【あの人、増えて再登場】
「ぜんぜん敵兵が出てこないな」
静かな廊下を進みながら僕が呟くと、遠くで地鳴りのような音が聞こえ、地震のような揺れを感じた。フィオナの方を見ると、彼女は同意するように頷く。
「上の戦いのせいで、敵も混乱状態なんでしょうね。これなら、簡単に外へ出られるかも」
外へ出られる、という言葉にアオイちゃんが反応する。
「アオイ、この辺りから出てきたのに戻ってきちゃった」
アオイちゃんは肩を落とす。辺りを見る限り、ここは研究所らしい雰囲気があった。やっぱり、アオイちゃんは実験体として、ここで暮らしていたのだろう。しかし。アオイちゃんは暗くなるわけではなく、僕たちに忠告してくれた。
「ここで悪いことすると、ダリアに怒られるから気を付けてね」
ダリア?
ここの警備責任者の名前かな?
「ダリアって誰なの?」
「言うこと聞かない人を捕まえる役なんだ。ほら、あれがダリア」
え?
あれって……。
アオイちゃんが指をさした方を見ると、こちらに近付く女性の姿が。そして、向こうも僕らを認識したらしく、こちらへ駆け出した。
「敵は一人……僕が何とかするから、フィオナはアオイちゃんと後ろに!」
「頼んだわよ!」
フィオナがアオイちゃんと物陰に隠れたことを確認しつつ、向かってくるダリアという女性を迎え撃とうと腰を落とした。
ダリアは遠いところから跳躍し、宙で弧を描きつつ、一気に距離を詰めてきた。そして、空中から放たれる回し蹴り。僕はしっかりとガードしてそれを防ぐが、その威力に体が流れてしまう。
さらに右ストレートによる追撃が飛んできたが、体を逸らしてやり過ごし、反撃の拳を放つ。それは自分でも驚くほど綺麗にダリアの顎を捉え、彼女が膝を折った。
そして、彼女の足を刈るように低い回し蹴りを入れ、倒れたところに鳩尾へ拳を落とすと、完全に戦意を奪うことに成功したのだった。
「ダリアを倒しちゃうなんて、お兄ちゃん凄い!」
安全と判断したのか、物陰から出てきたアオイちゃんが後ろから僕を抱き着いてきた。
「ふふっ。僕もこれくらいはね」
何だか久しぶりにちゃんと強さを発揮して、思わず嬉しさが顔に出てしまったが、何となくフィオナに冷めた目で見られているような気がして、咳払いで誤魔化すしかなかった。
「それにしても、大したことなかったな。あれくらいなら、何人出てきても問題ないかも」
「ほんと? でも、ダリアはたくさんいるよ?」
「たくさん?」
「ほら」
またもアオイちゃんが指をさす方向を見てみると……。
「ど、どういうこと?」
さっき倒したはずのダリアが……三人もいる。
同じ服装の兵士とか、そういうことではない。まったく同じ顔した女が、三人いるのだ。そして、その三人のダリアが駆け出したかと思うと、廊下の角から別のダリアが現れ、五人に増えてしまった。
「や、やばいぞ……。逃げよう!」
追跡から逃れる途中、廊下に並ぶドアの一つに飛び込み、何とかダリアの追跡をやり過ごす。物音を立てないよう動きを止める時間が続いたが、やがてダリアたちの気配が遠ざかり、ほぼ三人同時で溜め息を吐いた。
「怖かったね」
とアオイちゃんが笑顔を見せる。
「うん。同じ顔の人が追いかけてくるって、本当に怖いんだね。それにしても、あのダリアって人……どうして五人もいるの?」
僕の質問にアオイちゃんは首を傾げる。
「えーっと、過去に存在していた、適正兵士のクローンだから、たくさんいるって聞いたかなぁ」
「クローン??」
驚いたのは僕ではなく、フィオナだ。
「クローンって、禁断技術じゃないの。イワンのやつ……国際条約も関係なしなのね」
「ダリアはクローン人間ってこと?」
僕が聞くと、フィオナは一瞬だけ怪訝そうな顔を見せたが、何か納得することがあったのか、ただ頷いた。
「そういうこと。クローン技術って、貴方の世界にもあったの?」
「うん。人間のクローンっていうのは、色々問題が指摘されて積極的に研究しているわけではなかったけど」
「貴方って何かの研究者だったの?」
「ただの学生だよ。何の取柄もない学生」
「……ただの学生がクローンのような恐ろしい技術を知っているなんて、恐ろしい世界なのね」
「知っているってほどじゃないけれど……」
「名称を知っているだけでも、この世界ではあり得ないわ」
「誠お兄ちゃんの世界って、どういうこと?」
僕とフィオナの会話にアオイちゃんが入ってきた。しかも、説明しにくいところを……。
「えーっと、僕の出身は凄い田舎でね。本当に世界が違うみたいだって、よく馬鹿にされているんだ」
納得できなかったのだろうか。アオイちゃんは僕の顔をじっと見つめてくる。ウソを責められているようで、心が痛いぜ……。
「ふーん。そんなに田舎なの? オクトのどこ?」
「ど、どこって?」
「北の方? 南の方? 離島?」
アオイちゃんったら、なかなか好奇心が強いようで……。
しかし、どう答えればいいんだ?
オクトの地名とか僕はまったく知らないぞ!
フィオナに助けを求めようと視線を移しかけた、そのときだった。
ガンッ、と何かしらの衝撃音が遠くから。さらに、争い合うような音が続けて聞こえてくる。
「もしかして、誰かが……?」
フィオナの言いたいことは、すぐに理解できた。皇かリリさん、エックスさんがダリアと遭遇しかのかもしれない。
「助けに行こう!」
廊下に出て、物音が聞こえる方へ走ると、そこには……。
「皇!」
こちらを一瞥する皇の後ろには、リリさんとエックスさんも!
よかった、みんな無事だったんだ。ただ、皇は五人のダリアと対峙している。
僕がどうすべきか迷っていると、五人のうち二人のダリアがこちらを向いた。
よし、皇ばかりに良い格好させるわけにはいかない!
僕が二人を倒して、ちゃんと役に立つところを見せないと。
それに、僕の後ろにはフィオナとアオイちゃん。しっかりと敵を倒すんだ――
って、思ったのだけれど、僕の悪いところが出てしまうのだった……。
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