アッシアの強化技術は、それを上回っている!」


クマエフの怪力が急激に強まる。それは狭田の腕を握りつぶしてしまいそうなほどだ。


「体いじり回しているやつが、偉そうに!」


狭田はクマエフの力に押されまいと、さらに激しくプラーナを燃やし、ブレイブアーマーの強度を上げるが、右腕部分が悲鳴を上げるように、音を立てていた。


『警告。右腕に甚大なダメージ』


ブレイブアーマーのサポートシステムが警告する。


『このままダメージを受け続けた場合、アーマーの使用が不可能となります。推奨、ブレイブチェンジの解除』


「出し惜しみしてられへん! ブレイブモード!」


勇者の切り札である、ブレイブモードを発動させると、狭田の全身から激しい黄金の光が放たれる。力がみなぎる。これなら……。


狭田の右腕が少しずつクマエフの拘束から抜け出そうとしていた。


「覚悟しろや、アッシア人! これが抜けたら、きついの一発食らわしたるわ!!」


クマエフの表情も強張りを見せる。だが、あと一歩のところで、力が及ばない。新型のブレイブモードは五分。もし、その時間が経過したら……。


「悪いが、狭田……!!」


ずっとクマエフの腕と力比べを続けていたはずの岩豪が、突然口を開いた。


「なんや? 限界とか言うわけちゃうよな??」


「……いや!」


苦し気だった岩豪が勝ち誇るような笑みを浮かべた。


「悪いが手柄はいただくぞ!」


「はぁ?」


すると、岩豪が持つ盾の中心から、何かが突き出す。それは鬼の角のような、突起物に見えた。


「ど、ドリル??」


狭田は思わず声を上げる。それは、ドリルだった。人の腕ほどの太さがあるドリルが、盾から伸びて、クマエフの体に迫っていく。


「な、なんだと!?」


五本の腕を駆使するクマエフだったが、さすがに防ぎようがなかったらしい。ドリルはクマエフの腹部に突き刺さり、体内へ侵入して行く。


「これ以上、お前に付き合っていられないんだ。俺も奥の手を使わせてもらうぞ!」


岩豪の雄たけび。それに重なるように、クマエフの絶叫が轟いた。


「お前、人をダシに使いやがって!」


とは言うものの、狭田は少しばかり安心する。岩豪のドリルはクマエフの体を貫き、反対側に立つ狭田からその先端が見えるほどだ。


どれだけの痛みがクマエフを襲っているのだろうか。体を痙攣させ、失神しているようにも見える。後は、こいつの手を離さなければ、勝てるはず。


「うげぇ! はらわたが飛び出してやがる!」


腹部から赤く長細い臓物が何本も飛び出してきた……と思われたが、白黒としていたクマエフの目が狭田に向けられ、ピタリと焦点が合う。


その目は、死に怯えるものではない。痛みを抜け、狂気を手にしたものが、勝利を掴む感触に喜びを感じている目だ。


「岩豪、離れろ!!」


狭田の判断は正しかった。

が、少しばかり遅い。


クマエフの臓物と思われた、太い蛇のようなそれが、鞭のように激しくしなり、四方八方に広がる。しかも、一本や二本ではない。


複数の大蛇が暴れ狂うようで、爆発が起こったかのような衝撃が周囲に広がった。そして、その中心に立っていた、狭田と岩豪の体は宙へ放り出されてしまうのだった。

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