【魔王様がみてる】
時間はカザモ上空に魔王が出現したときに遡る。
ダリアの右のパンチに合わせて、三枝木もパンチを出そうとした、そのときだった。妙な大地の揺れを感じた三枝木は、すぐに動きを止めて周辺を警戒する。
「ま、まさか……魔王様!」
同じように何かを感じたのであろうダリアが、表情を強張らせながら空を見上げていた。三枝木も同じ方向を見てみると、空に黄色い十字の炎が広がってる。
「あれは……?」
大規模な魔法か何かだろうか。困惑する三枝木だったが、あれこれと考えている場合ではない、と察することになる。上空に浮かぶ黄色い十字から、大量の火の矢が降ってきたのだ。
それは無差別な攻撃だった。
三枝木やオクトの戦士を狙うのではなく、ダリアも必死に炎を避けている。
「イワン様はなぜ! 私がここにいると知っていて魔王を……」
ダリアは何やら苛立っているようだったが、三枝木の方を睨みつけた。
「しかし、どっちにしてもお前だけは……。いや、お前を倒せばイワン様は、私を……!」
ダリアが三枝木に襲い掛かかるため、地を蹴ろうと腰を落としたが、二人の間に閃光が走った。いや、巨大な光の柱が通過した、というべきか。それは地を割くと、巨大な爆発を生み出した。
何が起こっているのか、三枝木には理解できない。しかし、味方も敵も焼かれ、四方八方から断末魔の叫びが響き渡る。
「アッシアは貴方たちごとイロモアを焼くつもりですか? だとしたら、貴方と私が戦う意味があるのでしょうか?」
所々から爆発音や人々の悲鳴が聞こえる中、三枝木はダリアに問いかけた。少しくらい、彼女の意志は揺らいでいるだろう、というのが三枝木の想像だったが、ダリアの心に迷いはないらしい。
「確かに、私は破棄されたのかもしれない。だが、お前の首をイワン様に差し出せば、きっと認めてもらえる!」
先程に増して空から炎が降り注ぐが、ダリアはその中をかき分けるように三枝木へ接近した。そして、跳躍しつつ美しい空中回し蹴りを見せる。三枝木は上半身を逸らして、それを回避しつつ、着地しようとするダリアの軸足を狙った。
足払いによって体勢を崩すダリアだが、右手で着地して全身を支えると、再び三枝木へ蹴りを放つ。その威力に三枝木が後退したところ、ダリアは体勢を立て直した。が、そこに火の矢が雨の如く落ちてくる。
二人は別々の方向へ移動し、難を逃れるが……。
それから、しばらくの間、二人が拳を交えることはなかった。戦うよりも、降りかかる火の粉を……いや、炎の渦から逃げることで精一杯だったからだ。
これは戦争ではない。戦いですら、なかった。
戦いは人と人の意志が、誇りが、尊厳がぶつかり合う。しかし、この炎にそれがない。ただの焼却。人の意志も誇りも尊厳も、すべてを無視して焼き払うものだ。
三枝木は人々の悲鳴を聞きながら、そんなことを思った。
仲間が死んだのか、それとも敵が死んだのか。それすらも分からない。三枝木自身、熱が低い方へ進むだけだった。
三枝木は木の影に隠れ、体を休めた。この状況で生きている。それだけで奇跡だった。ダリアとの決戦のため、残しておいたブレイブモードも使い切り、自らのプラーナも残りわずかだ。
「これまでか……」
霞む視界を空へ向ける。
もしかしたら、消えているのでは……と楽観的に考えたが、あの十字の形をした黄色い炎は、爛々と燃え盛っている。そして、再び炎が迫っていた。この場所も安全ではない。だが、体は重たくて、逃げることもできなかった。
「でも、まぁ……。楽しいことも、あったから」
あったから、ここで人生が終わっても、別にいいじゃないか。
そんなことを少しだけ思った。迫る炎を見つめ、あれを受け入れてしまえば、楽になるかもしれない、と目を閉じる。
暗闇の中、浮かび上がる死骸たち。彼らは三枝木の記憶にある死者たちだ。自分も彼らと同じことになる、と思うと恐ろしかった。
だが、彼らは恐ろしいと思うことすら、できない。意識が消える。それだけでも、これだけ恐ろしいのなら、喜びや楽しみが消えるということは、どれだけ恐ろしいのだろうか。
「ダメだ。動くんだ。少しでも安全なところに」
三枝木は重たい体を持ち上げるように立ち、炎が少ない方へ歩き出す。どれだけ歩いただろうか、右へ行っても左へ行っても、地獄のような炎に身が削られる。それでも、少しでも安全な方を目指し、三枝木は朦朧とした意識のまま動き続けた。
三枝木の諦めない気持ちが運を呼び寄せたのか、気付けば海が見える場所まで移動していた。そこは、長いトンネルを抜けたかのように、炎の熱がない。安全地帯のようだ。そして、三枝木はもう一つ気付く。
海に浮かぶ小型の船。
そこに黒いスーツ姿の男が一人立っていることに。
「あれは……」
ニュースの映像で見たことがある。
イワンだ。イワン・ソロヴィエフ。アッシアの首相に間違いない。
「だったら、やつを捕えれば」
今にも倒れそうだが、一人の男を捕らえることはできるはず。三枝木が踏み出そうとした、そのときだった。
「それ以上進むな、オクト人」
制止する声。振り返ると、三枝木と同じく立っているのがやっとであろう、ダリアの姿があった。黒い灰にまみれ、顔は火傷で半分ただれている。それでも、闘志は残っているようだ。三枝木は問う。
「私が行けば、貴方が必死に止める……ということですか?」
「違う。魔王様が見ている。後一歩でも進んでみろ、お前は焼け死ぬぞ」
「何を言うかと思えば」
この状況で焼け死ぬも何もない。しかし、三枝木が半歩だけ足を前に出した瞬間、押し潰されそうな殺気が、空から注いだ。それは今まで相対してきた殺気とはまったく別のものだ。むしろ、死の瞬間を切り取ったような、限りなく純度の高い殺気である。その恐怖に、三枝木は後退するしかなかった。
「今のは……?」
「だから、魔王様だよ。周囲を燃やし尽くすまで遊んでいる。それでも、ちゃんとイワン様に近付くものがいないか、見張っているんだ」
ダリアは頭上に浮かず十字の炎を指さす。
あの炎が……本当に魔王?
ダリアは言う。
「お前は私が倒す。だから、魔王様に殺されては困るんだ。ほら、もう少しこちら側に来い」
三枝木は大人しくそれに従った。従うしかなかった。どうやら、あくまでダリアは自分との決着を望んでいるらしい。相手もそうだが、自分は消耗しきっている。こんな状態で戦いきることは可能だろうか。
いや、戦いきったとしても、魔王に殺されるという結末も否めない。三枝木は自分が陥った状況から、どうやって脱するか、何パターンか作戦を考えた。ただ、そのすべては成功のイメージまで達することはなかった。
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