【ラブコメな日々①】
それから、僕たちの日々はとにかく忙しいものがあった。まずはアッシアの小さい要塞を攻め、そこで皇が死んだことに。それをアッシア側にも知らせるため、盛大な葬式の準備をしなければならなかった。
「だ、大丈夫?」
「もうダメかもしれません……」
だけど、一番忙しかったのは、たぶんこの人だ。
「ニア、少し休んだら? ほら、砂糖たっぷりのコーヒーだよ」
「ありがとうございます。でも、あと少しで一区切りなので……」
ニアは三つのモニターを前にして、三つのキーボードを操作している。しかも、指の動きは尋常じゃないくらい速い。朝昼晩、どんな時間に様子を見に行っても、常にこの状態。一時間前に入れてあげた飲み物も、口を付けていないようだ。
「ちゃんと飲んでね」
「分かっているのですが、時間が惜しくて」
「そ、そっか……。でも無理しちゃダメだよ?」
「はい……」
ニアの返事は生気がなく、これ以上は何もできないので、僕は彼女の作業部屋を後にした。
その後、僕は葬儀の準備を手伝いへ。
ニアに比べればもちろん楽なんだろうけれど、慣れないことがたくさんで、流石に疲れてしまい、誰もいない夜の食堂でぐったりして動けなくなってしまった。
「あれ、誠。何してるんだ?」
そこに偶然通りかかったのはハナちゃんだ。
「ハナちゃん!」
嬉しくて疲れが一瞬吹き飛んだが、すぐに力が抜けてしまい、椅子に座り込んでしまう。
「どうした? 疲れてるみたいだな」
「うん。ずっと葬儀の手伝いやってたから」
「葬儀の? 勇者の仕事じゃないだろ、それ」
「そうなんだけどさぁ。最近、僕って勇者として全然役に立ててないから、少しでも別のところで皆の手伝いができないかなぁ、って」
「お前なぁ……」
ハナちゃんは呆れながら僕の隣に座る。
「別に戦果出てなくても、みんな分かっているんだよ。お前は凄いやつだ、って」
「そうかなぁ? そう言ってもらえるのは嬉しいけど実感ないよ。イザールで戦ってから、特に活躍してないし。皇ばっかり褒められてるし。なんだかなぁ」
うなだれる僕の胸倉を掴むハナちゃん。
「つまんねぇことで落ち込むな! 私が褒めてやってるんだから、少しは自信を持てよ」
「そう言われましても……」
ハナちゃんは僕を揺すり、何とかやる気を出させようとするが……あれ、こんなこと前もあったな。と、思ってハナちゃんの顔を見る。
うわ、凄い美形が目の前に。
そして、ハナちゃんも何か気付いたのか、手を止めて僕を見つめた。
あ、そうだ。
僕が初めてハナちゃんにぶん殴られた後、やり返そうと思ったけど、練習がつらくて公園でさぼっていたときだ。こうやって胸倉を掴まれて、顔が近いことに気付いて、やたらと動揺したんだよな。
それで、その後に例の約束を……。
思わず、視線がハナちゃんの唇に。やばい、この距離で変なこと考えたら……!
目を逸らそうとしたとき、その唇が動いた。
「じゃあ……今、するか?」
「へっ? する、って何を?」
「い、言わせるな。あの約束だよ。そしたら……」
ハナちゃんが先に視線を逸らす。
「そしたらさ、少しは自信出たりするだろ?」
「……そ、そうかも」
「……うん。じゃあ」
ハナちゃんが視線を戻す。目が合うと、さっきからドクドク言ってた心臓が、さらに爆音を立て始めた。
「い、行くぞ」
「うん……!」
ハナちゃんがゆっくりと顔を寄せる。
ので、僕も同じように顔を寄せつつ、目を閉じるべきかどうか激しく悩んだ。
が、ハナちゃんが目を閉じた。
ので!
僕も目を閉じようとした……そのときだった。
「綿谷さん? どこに行ったの……あっ」
びくんっ!と二人で肩を震わせ、距離を取る。
声の方を見ると、薄暗い食堂を覗き込んでいた誰かの影が引っ込むところだった。再び顔を合わす僕とハナちゃんだったが……。
「あの、何て言うか……また、今度な」
「そ、そうだよね。なんかごめん。ちゃんと頑張るから、心配しないで。ありがとう」
「いや、とにかく、無理するなよ」
そう言ってハナちゃんは食堂から出て行った。ハナちゃんを探していた誰かとの会話がわずかに聞こえてくる。
「本当にごめんなさい。私、まさか綿谷さんがそこまで盛っているとは……いえ、大胆なことをしているとは思ってもいなかったので。逢引の時間なら、そう仰ってくださいな」
「違う! お前の想像していることは全部間違いだ!」
「はいはい。そうですわね。綿谷さんは真面目な方ですものね。ええ、知っていますとも。ムキにならなくても大丈夫ですわ」
「お、お前なぁ……」
声は少しずつ遠ざかり、やがて聞こえなくなった。やっと心臓のドキドキが収まったので、一人溜め息を吐くと――。
「あと少しだったのに、残念だったな」
「うわあぁぁぁー! 久々で油断してたーーー! びっくりしたーーー!」
セレッソが食堂の机の影から顔を半分だけ、ひょっこりと出していたのである。
「お前な、いつから見ていたんだよ?」
「最初からだ」
こ、こいつ……人のファーストキスの現場を盗み見するなんて趣味が悪いぞ。何とか怒りを収めようとする僕に、机の影から顔を半分出したままのセレッソが言う。
「言っておくがな、誠」
「なんだよ」
「お前のファーストキスの相手は私だぞ」
はいはい。
聞こえない聞こえない。
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