【戦争は終わった】
救出されたとき、三枝木は小さな記録メディアを握っていることに気付いた。身に覚えのないそのメディアに保存されていたのは、数分の音声データだった。
『まずは助けてもらったことに礼を言おう、勇者よ』
それは間違いない、ダリアの声だった。
『お前のせいで、私は何もかも失った。生きる価値もないと思ったが……死ねなかった。たぶん、お前の言う通りで、この世界を名残惜しく思ったのだろう。きっと、世界には愛すべきものに溢れている。だから、もう少し生きて、新たに愛すべきものを見つけられるまで、何とかやってみるさ』
『姉さん、そんなやつ殺しましょうよ!』
途中で入った声は間違いなくウスマンだろう。小さい打撃音が聞こえた後、再びダリアが語り出す。
『戦いでは負けたが、私はお前より幸せになってみせる。そうだ、人生の幸福度ではお前に勝ってみせる』
言葉を選んでいるのか、数秒間の沈黙があったが、すぐに再開された、
『でも、恐らくだが……私も道に迷うことがある。そのときは、お前と戦ったこの日々を思い出し、何とか立ち上がってみせるつもりだ。それで、だな……』
ダリアが言い淀む。
言葉を選んでいるというよりは、何かを躊躇っているようだ。
『その、なんて言うか……。私が納得行く人生を歩みだせたと確信できたら、お前を訪ねようと思う。安心しろ、殴りかかったりはしない。確かに、私たちは敵同士だ。いや、敵同士だったわけだが……それくらい許せ。ある意味、私たちは戦友だろう?』
しかし、ダリアは三枝木の名前すら知らないはずだ。それには触れず、ダリアは続ける。
『そんな未来が待っているとしたら、私はもう少し頑張れる。やってみようと思える。……それだけだ。じゃあな、お前も生きろよ。先に死んだら、許さないからな』
それから一ヶ月。
三枝木と瀬礼朱は王都に戻るため、高速鉄道に乗り込むところだった。
「三枝木さん、瀬礼朱さん。本当にお世話になりました」
二人を見送る馬部が深々と頭を下げる。瀬礼朱は、すっかりと勇者の顔付になった馬部の肩を叩いた。
「こちらこそ、本当にありがとうね。最初は頼りないやつだと思ったけど、馬部くんには何度も助けてもらったよ」
三枝木も笑顔を見せる。
「残ったアッシア兵を侮ってはいけませんよ。まぁ、今の馬部くんなら、抜かりなくやり切ると思いますが」
「三枝木さんに教えてもらったこと、忘れません。これからも、勇者として戦い抜きます」
魔王の攻撃により、イロモアは壊滅的なダメージを受け、オクトもアッシアもほとんど全滅状態に陥った。ただ、アッシアの兵力は少なからず残っている。三枝木や瀬礼朱は帰国の許可が出たが、馬部は残ったアッシア兵と戦う任務を命じられていた。
「あ、もう時間だ」
瀬礼朱は腕時計を確認し、改めて馬部に声をかける。
「じゃあね、馬部くん。王都に戻ったら、連絡ちょうだい」
「そのときは、改めてお祝いしましょう」
馬部は頷く。
「はい。絶対に連絡します! 十三部隊の同窓会、楽しみです!」
瀬礼朱と三枝木が高速鉄道に乗り込むと、ホームにアナウンスが流れた。高速鉄道が動き出し、窓の向こうでは馬部が手を振り続けている。
瀬礼朱と三枝木はそれに応えるが、その姿はすぐに見えなくなってしまった。
「きっと、すぐに会えますよね」
瀬礼朱の言葉に三枝木は頷く。
「戦争は直に終わりますから」
しかし、二人は馬部と再会することはなかった。
馬部はその後の戦いで大きな戦果を挙げ、イロモアの防衛責任者の任を命じられ、王都に戻る暇は与えられなかったのだ。そして、十年のときを経て、第二次オクト・アッシア戦争が勃発。後にカザモ基地防衛戦と呼ばれる戦いで、若い勇者と王女を守って戦死する。
もちろん、今の瀬礼朱と三枝木にはそんな未来は想像することもない。ただ、緑に溢れるイロモアの景色に名残惜しさを感じるだけだった。
「あれは……」
瀬礼朱は景色の中に、セレッソと最後に会話した崖を見つける。
「女神様はご無事でしょうか」
魔王の攻撃から一ヶ月。
二人はセレッソの姿を見ることはなかった。あの地獄の光景から救ってくれたのは、オクトの守護女神であるセレッソなのに。三枝木は言う。
「無事だと信じています。きっと、何食わぬ顔で姿を現すはずですよ」
「……ですね。信仰者である私がそれを信じられないなんて、女神様に叱られてしまいますよね」
頷く三枝木を見て、瀬礼朱の中で安心感が膨らんだ。瀬礼朱は座席に背を預けて一息吐くと、前の座席に設置されているネットに目を止める。そこには、ここ最近のニュースをまとめた小さな冊子があった。
「そう言えば、このニュース見ましたか?」
瀬礼朱は冊子を手に取り、三枝木に見せ、表示に大きく書かれた見出しを読み上げる。
「王女フィオナ。イロモア奪還に成功……ですって」
「はい、見ました。今回の戦い、フィオナ様と意思が強く反映されたそうで、イロモアの奪還はあの方が指揮した、と評判になっているのだとか」
「じゃあ、フィオナ様の地位は高まったのでしょうね」
「そうみたいですよ。噂によると、以前から主張されていた、勇者制度の拡張を望まれているそうです。より多くの勇者が必要だ、とお考えのようですね」
「だとしたら……きっと、私も勇者になれますよね?」
瀬礼朱は夢に向かって走り出そうとする活力を、自らの中に感じた。そして、三枝木がそれに答えるように、頷いてくれる。
「はい。明日から練習を始めましょう」
三枝木は視線を正面に向けると、何かを懐かしむように目を細めた。そして、呟くようにこんなことを言うのだった。
「たぶん、苦しいこともあると思います。嫌になったり、つらくて逃げ出したくなったりすることも……だけど、好きと言う気持ちがある限り、私たちは何度も立ち上がれるはずですよ。いえ、立ち上がってしまうものです。それが、何かを好きだということですから」
それから、二人は交わす言葉が少なくなり、王都に到着するまで眠りについてしまった。
数年後、瀬礼朱は社会人部門のランキング戦に参加する。何度か暫定勇者決定戦に挑むほどの活躍を見せ、アグレッシブなファイトスタイルは多くの人を魅了したが、やがて引退を決意。ただ、引退理由を語った彼女に、誰もが祝福の言葉を送ったと言う。
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