【愛してくれとは言わないから】
突然、ドンッという衝撃音が頭上から。
三枝木が顔を上げると、黄色い炎だけでなく、桃色の炎も発生していた。明らかに炎の量が二倍になっている。
炎が膨らんだ、というよりは、別の炎が現れてぶつかり合っているようだ。そして、二つの炎は争い合うことで火花を散らし、炎の雨を降らせている。
「な、なんだあれは!」
ダリアも何が起こっているのか、理解できないようだ。ということは、魔王と拮抗する別の力が現れたのだろうか。
すると、桃色の炎が激しく光り、黄色い炎を押し出すようにして、海の方へ移動して行く。炎だけでなく、大地と空を切り裂く閃光を発しながら、二つの十字の炎は水平線の向こうへ消えてしまった。
「終わった……?」
混乱しながら身の安全を実感する三枝木だが、その横でダリアの歓喜に満ちた笑い声が。
「何だ! どういうことだ! 魔王様が消えた! いなくなったぞ!」
状況は分からないが、ダリアにとっても好都合な状況らしい。
「行くぞ、オクト人」
「行くって、どこへ?」
ダリアは答えず、三枝木の手を引っ張り、歩き出した。そして、彼女はイワンの前まで三枝木を引っ張った。
「やぁ、ダリア。私に友人を紹介してくれるのかな」
穏やかな散歩で友人と出会ったように挨拶するイワン。だが、三枝木はそれを見て不気味な何かを感じた。
なぜなら、イワンは口調こそ友好的だが、表情は冷たく、人を人と見ていないようだったからだ。そんなイワンにダリアが答える。
「いいえ、イワン様。これは友人ではありません」
再び不気味な何かを感じる三枝木。それはイワンによるものでなく、今度はダリアによるものだ。
あれだけ攻撃的な性格のダリアが、恋する乙女のように甘い表情と声で喋る。三枝木にとっては異様なものでしかない。
「わたしく、イワン様に贈り物を持ってきたのです」
「ほう、贈り物?」
ダリアは頷くと、三枝木の手を放してから、軽々と船に飛び乗った。そして、船のエンジン部分を拳で破壊してしまう。
「ダリア。どういうつもりか、説明してくれるね?」
突然の破壊行為に対しても、顔色を変えることのないイワンに、ダリアは笑顔を見せる。
「イワン様、見てください。周りには誰もいません。オクトの戦士もアッシアの兵も。そして、魔王様すら、ここにはいない」
辺りは炎に包まれ、何もかも燃えてしまった。動く人影らしいものは確かにない。
「そのようだね」
イワンが同意すると、ダリアは嬉しそうに頷く。
「ただ、ここに一人だけオクトの勇者がいます」
「確かに。だが、君が守ってくれるのだろう?」
その言葉に、ダリアは幸福を噛みしめるように、両手を組んだ。
「はい。そうです。お守りします。私だけが貴方を守れるのです。贈り物とは、貴方の身の安全です。ですから、イワン様……仰ってください。この勇者を排除すれば、私を一生……貴方様の傍に置く、と」
何だこの二人は。異常なシチュエーションに、三枝木は言葉を失う。一方、ダリアは半分は焼けただれた顔を、今こそ幸福の絶頂と言わんばかりに輝かせ、イワンは静かにそれを眺めていた。が、イワンが少しだけ笑った、ように見えた。
「最初から、私は一生君を傍に置くつもりだった。今さら何を言うのだ?」
「そうではありません、イワン様。ダリアは不安なのです。魔王様にイジメられて、こんな姿になってしまった。なのに、イワン様は魔王様を窘めてくれはしないじゃないですか。つまり、ダリアのことなど、もういらない……と。だから――」
ダリアの表情に狂気の色が染まる。
「だから、言ってほしいのです。守れ、と。そして、一生傍に置く、と。愛せとは言いません。ただ傍に置くと言ってください。そうすれば、私は貴方を信じて戦い、貴方を守ります」
「……分かった」
イワンは頷いた。普通であれば、ここは命乞いすべき場だ、と考えるだろう。だが、イワンの表情は媚びる様子はない。愛想笑いも、恐怖の片鱗すらも。そして、彼は言う。
「ダリア、私を守っておくれ。そして、一生傍にいてくれ」
ダリアは溶け出すように恍惚の表情を浮かべ、日の光を祝福のように浴びた。
「ありがとうございます、イワン様。私は幸せです」
幸せを十分に噛みしめたのか、ダリアは穏やかな表情を見せ、イワンに宣言する。
「では、見ていてください。このダリアが、死力を尽くし、貴方様を守りますから」
そう言って、ダリアは船から飛び降り、三枝木の横に着地した。
「待たせたな、オクト人」
「……そういうの、オクトでは何と言うか知っていますか?」
首を傾げるダリアに三枝木は言う。
「人を出しに使う、と言うのです。あまり褒められたことではありませんよ」
「よく分からんが、どうでも良い。言っただろ、私は自分の好きという感情、それだけを優先すると」
体力的にも精神的にも極限状態で、喜怒哀楽を出す気力も残っていない三枝木だったが、ダリアの言葉に思わず吹き出してしまう。
「なぜ笑う?」
不満そうなダリアに、三枝木は弁解するように言った。
「いえ、すみません。そうですね、貴方はそういう人だった。だからこそ、私も戦うことをやめなかった。何と言うか……」
三枝木の脳裏には、様々な想い出が駆け巡る。
それはイロモアにきてからの日々だけではない。ずっと昔、オクトの勇者たちに憧れた記憶。ランカーになるため、仲間たちと切磋琢磨した記憶。悔しい気持ちを繰り返した記憶。暫定勇者になったときの記憶。ブレイブシフトを授かったときの記憶。
そして……満天の星空の下、約束を交わした記憶も。
「私は貴方に感謝すべきかもしれない」
三枝木の意外な言葉に、さすがのダリアも不審に思ったようだ。だが、すぐに思い返すことがあったか、三枝木と同じように晴れ晴れとした表情を見せる。
「そう言われてみると、私もお前に感謝すべきかもしれない」
三枝木はブレイブアーマーの裏で微笑みを漏らす。
「しかし、やることは決まっている。そうですね?」
「そういうことだ」
二人はその場から二歩ずつ離れると、拳を構え、同じタイミングで踏み出した。
こうして、第一次オクト・アッシア戦争の結末を決定する戦いが、始まるのだった。
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