【決着の前に訪れるものは】
ブレイブチェンジに成功する瀬礼朱。これは、一か八かの賭けだった。
なぜなら、彼女はブレイブシフトの扱いなど、まるで知らなかったのだから。そして、彼女は自分の体の動かし方だって、まるで知らないのである。
「きゃあああーーー!」
瀬礼朱は蹴り飛ばされ、転倒したところ、ダリアに足首を掴まれたかと思うと、ぶんぶんと振り回された後、放り投げられた。戦場に綺麗な放物線を描かれ、瀬礼朱は落下する。
「ぎゃっ! い、痛い……」
それでも、ブレイブアーマーの守りは堅い。すぐに立ち上がって、ダリアの姿を確認しようと、視線を巡らせた。
「い、いない。……そうだ!」
先ほど、馬部が同じパターンを対処していた。あのときは……。
「上!?」
見上げると急降下するダリアの姿が。瀬礼朱はすぐさま後ろに飛んで回避すると、ドンッという衝撃音の後、砂埃の中からダリアが飛び出し、間近に迫ってきた。
突き出された右の拳。
首を傾けて顔面にヒットすることは免れたが、ダリアの拳は部分的にナイフへ変化している。そのため、肩口が切り裂かれ、ブレイブアーマーに火花が散った。
(まずい。このままだと、ただ消耗して最後は馬部くんと同じことになる)
ダリアの猛攻を奇跡的に凌ぐ瀬礼朱だが、これが長く続かないことを理解する。
(だとしたら……どうする? 私の知っている勇者たちはどうしてた?)
何度も見たランキング戦の動画。それを参考にダリアを攻略するしかない、と瀬礼朱は判断した。結果、瀬礼朱は腰を落とし、プラーナを右の拳に集中する。
『Charge』
ブレイブアーマーのサポートシステムが耳元で告げる。これで勇者の必殺技、ブレイブナックルが使える。後は無駄に動かず、次のダリアの攻撃に合わせて、必殺技を打ち込むだけ。つまりは後の先。カウンターによる一撃で勝機をつかむのみ。
しかし、プラーナの塊を察知したのか、ダリアの動きがやや慎重になる。膠着状態になれば、それでいい。もしかしたら、三枝木が攻撃拠点を爆破して戻ってきてくれるかもしれないからだ。
そんな瀬礼朱の祈りは女神に届くことなく、ダリアが間合いを詰めてくる。牽制するように、前手となる左の拳を何度も突き出す。これに動じてブレイブナックルを使ってしまったら、確実に相手の思うつぼだ。
「びびってるの!? 踏み込んできなさいよ!」
瀬礼朱の挑発に、ダリアは心を乱すことない。あくまで慎重に、ダリアは左の拳を素早く繰り返し突き出すだけだ。瀬礼朱は頭を振るようにして、その攻撃を凌いでいるが、体力を削られているのは変わらなかった。
(どうする? 先に攻撃すべきなの?)
その迷いは、百戦錬磨のダリアを前にして致命的なものだった。戸惑いを察知したダリアが、大ぶりの右ストレートを放つ。不意を突かれる瀬礼朱だったが……。
「しまった!」
動揺の声を上げたのはダリアだ。彼女の拳は瀬礼朱を捉えることなく、停止していた。阻まれていた。そう、瀬礼朱が反射的に展開した、防壁魔法だ。
「このまま、貫いてやる!」
ダリアは右手のナイフを、先ほどと同じように伸ばし、防壁魔法を貫こうとした。だが、それも叶わなかった。
「な、なんだこれは!?」
瀬礼朱を守っていた防壁魔法が縮小し、絡みつくようにして、ダリアの一撃を止めていたのだ。防壁魔法を凝縮。一点に集中した防御だ。
見たこともない戦法に動揺するダリア。そして、そんなダリアに向かって、瀬礼朱は叫んだ。
「同じ手が通用するか! ブレイブナックル、くらえーーー!!!」
瀬礼朱は輝く右の拳を突き出す。
それは確かにダリアの腹部に直撃し、その体を吹き飛ばした。ダリアは十メートルは飛んだだろうか。大の字の状態で動かない。地面にはダリアが吹き飛ばされた際にできた痕跡があり、一撃の凄まじさを語っていた。
「やった……?」
戦場は騒がしいはずなのに、瀬礼朱の周りだけ静寂が訪れたみたいだった。
父の仇を倒したのだろうか。
自分が乗り越えられなかった壁を乗り越えただろうか。
瀬礼朱は自分の拳に問う。しかし、何かが足らない。敵を打ち砕いた、という手応えが。
「半歩、踏み込みが足りなかったな」
倒れているダリアの方から声が。ぞっ、と血の気が引く音を聞きながら、瀬礼朱が目を見張ると、ダリアが何事もなかったかのように起き上がった。
おそらく、ダリアの言う通りだったのだ、と瀬礼朱は気付く。ブレイブナックルが当たる瞬間、ダリアは素早く後退し、その威力を逃したのだ。派手に吹っ飛ばしはしたものの、彼女の芯を砕くことはなかった。
「も、もう一回!」
瀬礼朱は再びプラーナを拳に集中させようとした。しかし、プラーナのコントロールが上手くいかない。それに、思った以上にプラーナを消費してしまった。これでは、強力な一撃は……。
「同じ手が通用すると思うか?」
声は正面。
しかも、目前だった。
一瞬、目を離した隙にダリアが至近距離まで迫っていたのだ。
「このっ!」
ブレイブナックルは諦め、拳を振り回す瀬礼朱。しかし、ダリアは軽く身を退いてそれを躱し、続けて放った回し蹴りも軽くいなされてしまった。
すっ、と伸ばされたダリアの手の平。瀬礼朱はそれに反応できず、喉を鷲掴みにされてしまった。
「お前の無残な姿を戦場に晒してやる。そうすれば……あの男も出てくるだろう!」
ダリアは瀬礼朱の首を掴みながら、強引に持ち上げると、頭から地面に叩きつけた。さらに、踏み付けを繰り返す。
『Damage』『Damage』『Damage』
ブレイブアーマーのサポートシステムが繰り返し警告する。これ以上、ダメージを受けたら、ブレイブチェンジが解除されてしまう……。
(そうだ、ブレイブモード……)
三分間だけ凄まじいパワーを発揮するブレイブモード。しかし、瀬礼朱にはそれを発動させるプラーナが残されていなかった。
もうダメだ。
パパ、ごめん。
ママの言う通りだった。
嗚呼、最後に、あの人が……。
瀬礼朱が死を覚悟を決めようとしたとき、ダリアの攻撃が止まる。
「やっと現れたな」
……現れた?
本当に??
瀬礼朱は顔を上げる。すると、ダリアが遠方を見たまま、立ち尽くしていた。ダリアの視線の先には……。
「待たせてしまったようなら、申し訳ないです。でも……」
間違いない。
三枝木だった。
いつも穏やかな三枝木の顔。
ちょっと前はそれを見るたびに腹が立ったはずだけど、今見たら嬉しくて泣いてしまうかもしれない。
瀬礼朱は手を伸ばしながら、三枝木の姿をしっかりと見ようとした。すると――。
「えっ……?」
すると、そこに立っている三枝木は今まで見たことがない何かだった。
「でも、少しやり過ぎてはいませんか?」
ぼろぼろの瀬礼朱と馬部を見て、そう言っているのだろう。が、そんな三枝木の目は瀬礼朱すら鳥肌が立ってしまうくらい、冷たく鋭いものだった。だが、ダリアは少しも引く様子はなく、平然と答える。
「戦場にやり過ぎなんてない」
その返答に、三枝木は笑った。冷たい瞳のまま、笑うのだった。
「そうですね。そうかもしれない」
左腕のブレイブシフトをつかむ。
「では、私も少しくらいやり過ぎても、問題ないですよね」
そして、彼は死の呪文を唱えるように呟いた。
「ブレイブチェンジ」
三枝木とダリアの戦い。ついに決着が付く。そう思われたが――。
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