【馬鹿なの?】
ニアの誘導によって、研究所らしいエリアを抜け、さらに薄暗いトンネルのような通路に出た。暗くて、真っ直ぐどこまでも続くようなトンネルは、どこか不吉な雰囲気がある。そのせいか、誰もが黙り込んでしまったのだが……。
「ねぇねぇ。オクトがワクソームまで攻め込んできたの?」
アオイちゃんだけが緊迫感から逃れているようだった。
「攻め込むって言うか……」
答えたのはフィオナだ。
「戦争をやめてほしい、ってお願いにきたの。イワン首相がそれを聞いてくれたら、戦争も終わるはずよ」
少し誤魔化しが入っているのかもしれないが、僕たちの気持ちとしてはその通りだ。アオイちゃんはどう感じるだろう。恐らくは、アッシアで長い月日を過ごしていただろうアオイちゃんは。
「戦争は良くないよね」
アオイちゃんの呟きは、シンプルなものだけれど、彼女がたどってきた道を想像させるようなものだった。もしかしたら、実験体として戦争に駆り出されていたのだろうか。そう思うと聞かずにはいられなかった。
「アオイちゃんも戦争のせいで大変だったの?」
「うん。たくさん戦った。人が死ぬところも見たし、人を……」
「ご、ごめん。無理に話さなくて良いんだよ」
彼女の口から説明させるべきことではない。僕はアオイちゃんの話を遮ったのだが、彼女は続けるのだった。
「でも、仕方がなかったんだ。私は私を必要としてくれる人を助けるので精一杯だったし、それは相手も同じだった。世界はどんどん悪い方に向かっている。そんなことは分かっていたけれど、その日をなんとか過ごすことしか、頭の中になかったんだよね。だから、相手が持っているものを奪って、自分たちが生きることだけを考えた。悪いことをしたと思うよ。だけど、本当に仕方なかったんだ」
「それは……そう、だよね」
僕は彼女の言葉に同調しつつも、何だか自分を恥じる気持ちが膨らんでしまった。僕が彼女と同じくらいの年だった頃、何を考えていたのだろうか。世の中が悪くなるとか、そんなことは意識すらしてなかったかもしれない。
きっと、彼女だってそんなことは考えたくなかったはず。だけど、考えなければならない状況だったのだろう。いや、それすらも許されなかったのかもしれない。
「戦争、早く終わると良いね」
彼女が呟くと、遠くで雷が落ちるような音が響いた。そして、天井からサラサラと砂が落ちてくる。
「もしかしたら、この上がちょうど戦場なのかもね」
フィオナが言う。
「きっと、この戦いが終われば、世界はいい方へ変わる。そう信じて、今は進みましょう」
「本当にそうかな」
アオイちゃんはフィオナの言葉を否定した。
「偉い人もそんな風に言っていた。だけど、いつまで経っても、どれだけ経っても世界は良くならなかったよ。誰が何を間違えているのか分からないまま、私たちは何かから逃げるみたいに生きるだけなんじゃないかな」
「……そんなことない。貴方が大人になるまでには、何とかしてみせる。それに、この戦争に関していえば、誰が何を間違っているのかは明確なんだから、絶対に正せるはず。私はそう信じている」
「だと良いけど」
フィオナからは強い信念が垣間見え、暗い世界を切り裂いていくようだったが、アオイちゃんには何も響かなかったようだ。だからこそ、何とかしてあげたい。僕はそう思った。
「アオイちゃん、僕は大したことできないけどさ、君が安心して毎日を過ごせるよう、この戦争を終わらせるよ。明日に怯える日々なんて、そんなのひど過ぎる。きっと明日は今日より良くなるって、そう思いたいよね」
アオイちゃんは僕を見て、呆然としたように目を丸くしたが、それはすぐ笑顔に塗りつぶされた。ただ、その笑顔は喜びや楽しみからくるものではない。どちらかと言うと、嘲笑や悪意に近いものだった。
「お兄ちゃん、馬鹿なの? そんな日がくるわけないじゃん」
アオイちゃんは今まで何を見てきたのだろうか。それを考えると鳥肌が立った。そこからは、何度も爆発音が聞こえ、振動を感じた。外の戦いはますます激しくなっているらしい。
「あれ、出口じゃないですか?」
最初に気付いたのはリリさんだった。続いてエックスさんも、それに気付いた。
「本当ですね。明かりが漏れていますわ」
暗いトンネルの終着点。そこには何の変哲もない扉があった。
「僕が扉を開けます。皆さんは下がっていて」
皇が扉を開くと、一気に光が差し込み、僕を腕で目を守った。が、同時にドーンッという爆発音が続けざまに聞こえ始める。
「まずい! 全員、すぐに外へ!」
珍しく皇が叫ぶ。
だからこそ、僕は反射的に動けた。すぐ傍にいる、フィオナの腕を引っ張って外に飛び出す。
同時に凄まじい爆発音が耳を打ち、急に地面が跳ね上がったのかのように、僕たちの体を宙に放り出した。たぶんだけど、爆弾やミサイルようなものが、僕たちのすぐ傍に落ちたのだ。
体を地に打ち付けた後、すぐに顔を上げた。フィオナは無事。リリさんとエックスさんは皇が守った。
じゃあ、アオイちゃんは……?
「こ、これって……」
僕は気付いた。僕の目の前に落ちている、白い腕。
紛れもなく、それはアオイちゃんのものだった。
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