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狭田慶次の場合 / 家族③

妹は静かな控室で真実を語る。


「ホントはね、一週間前にママは死んじゃったの」


「なんで……呼んでくれなかったんや」


「ママが絶対にダメって。兄ちゃんは勇者になるから、集中させてあげてって言うから」


言葉を失う狭田。妹は言う。


「それから、ママが兄ちゃんに……今までありがとう。後は頼んだ、って言うとった」


本当ならば勇者誕生に喜びにあふれる控室も、誰もが口を閉ざし、淡々と撤収の作業を進めていた。いつも鬼のようなコーチの青田さえも、狭田の肩を優しく叩く。


「お前はよくやった。俺が知る限り、最強の勇者だ。だから、胸を張れ」


返事のない狭田を残して、一人ずつ控室を去って行く。泣いていた下の弟と妹は京香が外に連れ出した。気付けば、残っているのは上の弟である慶介だけだ。


「……なんで兄ちゃんいてくれなかったんや」


弟の呟きに、狭田はやっと顔を上げる。


「兄ちゃんがいれば、もっと母ちゃんは長生きしたはずや。それなのに……」


声を上げて、弟が泣き出す。

十分、二十分と経ったところで、弟は少しばかり落ち着きを取り戻したようだった。


「慶介、すまんかった……」


狭田の言葉に弟は首を横に振る。


「兄ちゃんは悪くない。本当は僕のせいや」


「お前は悪くない。ずっと母ちゃんの傍にいてくれたやろ」


「違う。僕は最低なんや。あの日も、母ちゃんは薬の副作用に苦しんで何回も吐いた。僕はそれが嫌で、ムカムカしながら片付けとった。それなのに、慶太も涼香も腹減ったって騒ぎ続けたんや。姉ちゃんも夕飯の準備が忙しくて、二人のこと怒らへんかった。だから、僕は我慢できなくて、母ちゃんが苦しんでる前で、二人のこと怒鳴った……」


再び呼吸を乱す弟。


「母ちゃんは何度も僕に謝っとった。苦しいはずなのに、何度も謝っとった。だけど、僕は母ちゃんに優しい言葉をかけることもできへんかった。本当は、僕が謝るべきやったのに」


弟の後悔は、狭田には想像もできないものだ。


「僕がもっと優しかったら、頼りがいがあったら、母ちゃんは長生きしたはずや。兄ちゃんがいれば……いてくれたら、僕だって怒鳴らへんかったのに」


狭田は戦いで歪んだ手を、弟の肩に置いた。弟は続ける。


「僕も、兄ちゃんみたいに強くて、周りを明るくする男になりたかった。でも、僕は弱くてダメなやつなんや。兄ちゃんいなかったら、母ちゃんのこと、姉ちゃんも、慶太も涼香も守られへん。そんな、最低なやつなんや……」


「そんなことない。兄ちゃんがそこにいたら、もっと怒鳴り散らしてた。たぶん、慶介だからそこまで我慢できたんや。ほんと、お前は優しくて偉いやつや」


弟と二人、時間を忘れて泣いて、しばらくは穏やかな日々が続くのだが……。

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