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【勇気】

馬部が振り下ろした剣の一撃を危なげもなく躱したダリア。さらに、瀬礼朱が防壁魔法の準備に入ったことを察すると、馬部を掴んで持ち上げ、その体を彼女に向かって投げつけた。飛んできた馬部の体をどうすることもできず、瀬礼朱は押し潰されるように倒れてしまう。


「す、すみません」


馬部は素早く瀬礼朱から離れ、次の攻撃に備えてダリアの姿を探すが……それはどこにもない。


「こっちだ!」


声は頭上から。

馬部が視線を上げると、急降下するダリアの姿があった。避けるのは容易い。


が、ただ避けるだけだったら、未だ立ち上がることのできない瀬礼朱が危険だ。


「瀬礼朱さん、つかまって!」


馬部の声に瀬礼朱は反応できない。馬部は瀬礼朱を掴んで、強引にその場を離脱しようとした……


が、ダリアは急降下による踏み付けから、右足を鞭に変化させ、馬部の背を叩いた。


「馬部くん、私のことはいいから!」


「遠くに投げるので上手く着地してください!」


瀬礼朱は放り投げられながら、もっと経験の積んだ修道士であれば、こんな足手まといみたいなことにはならないはずなのに……と歯を食いしばった。


振り返った馬部の眼前にはダリアのナイフと化した右腕が。突き出されたそれを寸前のところで躱す馬部は、剣の一撃を返す。ダリアはワンステップで後退してやり過ごすと、すぐに素早い動きで次の攻撃に備えたフェイントを見せる。


「馬部くん、この前練習したパターンで!」


無事に着地した瀬礼朱が叫ぶと、馬部が頷いた、ように見えた。


練習したパターン。

それは、左側の攻撃は絶対に瀬礼朱が守る。だから、馬部は右側の対処と反撃に集中する、というものだ。


ダリアが複雑なフェイントを見せつつ、馬部の左側に。


(きた! 私に任せて!)


瀬礼朱は瞬時に対物理攻撃用の防壁魔法を馬部の左側に展開する。馬部も瀬礼朱の守りを信頼したらしく、既に反撃の姿勢に入っていた。


ダリアのナイフに変形した右手が防壁魔法に突き刺さり、その勢いが止まる。


(行ける!)


瀬礼朱は攻撃を止めてみせた、と手応えを感じた。馬部は剣の一撃は既にダリアへ放たれた……


が、瀬礼朱の防壁魔法に異変が。


「う、嘘でしょ……?」


馬部の一撃はダリアに届かなかった。いや、それよりも速く……ダリアの右手のナイフが剣のように伸びて、瀬礼朱の魔法を突き破ると、馬部の体を突き刺したのだった。


馬部はブレイブアーマーから火花を散らしながら、体勢を崩して倒れてしまう。そんな馬部の上にのしかかったダリアは、強烈な拳の一撃を叩き落とした。右手は剣から、再びナイフの形状に戻すと、それも馬部の体に叩きつけ、彼のブレイブアーマーを破壊しようとしていた。


「う、馬部くん!」


瀬礼朱は遠くから回復魔法で馬部を治療するが、それは焼け石に水でしかない。馬部を破壊する一撃が振り下ろされる。


さらに一撃。さらに一撃。さらに一撃。


戦う気力に満ちていたはずの瀬礼朱だったが、一方的な暴力を目の当たりにして、何もできずにいた。そんな彼女の前に、今にも崩壊してしまいそうな馬部の体が投げ捨てられる。


「弱い。弱いくせに、私の前に立つな」


馬部を完膚なきまでに打ちのめしたダリア。


そして、馬部のプラーナが尽きたのか、ブレイブチェンジが解除されてしまうと、彼の体が露わになる。ブレイブアーマーに守られていたはずだが、それは傷だらけだった。


「ち、治療を!」


瀬礼朱は馬部の傷に手をかざすが、ダリアの視線に気付く。


(そうだ。馬部くんがやられたら……次は私なんだ)


瀬礼朱とダリアの視線が交錯する。再び体内を支配しようとする恐怖の感情。それに対し、ダリアは冷ややかな目で言うのだった。


「早く白い勇者を呼べ。さもなければ、次はお前だ」


瀬礼朱の頭に駆け巡る、父の記憶。一瞬で命を落とした和島。仲間たちの死。


(次は私だ……!)


震えるな。

そう念じるが、体は正直だ。


すると、目の前で倒れる馬部が微かに目を開く。


「勇者は……こそ、証…だ」


彼はが朦朧とする意識の中、何とか立ち上がろうとしている。その姿を見て、瀬礼朱の中の何かが一歩踏み出す。そして、一歩前に出たことで、その言葉が聞こえてきた。


だって、瀬礼朱さんは勇敢じゃないですか。


本当ですか?

私は勇敢ですか?


でも、あの人がそう言うのなら……。


馬部くんがそうあろうとするなら……。


私だって、やってみせるべきだ!


「馬部くん、ごめん。ちょっとだけ借りるね!」


瀬礼朱は馬部の左腕に手を伸ばす。


「……何のつもりだ?」


何度もオクトの戦士たちと戦ってきたダリアだが、こんな光景を見たことはないだろう。守り手、援護を担う修道士が、勇者の証であるブレイブシフトを手にするなんて。


「私は逃げない」


瀬礼朱は立ち上がり、宣言した。


「パパがそうだったように、私もお前を恐れはしない……。逃げ出したりしない!」


これから瀬礼朱がやろうとすることを、未だに理解できないのか、ダリアの目は冷ややかだ。そんなダリアに向かって瀬礼朱は人差し指を突き出す。


「そして、私が倒すんだ!」


瀬礼朱が左腕に装着した、馬部のブレイブシフトを掴む。


「ブレイブチェンジ!」


瀬礼朱の体を光が包む。その激しさに、ダリアは手の平で視界を守った。そんな光が収まると、瀬礼朱は紫色の勇者に様変わりしている。拳を握りしめると瀬礼朱は大きく深呼吸し、祈るように呟いた。


「行くわ、パパ。私がパパの意志を継ぐ。そして……絶対に勝ってみせる!」

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